やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 このたび『わかりやすいインスリン治療のベンチマーク』を,医歯薬出版から出版する運びになったのはこの上ない喜びです.このような企画のきっかけは,一人の若い医師から“実践ですぐ役立つ”インスリン治療についての本を推薦してほしいと,4年前に私が頼まれたことに端を発しています.しかし,若い医師が望む内容の手頃の本は少なく,手助けのつもりで出版社と執筆の先生方のご協力を得て発刊に至りました.
 振り返ってみますと,30年以上も前に比べては当然ですが,10年前と比べてもインスリン製剤の種類の多さ,バラエティーに富んだ治療には驚くばかりです.インスリン治療の進歩は著しいばかりか,今なお進化をし続けています.新しいインスリン製剤の出現とその導入による治療法の進化に伴って,それを扱う患者さんとその家族,そして指導する立場にある医師をはじめとした医療スタッフの歩調を合わせた進歩がなければ,期待する成果は得られません.正しい情報を皆が共有し,得た知識を実践に役立つ知恵にすることが,患者さんをして健常者と変わらない潤いある日常生活を送ることを可能とする上で不可欠と言えます.
 さらに,日本も含めて世界的に糖尿病人口の増加は避けられず,糖尿病に興味を抱かれる先生をはじめとした医療スタッフが増えることが望まれるのは,ここに改めて述べるまでもありません.加えて,新しい研修医制度が発足して4年ですが,若い医師が糖尿病患者に接する機会はますます増え,正しいインスリン治療を説く本が緊急不可欠としても過言ではありません.
 このようないきさつでの刊行ですが,本書の特徴は従来のインスリン治療の本と異なり,冒頭に(1)糖尿病の現状と展望,および(2)インスリン治療の歴史,を取り上げて糖尿病にあまり馴染みのない方々にも,糖尿病とインスリン治療についての最低限の予備知識と興味が得られるように努めたことです.さらに,適宜要に応じて,(3)閑話休題的にコラムを挿入し,内容の理解を助け,知識を深められるようにしたことです.また,(4)インスリン治療が求められる種々の状況を想定し,日常診療での疑問に応えられるよう編むことに努めたことです.そして,(5)読者の対象は糖尿病専門家ではなく研修医をはじめ実地医家,コメディカルスタッフで,これから糖尿病患者に接する機会が多くなる可能性のある方々,としたことです.
 イギリスの作家サマセット・モームの作品「作家の手紙」に,“人生とは切符を買って軌道の上を走る車に乗る人にはわからないものである“という件があります.人生の本当の深さは,挫折,絶望感などの苦しみを味わう紆余曲折の経験があってこそわかると,読者に語りかけています.糖尿病の管理・治療も然りで,成書に書かれている通りの知識のみで,期待する成果が必ずしも得られるものではありません.一口に糖尿病と言っても,病状・病態は多彩で可能な限り多くの症例を経験した人こそが所謂“糖尿病専門医”と言えます.本書がこれから糖尿病患者さんを診ようとされる方,経験は豊かだが今一度新しい知識を得ようとする方々にとって,少しでもお役に立ち,日常診療での座右の書となることを願っています.
 最後になりましたが,超多忙な先生方に執筆を依頼し,快くお引き受けいただいたばかりか,素晴らしい玉稿をいただき,医歯薬出版のご協力により本書を刊行することができましたことに対して,ここに関連各位に厚くお礼を申し上げます.
 平成20年7月吉日
 堀田 饒
 序(堀田 饒)
序論 糖尿病治療戦略の展望(野口哲也・春日雅人)
I.総論――理論と背景
1.インスリン治療の歴史(堀田 饒)
2.糖尿病とは(大串美奈子・清野 裕)
3.糖尿病性合併症と血糖コントロール(中村二郎)
4.代謝調節とインスリン(峯山智佳・窪田直人・門脇 孝)
5.インスリン製剤の種類と特徴(岩田 実・小林 正・戸邉一之)
6.インスリン注射のうち方と留意すべきこと(田嶼尚子・井坂 剛)
7.インスリン治療にまつわる問題(副作用)(加藤久子・南條輝志男)
II.各論――意義と実際
1.インスリン治療の導入のすすめ方
 A.外来での導入ステップアップ(佐野隆久・中山幹浩)
 B.入院での導入ステップアップ(渥美義仁)
2.強化インスリン治療のあり方
 A.頻回療法(荒木栄一・竹田佳代)
 B.持続皮下インスリン注入(ポンプ)療法(浜口朋也・難波光義)
3.インスリン治療の切り替え
 A.経口薬からインスリン(菅田有紀子・加来浩平)
 B.インスリンから経口薬(高橋和眞・岡 芳知)
4.インスリンと経口薬との併用療法のあり方(河盛隆造)
5.シックデイ・昏睡でのインスリンの用い方(吉岡成人)
6.妊娠および手術時のインスリンの用い方(佐中眞由実・岩本安彦)

 column
  I-1:C-ペプチドとその意義(堀田 饒)
  I-2:1型糖尿病と2型糖尿病の鑑別法(内潟安子)
  I-3:遺伝子・再生医療の現状と展望(成瀬桂子・中村二郎)
  I-4:アディポサイトカインとインスリン抵抗性(卯木 智・柏木厚典)
  I-5:インスリン経口投与の臨床的展望(西田 亙・牧野英一)
  I-6:自律神経障害と低血糖(山田研太郎)
  I-7:ソモジー効果と暁現象(太田一保・小林哲郎)
  II-1:インスリン抵抗性とHOMA-index(相澤 徹)
  II-2:血糖自己測定とその活用(小田原雅人)
  II-3:膵β細胞機能を知る簡易的指標(谷澤幸生・松原 淳)
  II-4:インスリンクランプ法の実際と活用(宇野智子・佐藤祐造)
  II-5:ケトン体測定とその意義(堀田 饒)
  II-6:ブリットル糖尿病(不安定型糖尿病)とは(佐藤 譲)
  II-7:膵移植の現状と展望(鈴木一永・谷口 洋)

 索引