やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 健康で幸せに長生きする健康長寿.誰にとっても手にしたい夢に違いない.超高齢社会を迎え,できるだけ長い期間を活動的に,そして認知症を予防しながら生活や生命の質を高める技術に関心が集まっている.
 本書は,共感,共生のパワーを活用するコミュニティ・エンパワメント技術を用いて,健康長寿という一人ひとりの夢を,みんなの夢につなげていくことを意図している.
 エンパワメントとは“活き活きとした生きる力“いわば“活生力”とでもいえるものを育むことである.子どもからお年寄りまで,もっている活き活きとした生きる力を最大限に発揮できるよう,サポートや環境整備をするのがエンパワメントである.
 そもそも人間の脳は,“生きる力“を活き活きと発揮することで快感を覚えるよう設計されているという.最新の脳科学によれば,さらに“共感”についても特別なメカニズムが発見され,これらが人間の根源的な能力であることが示されている.
 血縁や地縁が希薄化する現代社会において,他者とともに,支え支えられて,そのなかに自分らしさや充実感を見いだす動きが拡大しつつある.生活の豊かさや,ひとりよがりの自己実現を超えて,いわば“共感に基づく自己実現”を分かち合う仲間と場所が求められている.
 健康長寿エンパワメントは,健康長寿に向かって当事者それぞれの思いを活かしながら,“共感に基づく自己実現”を育む仲間と場所,すなわち健康長寿コミュニティをつくりあげる技法である.
 ひとことで健康長寿といっても,人びとの描く“思い“は千差万別である.しかしそこに“思い”があれば,それをメンバー同士で“共有“し,“増幅”することができる.すばらしいアイデアや方法を創出する土壌となる.さらに意味のある時間を過ごしたり,新しい価値を生み出すかかわりなど“価値を生む協働”にメンバーが心地よさを感じる条件を整えることで,より大きなパワーを発揮する.これが健康長寿エンパワメントの真骨頂である.
 “共感に基づく自己実現“を目指すコミュニティを育むためには,さまざまなコツがある.当事者のやる気を引き出し,コミュニティのなかの自己を楽しむための技術といえよう.そして,この技術の活用自体が,さらに自己とコミュニティを活性化していく.健康長寿エンパワメントは,一人ひとりのもつ知識と技術,アイデアなどを結びつけ“健康長寿の知恵”を体系化することにつながる.いわば“知恵を束ねる技術”が健康長寿エンパワメントなのだ.
 本書は,既刊「エンパワメントのケア科学―当事者主体チームワーク・ケアの技法」「コミュニティ・エンパワメントの技法―当事者主体の新しいシステムづくり」の実践応用編として位置づけられるものである.健康長寿エンパワメントを介護予防やヘルスプロモーションへのプロ技術として展開する具体的な方法を,わかりやすく提供することを目的としている.筆者らの17年間に及ぶ追跡研究成果を素材として,健康長寿に向けたエンパワメント技術の活用について,実践的な方法と有効性を解説した.
 本書は,健康長寿エンパワメントの「理論と技術」「戦略・評価設計と実践」として,2部構成になっている.
 BOOK1「理論と技術」では,健康長寿エンパワメントとは何か,理論に基づき論述するとともに,原則を整理しながら,実践の流れに沿って当事者を巻き込む技術や戦略・評価設計を行う技術を解説した.
 特にプロジェクトの発展段階に沿った「エンパワメント技術モデル」を用いて,目標・戦略設計,評価設計など全体像を機能別に整理する具体的な枠組みを示した.
 BOOK2「戦略・評価設計と実践」では,さまざまな事例を通じて健康長寿エンパワメント技術の適用方法と効果を例示した.具体的には,介護予防,ヘルスプロモーション,運動,リハビリテーション,健康寿命,ケアマネジメント,街づくりなど,多様な領域にわたる.
 これらすべてについて,背景,健康長寿エンパワメントの方法,成果,ポイントという同一の枠組みを用い,全体像と比較しながら理解できるように工夫した.
 健康長寿に取り組むさまざまな方々にとって,本書が何らかのエンパワメントのきっかけとなれば幸いである.
 2007年7月
 安梅勅江
BOOK1 健康長寿エンパワメントの理論と技術(安梅勅江)
第1章 健康長寿エンパワメントの理論
 1 健康長寿とは
  1.目的,関心,価値,感情などの共有 2.帰属意識 3.自主的な運営 4.相互作用
 2 エンパワメントとは
  1.目標を当事者が選択する 2.主導権と決定権を当事者がもつ 3.問題点と解決策を当事者が考える 4.新たな学びと,より力をつける機会として当事者が失敗や成功を分析する 5.行動変容のために内的な強化因子を当事者と専門職の両者で発見し,それを増強する 6.問題解決の過程に当事者の参加を促し,個人の責任を高める 7.問題解決の過程を支えるネットワークと資源を充実させる 8.当事者のウエルビーングに対する意欲を高める
 3 健康長寿エンパワメントとは
 4 健康長寿エンパワメントの関連理論
  1.活動理論 2.離脱理論 3.連続性理論 4.交換理論 5.システム理論 6.社会資本理論 7.社会関係理論
 Column:健康長寿エンパワメントを着実に実現するための8指標
第2章 健康長寿エンパワメントの原則
 1 目的を明確にする:価値に焦点を当てる
 2 プロセスを味わう:関係性を楽しむ
 3 共感のネットワーク化:親近感と刺激感
 4 心地よさの演出:リズムをつくる
 5 ゆったり無理なく:柔軟な参加様式
 6 その先を見据えて:常に発展に向かう
 7 活動の意味づけ:評価の視点
 Column:おばあちゃんの育児サークル!?の巻(渡辺多恵子)
第3章 健康長寿エンパワメントの技術
 1 健康長寿エンパワメント技術とは
  1.楽しむ 2.動機づけ 3.当事者意識 4.ビジョンの共有 5.根拠に基づく共感
 2 エンパワメント技術モデルの考え方
  1.発展段階別エンパワメント技術 2.機能別エンパワメント技術
 3 当事者を巻き込む:共感エンパワメント技術
  1.当事者の参加を促す 2.当事者ニーズを目標に取り込む 3.当事者の意向を戦略に生かす 4.当事者と成果を共有する
 4 エンパワメント戦略をつくる:目標・戦略エンパワメント技術
  1.成果 2.問題と課題 3.背景 4.影響要因 5.戦略 6.根拠
 5 プロセスを運営する:過程・組織エンパワメント技術
  1.コミュニティを新たにつくる技術:創造段階 2.コミュニティを軌道にのせる技術:適応段階 3.コミュニティを確立する技術:維持段階 4.コミュニティを拡大する技術:発展段階
 6 成果をフィードバックする:成果エンパワメント技術
  1.目標・戦略 2.過程・組織 3.アウトプット・アウトカム・インパクト 4.評価の具体例
 7 ネットワークでつなぐ:情報エンパワメント技術
  1.活動範囲と課題の広がり 2.情報基盤の確立 3.包括的なプロジェクトへの発展 4.トップダウンとボトムアップの連動
 8 効果的に管理する:時間・費用効果エンパワメント技術
BOOK2 健康長寿エンパワメントの戦略・評価設計と実践
 戦略・評価設計と実践の構成と枠組み
第4章 介護予防と健康長寿エンパワメント−機能低下の分析に基づく健康長寿エンパワメントの根拠(篠原亮次)
 1 背景
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.方法 2.内容 3.結果
 3 健康長寿エンパワメントの成果
 4 健康長寿エンパワメントのポイント
第5章 ヘルスプロモーションと健康長寿エンパワメント−医療費の分析に基づく健康長寿エンパワメントの根拠(杉澤悠圭)
 1 背景
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.ヘルスプロモーションの目標・戦略設計の全体像 2.医療費の分析を用いたヘルスプロモーションの具体的な評価方法
 3 健康長寿エンパワメントの成果
  1.目標・戦略設計の成果(アウトプット,アウトカム,インパクト)の明示 2.医療費の分析を用いたヘルスプロモーション評価の成果
 4 健康長寿エンパワメントのポイント
第6章 運動と健康長寿エンパワメント−健康運動プログラムの実施と効果(伊藤澄雄)
 1 背景
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.“人・物・場所”に基づく運動支援 2.“スポーツ種目,運動の種類”に基づく運動支援 3.“当事者ニーズ”に即した運動支援
 3 健康長寿エンパワメントの成果
  1.自己実現のための運動支援のあり方 2.高齢独居の運動実践を利用した状態把握 3.継続的な情報提供から適切な時期をとらえる 4.反省例を今後の展開に生かす
 4 健康長寿エンパワメントのポイント
  1.できることから始めるプログラム 2.効果的なプログラムの探索 3.当事者主体のプログラム展開 4.サポーターのあり方
 Column:サポーターの態度,考え方,心得
第7章 リハビリテーションと健康長寿エンパワメント−機能低下予防プログラムの実施と効果(澤田優子)
 1 背景
  1.リハビリテーションとは 2.リハビリテーションと健康長寿エンパワメント
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.エンパワメント技術モデルに基づくリハビリテーション目標・戦略設計 2.エンパワメント技術モデルに基づくリハビリテーション評価設計
 3 健康長寿エンパワメントの成果
  1.脳血管疾患 2.変形性関節症 3.パーキンソン(Parkinson)病 4.在宅酸素療法
 4 健康長寿エンパワメントのポイント
  1.方法の体得への支援 2.継続可能な方法,環境調整 3.当事者,家族に教育や情報交換の場の提供
第8章 健康寿命と健康長寿エンパワメント−死亡率の分析に基づく健康長寿エンパワメントの根拠(篠原亮次)
 1 背景
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.方法 2.内容 3.結果
 3 健康長寿エンパワメントの成果
 4 健康長寿エンパワメントのポイント
第9章 ケアマネジメントと健康長寿エンパワメント−地域ぐるみのサポートシステム構築への協働(原田亮子)
 1 背景
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.ケアマネジメント 2.地域包括支援センターの役割 3.介護予防マネジメント 4.ケアマネジメントプロセス
 3 健康長寿エンパワメントの成果
 4 健康長寿エンパワメントのポイント
  1.地域の設定 2.地域の特性やニーズをいかに取り込むか 3.住民をいかに巻き込みサポートシステムを構築するか 4.社会資源をいかに開発し活用するか 5.ケアマネジャーなどの専門職の役割 6.経済的負担 7.社会との関係
第10章 住民参加に基づく健康長寿の街づくり−当事者ニーズの把握と活用(杉澤悠圭)
 1 背景
 2 健康長寿エンパワメントの方法
  1.健康長寿エンパワメントの目標・戦略設計の全体像 2.目標・戦略設計の成果の明示 3.複数のグループインタビューを用いて住民参加に基づく健康長寿の街づくりを実現する方法
 3 健康長寿エンパワメントの成果
  1.住民参加に基づく健康長寿の街づくりの成果の全体像 2.地域システムの領域に焦点を当てた住民参加に基づく健康長寿の街づくりの成果分析
 4 健康長寿エンパワメントのポイント

 今後の展開に向けて(安梅勅江)
 謝辞
 参考文献
 索引