やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の序
 “口の中“については,歯医者さんの専管水域?と認識されていたせいなのか,あまりにも身近だったせいなのか,今にして思えば知らないことばかりだったというのが実感ではないでしょうか.“消化器病学”を紐解けば,話はなぜか食道から始まり,歯科の先生方のお話はもっぱら“歯“か“顎”であったような気がします.
 まだ脳神経外科を修行中の頃,ICUに収容した重症脳卒中患者の肺炎が増悪して膿胸に陥ったことがありました.膿瘍に刺入したカテから膿汁が洩れ出たとき,あまりの悪臭に皆一瞬たじろいだのですが,思い当たるものがあったのでご家族に尋ねたところ「虫歯だらけで口が臭かった」との回答をいただきました.誤嚥性か血行性か結局は不明でしたが当時,気管内挿管中の患者さんの多くは種々の理由でナースが口腔ケアを施行しにくい状況にありました.以来転勤するまで,気づいたときにはイソジン液で患者さんの口腔内を洗浄させていただいた記憶があります.
 後にリハビリテーションを担当するようになり,当センターの歯科衛生士晴山婦美子氏が入院患者さんの口腔ケアを担当するようになったとき,“肺炎“が以前に比べて減ってきているのに気づきました.肺炎は時に死因となるばかりでなく,機能回復を妨げたり遅延させる元凶の筆頭です.看護師とともに一丸となって活動を進め,単に“口の中をさっぱりさせる”から“口腔内衛生“を経て“口腔内から機能回復と健康の再獲得を”に一歩大きく踏み込んだとき,あたかも付属物のようだった肺炎は,当センターではいつしか稀な合併症になっていました.
 リハビリテーション医療の現場には,「障害」をキーワードに実にさまざまな病理病態を抱えた方々がいらっしゃいます.そこには医療側の視点があり,一方で多様な患者側のニーズがあります.それらをどのように解決していくかが私どもの仕事なのですが,こと“口の中”の事象については指針となるテキストに乏しかったように思います.
 今回これを,根幹から解決するマニュアルがリリースされることになりました.現場で毎日繰り広げられている技術を惜しげもなく,そして余すことなく書き込んだ本書は,今“口腔ケア”がブームだからというようなことではなく,こういうことを日常たんたんと行っていくことこそが患者さんに喜びを与え,幸せに導く.それこそが私どもの責務なのではないか,という強い意志が伝わってきます.
 すばらしい本をありがとう!
 財団法人いわてリハビリテーションセンターセンター長 高橋 明

たくさんの笑顔に出会えるように
 ヴァージニア・ヘンダーソンは『看護の基本となるもの』の中で,「すべての看護師が,患者の意識の状態やベッド上でとらねばならない体位がどうであれ,患者や無力者の口腔と歯を清潔にする方法を知っていなければいけない」と述べており,看護の長い歴史の中で口腔ケアは患者さんに対する援助の一環として看護師により行われてきました.歯科衛生士が医療チームの一員として口腔ケア業務に携わる歴史は浅く,筆者らも先輩諸姉のご指導を受け,病棟において口腔ケアを担当するようになったのはごく最近のことです.
 近年,看護職の間でも口腔ケアに対する関心がさらに高まり,具体的な対処法を求める多くの声が聞かれます.しかし,種々の口腔ケア用品,様々な手技などが多方面から紹介される一方で,現場における口腔ケアは,毎日の膨大な量の業務の中で後回しにされるという現状があります.
 そこで,日常業務に追われ多忙な看護師の方々が,「これならやれる!」と,口腔ケアを理解し,明日から実践していただけるように,歯科衛生士の経験から培ったポイントを,急性期,回復期の各時期に合わせてわかりやすくまとめました.また,「心地よい口腔ケア」を提供するためには,頭頸部,顔面部の筋肉へのアプローチが重要であることから,安楽な口腔ケアを行うためのリラクセーション手法についても詳しく解説しました.この手法は特に「口を開けてくれない」患者さんの口腔ケアの一助になることと確信しています.
 本書では,便宜上,急性期と回復期に分けていますが,口腔ケアの基本的な流れと手技はいつでも同じです.しかし,基本は同じでありながら,患者さんの状態に合わせた様々なケアの工夫やポイントがあることが,おわかりいただけると思います.本書全体から,縦断的,横断的に,ケアのヒントを探してみてください.
 本書の読者の皆様を通して「心地よい口腔ケア」が増え,たくさんの笑顔に出会えることを楽しみにしております.
 今後,皆様から忌憚のないご意見を頂戴し,筆者らも日々研鑽していく所存です.
 おわりに,本書の刊行にあたり,多大なるご理解・ご協力をいただきました,いわてリハビリテーションセンターはじめ関係諸機関の皆様に心より感謝の意を表します.
 また,お世話いただいた医歯薬出版の編集部の方々に深く感謝いたします.
 2008年8月編者一同
第1章 口腔ケアテクニックでのキーワード(晴山婦美子)
 1 だれが口腔ケアを行うのか
  口腔ケアが定着するためには多くの人の協力が必要です 家族・介護職による日常的な口腔ケア 看護師による専門的口腔ケア 歯科衛生士による専門的口腔ケア
 2 何のために口腔ケアが必要なのか
  今,求められる口腔ケアの提供を 疾患の回復過程に応じた口腔ケア 口腔衛生を改善する口腔ケアと口腔機能を向上する口腔ケアはリンクしています 口腔ケアは唾液の分泌促進を意識して実施することが重要です 摂食・嚥下リハビリテーションの間接訓練としての口腔ケア 技術の提供だけではなく心地よい口腔ケアを
 3 どのように行うのか
  口腔ケアの質は口腔ケア用品の選択から始まります やさしく動かす歯ブラシテクニックで,口腔ケアはオールマイティ 保湿剤の使用 リラクセーションと顔面マッサージ プラークと食物残渣 舌苔…どうしてつくかが問題である サブスタンスP 乾燥させるな!口の中 糸を曳いたら要注意
 4 いつ行うのか
  口腔ケア=歯みがきではない 経口摂取していない患者の場合
第2章 快適な口腔ケアのための基本的知識
 1 口腔ケアの基本(晴山婦美子)
  口腔のしくみ 口腔ケア用品の選び方と管理 歯みがきの3原則 歯みがき剤の使用について ゴシゴシみがいていませんか 指を使って効果的な口腔ケアを実施しましょう 「うがい」を観察することで口腔機能がわかります 相互実習による口腔ケアの勉強会のすすめ 呼吸のリズムを意識する
 2 快適な口腔ケアを提供するためのリラクセーションテクニック(菊池 詞・高橋真実子)
  安全・安楽な口腔ケアを実施するために 口腔ケアを困難にする(よく見られる)疾病や廃用症候群による症状 口腔ケアを実施する前のリラクセーションに活用できるテクニック 自発的活動を促すことこそが問題解決の近道
 ・テクニックの実際
  リラクセーション 口腔・顔面へのアプローチ 口腔ケア実施の際に問題となる姿勢や動作への日常的アプローチ
第3章 口腔ケアの流れと日常化のポイント
 1 急性期における口腔ケア
  1 急性期にある重症患者の特徴と看護師に求められる能力(長坂信次郎)
   急性期患者の口腔ケアの必要性 急性期患者の口腔汚染原因 口腔汚染による合併症状 急性期看護における口腔ケアアプローチ
  2 急性期での口腔ケアの流れ(塚本敦美)
   口腔の観察のポイント
 2 回復期における口腔ケア
  1 日常生活にどのように口腔ケアを取り入れていくか(小笠原千恵・濱川育子)
   回復期の患者の特徴と口腔ケア 看護師の口腔ケア技術の向上に向けて 日常の口腔ケアの流れ 含嗽がうまくできない患者へのケア 義歯の管理 経口摂取ができない患者の口腔ケアの例
  2 回復期での口腔ケアの流れ(坂本まゆみ)
   口腔の観察のポイント
第4章 状態別ケアテクニック 1:急性期(塚本敦美)
 1 意識障害がある場合/基本的口腔ケアの方法
 2 人工呼吸器装着中の場合
 3 開口障害のある場合
 4 口腔乾燥のある場合
 5 出血傾向のある場合
 6 化学療法中の口腔ケア
 7 周術期の口腔ケア
第5章 状態別ケアテクニック 2:回復期(坂本まゆみ)
 1 脳卒中リハビリテーション期の口腔ケア/基本的口腔ケアの方法
 2 顔面,口腔に麻痺のある場合のケア
 3 経管チューブのある場合
 4 口腔乾燥のある場合
 5 口が開きにくい場合のケア
 6 認知や高次脳機能の問題のある場合のケア
 7 義歯の場合/義歯の洗浄法

 索引

こんなときどうするの?
 アングルワイダー(R)使用時の留意点は?
 洗浄するときのポイントは?
 ブラッシングを中止して,含嗽や綿球による清掃で対応する場合は?
 唾液分泌が悪い場合,湿潤や乾燥予防をどのように行えばいいですか?
 もし歯ブラシを噛まれたらどうしたらいいですか?
 口を開けてもらえないのですが
 どうしても口腔ケアをさせてもらえません