やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 医療技術の急速な進歩は,これまで救えなかった命を救うことを可能にした.しかし,命が助かることと引き換えに,重い後遺症や生涯続く治療,生活上の制限に耐えながら人生を歩むこと,脳死や臓器移植に伴うさまざまな葛藤といった課題も生み出してきた.また,医療者の関心が専門性の追求に向かい,病気を抱えて生きている患者全体を理解しケアする志向性が希薄になるという傾向も引き起こした.最近の調査では,95%以上の患者・医療者が病院における心理的サポートは不十分であると回答している(広井,2001).医療過誤は増え続けており,わが国の現状は,提供する医療技術は高度であっても医療サービスという観点からみればまだまだその質は低いと言わざるをえない.そもそも医療の場は人が人を癒す場である.高度な専門技術を使うときにも,人間的な触れ合いが基盤となるのであり,それが病を癒す力にもなる.しかし残念ながら,いまのところそれが十分に実践されておらず,実践のための環境整備も不十分なままである.
 リエゾン精神看護は,このような状況を改善するためのひとつの手立てとして発展してきた.身体の病を抱える人びとの心のケアに焦点を当てた精神看護のサブスペシャルティ領域である.対象は患者であり,患者をケアする看護師である.そして,医療スタッフ間の連携を促進するという機能ももっている.もともと欧米で発展してきた看護実践モデルであり,日本での歴史は浅い.リエゾン精神看護に対する関心は高まっているが,実働する専門看護師の数がきわめて少ないこともあって,活動の実際や果たしうる役割について理解が浸透しているとは言い難いのが実状である.
 そこで,リエゾン精神専門看護師がどのような理論やモデル,指標を用いながら現象をとらえ,思考し,実践しているのかを,実践者の視点から整理してみようと考え,本書を企画した.企画当時,日本看護協会による認定を受けていた専門看護師に声をかけ,参加可能な人たちで本書をまとめることにした.都合により参加していただけなかった方がたもいらっしゃるが,日ごろの実践で培われた理論と技に照らして本書に対するご意見とご指導をいただきたいと願っている.また,編者が横浜市立市民病院にいた時代からともに活動してきた精神科医の樋山光教先生にも著者として加わっていただいた.
 さて,本書は6章からなる.第 I章ではリエゾン精神看護がどのような看護実践領域なのかを概観した.第 II章ではリエゾン精神看護の“直接ケア“に焦点を当てた.その第1節では,リエゾン精神看護の対象となる患者の精神的問題について,診断の視点とプロセスを丁寧に示し,薬物療法を中心とした精神科治療の実際をわかりやすく解説した.第2節では,直接ケアを行う際に用いるさまざまなアプローチの基本と実践への応用について紹介した.第3節では,不安,怒り,気分障害,せん妄,依存といった14の精神的諸問題をあげ,アセスメントとケアについて述べた.第 III章では“コンサルテーション”に焦点を当てた.第1節で概論を,第2節でリエゾン精神専門看護師によるコンサルテーションのプロセスについて各段階におけるポイントを示しながら論述した.第3節では,コンサルテーションの実際を紹介した.第 IV章では“看護師のメンタルヘルス支援“に焦点を当て,メンタルヘルス支援が必要となる背景,アセスメントと支援について述べた.第 V章では“組織変革者としてのリエゾン精神専門看護師”という観点から,専門看護師の役割開発のプロセス,組織変革の成果と課題,組織変革者の要件について述べた.最終章では,リエゾン精神専門看護師になるために身につけるべき知識や技術,有効な教育トレーニングについて,新人段階を目安として詳述した.さらに,認定制度や大学院教育の現状と方向性について述べた.
 本書では,各章で多くの事例を紹介している.事例を通して,理論・モデル・経験知を適用しながらのアセスメント,理論的裏づけに基づいたケアプランと実践,できるだけ多くの代替案,実践評価の視点などを具体的に示すように努めた.また,リエゾン精神専門看護師がどのような思考過程で実践しているのかがわかるように,そのプロセスを記述した.したがって本書は,リエゾン精神専門看護師を目指す方がたには実践の手引きとして,患者ケアにあたる看護師の方がたには日常ケアの参考書として活用いただけるのではないかと思う.さらに,看護管理者の方がたには専門看護師の活用についての,また大学院教育に当たっている方がたには教育についての資料となれば幸いである.なお,事例については個人情報保護の観点から,事例の本質を損なわない程度に修正を加えるとともに,章の著者とそのなかで紹介した事例の著者とが必ずしも一致しないように事例を配置したことをおことわりしておく.
 最後になるが,本書の出版にあたって日本のリエゾン精神看護の生みの親である南裕子先生に心から感謝の気もちをお伝えしたい.南先生は,聖路加看護大学教授当時にリエゾン精神看護を日本に紹介・導入し,大学院教育を開始され,今も卒業生のスーパーヴィジョンを続けておられる.また,日本看護協会の専門看護師制度の発足にご尽力され,現在は協会長という立場で制度の推進と専門看護師の支援に取り組まれておられる.日本の看護界にスペシャリストという役割をつくることには,並なみならぬ決意と努力が必要であったことと思う.ここまで導いてくださった先生に心からお礼申し上げたい.また,私たち精神看護専門看護師のスーパーヴァイザーとして長年にわたりご指導いただき,精神的な支えにもなっていただいている二人の先生にも感謝の気もちをお伝えしたい.おひとりは,Patricia R Underwood先生である.先生は,Orem-Underwoodセルフケア看護モデルを開発し,理論と実践の統合を具現化された精神看護領域の理論家であり,実践家である.その豊かな臨床経験に裏打ちされた的確なアドバイスによって,私たちは迷いのなかから方向性を見いだすことができた.先生の生き方を目の当たりにすることで,看護を誇りに思い愛する心もまた育んできたように思う.もうおひとりは,Pamela Minarik先生である.カリフォルニア大学サンフランシスコ校メディカルセンターにおいては,多くのリエゾン精神専門看護師の研修を迎え入れ,温かく,エネルギッシュに指導してくださった.エール大学に移られた現在でも,私たちのスーパーヴァイザーとして指導を続けてくださっている.
 出版までに2年近くかかってしまった.執筆の進まない私たちに辛抱強くエールを送り続けてくださり,不慣れな編集の仕事を下支えしてくださった医歯薬出版の担当者の方がたに心から感謝申し上げる.
 2004年6月
 野末聖香
リエゾン精神看護――患者ケアとナース支援のために 目次


 推薦の序
 はじめに

■I−リエゾン精神看護
  精神医学・看護におけるコンサルテーション・リエゾン活動の発展の歴史
   コンサルテーション・リエゾン精神医学の発展
   リエゾン精神看護学の発展
  リエゾン精神看護の目標
  リエゾン精神専門看護の機能
   直接ケア
   面接
   リラクセーション
   コンサルテーション
   看護師のメンタルヘルス支援
   教育
   臨床研究
   連携・調整
  人の心を理解するために
   精神状態の検査法
   防衛機制
   ストレス・コーピング
   一般システム理論

■II−精神的諸問題を抱える患者のアセスメントと直接ケア
 1.一般科患者の精神的問題の診断と治療(樋山光教)
  一般科の患者の精神的問題・症状
  心身の相関関係のパターン
  診断プロセス
   主訴と受診動機の明確化―表面化している問題点(症状・行動)と隠された引き金
   時間的・空間的全体像の鳥瞰的理解
   検査と問診
   診断―2 つのアプローチ/操作的診断基準とストーリーの読み取り―問題の核心の同定
  鑑別診断および治療―薬物療法とその副作用を中心として
   せん妄
   不眠
   うつ状態・うつ病
  治療上の留意点
 2.さまざまなアプローチ 事例を通した理解
  リエゾン精神専門看護師の行う直接ケアの特徴(住吉亜矢子)
   リエゾン精神専門看護師の具体的な動き
   リエゾン精神専門看護師が直接ケアを行う意義と注意点
  1−個人精神療法(カウンセリング)(住吉亜矢子)
   個人精神療法を用いたケア
  2−集団精神療法(宇佐美しおり)
   グループ
   治療グループとしての集団精神療法
   グループの発達
   グループの実際
  3−認知行動療法(住吉亜矢子)
   アサーショントレーニング
   認知行動療法を用いたケア
  4−リラクセーション(住吉亜矢子)
   イメージ療法を用いたケア
   タッチングを用いたケア
   呼吸法を用いたケア
   筋弛緩法を用いたケア
  5−セルフケア支援(住吉亜矢子)
   虐待を受けていた患者のセルフケア支援
  6−薬物療法の管理(宇佐美しおり)
   精神科薬物療法と人びとの生活
   精神科薬物療法と看護
   精神科薬物療法と看護の実際
  7−家族ケア(住吉亜矢子)
   家族をどのようにとらえるか
   家族ケアの実際
   家族ケアのポイント
 3.精神的諸問題のアセスメントとケアの実際
  1−不安の強い患者(片平好重)
   不安の強い患者の理解
   不安の強い患者の直接ケアの実際
  2−怒りの強い患者(片平好重)
   怒りの発生要因と怒りの強い患者の理解
   怒りの強い患者の直接ケアの実際
  3−気分障害(抑うつ・躁状態)のある患者(福田紀子)
   抑うつ状態にある患者の理解
   うつ状態にある患者の直接ケアの実際
   躁状態にある患者の理解
   躁状態にある患者の直接ケアの実際
  4−せん妄状態の患者(福田紀子)
   せん妄状態にある患者の理解
   せん妄状態にある患者の直接ケアの実際
  5−依存症(薬物・人)の患者(福田紀子)
   依存の問題をもつ患者の理解
   依存の問題をもつ患者の直接ケアの実際
  6−痛みを抱える患者(住吉亜矢子)
   痛みを抱える患者の理解
   痛みのある患者の直接ケアの実際
  7−出産をめぐる問題を抱える患者(福田紀子)
   出産をめぐる精神的問題をもつ人びとの理解
   出産をめぐる精神的問題をもつ女性への直接ケアの実際
  8−摂食障害の患者(宇佐美しおり)
   摂食障害の患者の理解
   摂食障害患者の直接ケアの実際
  9−心身症の患者(住吉亜矢子)
   心身症患者の理解
   心身症患者の直接ケアの実際
  10−対人関係に問題を抱える患者(宇佐美しおり)
   対人関係に問題を抱える患者の理解
   対人関係に問題を抱える患者の直接ケアの実際
  11−慢性疾患を抱える患者(住吉亜矢子)
   慢性疾患を抱える患者の理解
   慢性疾患を抱える患者の直接ケアの実際
  12−死に直面している患者(片平好重)
   死に直面している患者の理解
   死に直面している患者の直接ケアの実際
  13−身体的治療を受ける精神疾患患者(宇佐美しおり)
   身体的治療を受ける精神疾患患者の理解
   身体的治療を受ける精神疾患患者の直接ケアの実際
  14−家族の問題(宇佐美しおり)
   患者家族への理解
   家族の問題に対する直接ケアの実際

■III−コンサルテーション
 1.コンサルテーション概論(野末聖香)
   精神看護におけるコンサルテーションの変遷とニーズ
   コンサルテーション
   定義
   コンサルテーションのタイプ
   コンサルタントの役割
   コンサルティとコンサルタントの関係におけるダイナミックス
   コンサルテーションの倫理的側面
   コンサルテーションのプロセス
   コンサルタントを活用するためには
   コンサルタントに必要な教育
 2.リエゾン精神専門看護師によるコンサルテーションのプロセス(野末聖香)
   第 1 段階:コンサルテーションの導入
   第 2 段階:安心して話せる雰囲気づくり
   第 3 段階:問題に取り組むための基盤づくり
   第 4 段階:問題の明確化
   第 5 段階:目標設定
   第 6 段階:具体的対策の提案と検討
   第 7 段階:コンサルテーションの総合評価
   第 8 段階:フォローアップ
 3.コンサルテーションの実際
  1−患者や家族の問題に焦点を当てたコンサルテーション
   住吉亜矢子 宇佐美しおり 片平好重 早川昌子
   直接ケアと並行してコンサルテーションするケース
   医療チームが陰性感情を抱く患者のケア
   痛みのとれない患者のケア
   コンサルテーションだけを行うケース
   外科病棟に入院中の盗み食いをする摂食障害患者への対応
   終末期で“否認”の強い患者への対応
  2−看護師自身の問題に焦点を当てたコンサルテーション (野末聖香 若狭紅子)
   医療不信を訴える家族に怒りを感じ,歩み寄れない看護師のサポート
   終末期患者を前にして無力感,自責の念を抱く看護師のサポート

■IV−看護師のメンタルヘルス支援(福田紀子)
   看護師のメンタルヘルス
   看護師のストレッサーとストレス反応
   リエゾン精神専門看護師によるメンタルヘルス支援
   リエゾン精神専門看護師を活用するメリット
   相談の持ち込まれ方
   アセスメントと介入
   看護師の心の問題とケアの実際
   職場適応が難しい看護師への支援

■V−組織変革者としてのリエゾン精神専門看護師(片平好重)
   変化促進者としての専門看護師の役割開発
   役割開発のプロセス;変化理論
   変革戦略
   役割開発の実際
   組織内の顕在的・潜在的ニーズの確認;解凍期
   管理者との協働;移行期
   変革者としてのリエゾン精神専門看護師自身の役割開発の取り組み
   システム登録に取り組むこと―病院システムへの参加
   システムへの参入の最初のステップ,力の構造についてのアセスメント
   役割を創り出すこと,役割開発のための具体的な方策
   構成員一人ひとりの能力を高める
   管理者の考え方を柔軟にしていく
   倫理的ジレンマへの対応
   CNS の役割発達
   役割開発を阻む要素とその対策
   変化への抵抗
   計画的変化に進むために必要な特性
   管理者によるサポート・管理者との協働
   CNS を組織内に迎え入れる準備をする
   コミュニケーションネットワークの開発と充実を図る
   他職種と CNS との‖葛‖藤の調整
   CNS に自由と柔軟性を提供する
   活動の評価
   チーム医療の推進者としての役割と課題
   看護師−医師関係と医療チームの特徴
   協働を促進するための調整機能
   今後の課題

■VI−リエゾン精神専門看護師への道
 1.認定制度と大学院教育の概要(若狭紅子)
   日本看護協会専門看護師認定制度
   CNS の役割
   CNS の専門看護分野の特定
   専門看護師制度に関連する各種の委員会
   CNS の認定条件と認定試験
   専門看護師登録者数
   専門看護師育成のための大学院教育
   CNS のための大学院教育
   大学院における実践的トレーニング
   効果的な臨床トレーニングの方法
 2.新人リエゾン精神専門看護師をどのように育むか(住吉亜矢子)
   新人 CNS の準備状態
   直接ケア(実践)の能力
   コンサルテーションの能力
   教育の能力
   研究の能力
   連携・調整の能力
   メンタルヘルス支援の能力
   大学院教育で学べること,期待すること
   大学院教育で学べること
   大学院教育に期待すること
   新人リエゾン精神専門看護師として必要な能力
   新人 CNS としてたいせつにしたい態度
   新人 CNS の成長のために必要なこと
   看護管理者からのメッセージ

 索引
 表紙カバー:小川さゆり / 本文組体裁:編集工房プシケ