やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 コミュニケーションは,人間が社会生活を営んでいくうえで,欠くことのできない基本であり,お互いに意思・感情・知識・考えなどを伝達し合い,理解し合っていくために必要な生活活動である.
 その必要なコミュニケーションが生活環境の変化により希薄となり,コミュニケーションがとれなかったり,人間としての深いかかわりの体験を味わうことも少なくなっているのが現状である.
 看護実践においては,患者から得られる情報が不可欠であり,患者の問題を見いだし,変化を的確にとらえることが重要であり,それを左右するのはコミュニケーション能力である.
 著者らが本書に込めた思いはたくさんある.その中で一番重要と感じた二つを,タイトル「仲間とみがく看護のコミュニケーション・センス」に込めた.
 一つめは,よいコミュニケーションを生み出すその根元は,“コミュニケーション・センス”であるということである.センスというのは,ものごとの微妙な感じや意味を悟るはたらきのことである.感覚,気持ち,思慮,分別といった意味もある.
 コミュニケーションの場に臨んだとき,その瞬間瞬間に反応してその場にふさわしい行動を生み出していくのは,その場の雰囲気や相手の気持ちを感じとり受けとめる力であり,また言葉の背景を読みとり物事を判断する力,そして誠意をもって相手に向かう姿勢である.看護実践の場においては,日常のコミュニケーション以上にみがきぬかれたセンスが必要である.不安や緊張の中で患者(相手)自身がうまく伝えられない体の状態や変化を的確にとらえ,患者のかかえる問題を汲みとらなければならない.そして患者(相手)の気持ちを受けとめた表現ができなければならない.
 つまり,コミュニケーションの学習で一番大切なのはそうしたセンスをみがくことであろうと考えるのである.言葉を使いこなす技術,話の展開の技術も,そうしたものと一体とならなければ意味がない.センスと技術とが一体になったもの,それが本当のコミュニケーションの力であり,著者らが主張する“コミュニケーション・センス”であるとした.
 二つめは,学習は社会的に成立するものだということである.「仲間とみがく」とした意味はそこにある.人がやるのを見ていて気がつく,人に説明することによって自分の理解が深まる,人が指摘してくれてわかる.よい意味で刺激し合って意欲を高め,共に育っていくことが大切なのである.仲間と一緒にやる意味は,コミュニケーションというものがそもそも一人で行うものではないからである.仲間と一緒に学習するということがすでにコミュニケーションの学習なのである.仲間が一人ひとりをみがき,一人ひとりが仲間をみがいていくのである.
 本書は,そうしたコミュニケーション・センスをみがくための学習書となることを念じて構成したものである.Iでは,コミュニケーションの基本センスをみがく,II以降は看護に焦点をあて,II 現実の場から探るコミュニケーション・センス,III 事例分析でコミュニケーション・セ
 ンスをみがく,IV 自分を振り返ってコミュニケーション・センスを高める,とした.なお,IVのロールプレイとプロセスレコードについてはフリーコピーのワークシートを付したので,コミュニケーション・センスをみがくために大いに活用していただければ幸いである.
 コミュニケーション・センスをみがいて,コミュニケーション能力を高める学習ができるようにと作成した本書が,学生をはじめ各領域の看護実践の場の身近な教材として活用されることを願ってやまない.
 2003年1月
 著者一同
 行動でみがくコミュニケーション
  「知識がある」と「できる」はちがう
  行動能力は,その行動をすることによって身につく
   (共にみがく仲間を見つけよう/ラウンド思考で/コミュニケーション・センスをみがこう)
  仲間とみがくコミュニケーション・センス 内容と構成

I コミュニケーションの基本センスをみがく
1.展開・組立の基本センス
 聴く
   相手が聞いてくれるから,話すことができる
    ■ 会話事例から考えてみよう
   「聴く」は表現する行動である
   聴く姿勢を表現する
    ■ 会話事例から考えてみよう
   ≫生活の中でのステップアップ≫コミュニケーション・ノートを作ろう
 話す
   相手が受け取ってくれなければ,話したことにならない
   「話す」ための,3つのポイント
    ■ 会話事例から考えてみよう
   話すための3つのポイントを表現するのは観察力と表現力
    ■ 行動を通して研究しよう
   ≫生活の中でのステップアップ≫言葉チェック
 相手のメッセージを受けとめる
   言葉の背後にあるもの
    ■ 会話事例から考えてみよう
   気持ちを受けとめることが,相手の心を開く
   相手の心を受けとめるためのポイント
    ■ 考えてみよう
   ≫生活の中でのステップアップ≫ニュースキャスターの話しかたを観察する
 1回1回の対応を大切に-読みとることと表現すること-39
   お互いが,メッセージの送り手であると同時に受け手である
    ■ 会話事例から考えてみよう
   読みとりかた,表現のしかたが会話の展開を決める
   読みとる力・表現する力をみがく方法は
    ■ 読みとってみよう,表現してみよう
2.相手を生かし,自分を生かす
 自分から出る
   自分から出る姿勢
   「自分から出る脳」をつくる
   「自分から出る行動」を毎日行うための5つのアドバイス
 自分を出す-相手を受けとめつつ,いかに自分を主張するか-
   互いに認め合う
    ■ 会話事例から考えてみよう
   相手の気持ちを受けとめる
   自分の論理をもつ
   相手を受けとめつつ,自分を主張する姿勢を支える人間観
    ■ 相手の気持ちを受けとめた主張に変えてみよう
    ■ シナリオを書いてみよう
 相手を知り,相手を生かす
   簡単には相手の身になれない
   どうしたら相手の身になれるか
   相手を知り,相手を生かすコミュニケーション
   いろいろな質問のしかた
    ■ 何をたずねますか,どうたずねますか?
   レベルアップするための3つの要素
   ≫生活の中でのステップアップ≫相手を知り,相手を生かすセンスをみがこう

 ◆表現のセンスをみがく◆
  (1)表情,視線,しぐさ,姿勢,位置
   (鏡の前で研究しよう/仲間と一緒に研究しよう)
  (2)話す速度,間のとりかた,声の大きさ,発音,語尾
  (3)仲間・仕事・世代と言葉
  (4)話す要素,話す順序
  (5)反論,指摘・注意
  (6)敬語
   (敬語の種類と表現のしかた/敬語を使う対象と,使いかたの原則/練習)

II 現実の場から探る看護のコミュニケーション・センス
1.安全,そして安楽に看護行動を行う
 事例 開腹手術2日目,歩行の許可が出ているが,傷の痛みのため起きようとしない患者に,トイレまで歩行介助を行う場面
 解説
  1.患者の体の状態,気持ちを読みとり,それを受けとめる姿勢の表現と受けとめたことの表現
  2.相手の不安,疑問に対して,論理的で納得のいく説明をする
  3.行動のイメージの伝達
 看護のコミュニケーションを生み出す構造
2.患者の療養生活を組み立てるための  情報をとる
 事例 下痢が続く患者に,食事量を聞く場面
 解説
  1.患者の病態や心の状態をとらえるための情報をとる
  2.療養生活のしかたを組み立て,提案する
 情報のとりかた,伝えかたのポイント
3.さまざまな患者に対応する
 事例1 白血病で点滴静脈注射の場面
 事例2 退院後の生活指導の場面(膝の骨折で入院,1週間後退院予定の一人暮らしの女性)
 解説
  1.ライフステージの特性をとらえ,対応する
  2.患者の特性をとらえるためのさまざまな視点
4.さまざまな環境,状況に対応する
 事例1 大部屋にいる患者の部分清拭と寝巻の交換場面
 事例2 見舞い客(家族)がいるときに処置を行う場面
 事例3 洗髪予定の患者がうとうとしている場面
 解説
  1.患者の療養環境を測定して対応する
  2.患者のおかれた場の状況を測定して対応する
  3.患者の状態を測定して対応する
5.患者の苦痛や不安を読みとり,受けとめる
 事例1 不眠を訴える患者.入院3日目
 事例2 糖尿病性網膜症で失明の危険にある患者
 事例3 子宮筋腫の手術を前に不安訴える患者
 事例4 オートバイでの事故による受傷.入院2日目
 解説
  1.患者のもつ苦痛,不安をとらえるための情報を得る
  2.苦痛の種類や程度を具体的に測定する
  3.患者の気持ちを受けとめ,苦痛や不安などを表出できるようにする
  4.個々の患者の苦痛や不安に対応する
6.ニードに応え,ニードを引き出す
 事例 ナースコール1
 事例 ナースコール2(大部屋からのコール)
 事例 ナースコール3(患者との連絡手段)
 事例 ナースコール4(患者との連絡手段)
 事例 ナース・ステーション受け付け1
 事例 ナース・ステーション受け付け2
 解説
  1.いかに患者のニードに応え,安心感を与えるか
  2.患者への連絡手段としてのナースコール
  3.患者のニードを予測し,働きかける
 ナースコールを使ってのコミュニケーション対応のポイント
  練習

 図解 看護のコミュニケーション・センスはこうしてみがく

III 事例分析でコミュニケーション・センスを高める
1.シミュレーションを生かすための4 つの行動プログラム
 (インタビューしてみよう/患者の疑似体験をしよう/動けない患者の1日を体験しよう/コミュニケーションに視点をあてて,生活援助行動を行ってみよう)
2.どこが問題ですかあなたならどう対応しますか-コミュニケーション行動のシミュレーション-
 例 片足切断手術の前日の患者への対応の場面
  分析のポイント
 1 食事中にみそ汁をこぼしてナースを呼んだ場面
 2 下肢の骨折でギプス固定をしている患者の清拭の場面
 3 採血のやり直しの場面
 4 病気(癌)の進行を心配する手術前の患者への対応の場面
 5 手術前の検査で疲労している患者への対応の場面
 6 持続点滴静脈注射をしている患者への血圧・体温・脈拍測定の場面
 7 外来診療の結果,入院が決定した患者への説明の場面
 解説
  事例1 /事例2 /事例3 /事例4 /事例5 /事例6 /事例7

IV 自分を振り返ってコミュニケーション・センスを高める
1.ロールプレイ(role playing)
  (演技/カンファレンス)
 実施のポイント
  ■ ロールプレイの実際の例を見てみよう
   1.場面および条件を設定する
   2.演技する(患者役,ナース役)
   3.演技を評価する
   4.カンファレンス(演技者,観察者のメンバー全員)
   5.カンファレンス終了後に自分の考えをまとめる(各自)
 フィードバックと積み上げ
  ■ ロールプレイをやってみよう
   事例1 / 事例2 / 事例3 /事例4
 ロールプレイの記録(ワークシート)
  (演技を通じてとらえたこと/観察者用チェックリスト兼演技者(Ns)用自己チェックリスト/ロールプレイを通じてとらえたこと)
2.プロセスレコード(process record)
 例 プロセスレコード
  (再構成する場面を決定する/展開の再現/分析・考察)
  ■ プロセスレコードの実際の例を見てみよう
   プロセスレコード
   解説 プロセスレコード
   プロセスレコード(ワークシート)
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コラム
 コミュニケーション(communication)とは
 コミュニケーションの手段
 コミュニケーションの構成要素
 コミュニケーションを阻害する因子
 心の4つの窓(ジョハリの窓;Johari Window)
 「たずねる」と「きく」
 医療現場でのコミュニケーション
 コミュニケーションで避けたいABC
 言語,視覚,聴覚に障害のある人とのコミュニケーション
 患者と良好なコミュニケーションをとる方法