やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
 昨年9月,歴史的な政権交代を成し遂げた民主党の鳩山由紀夫首相は,就任早々の国連気候変動サミットで,2020年までに日本の温室効果ガスを1990年比で25%削減することを内外に宣言して喝采を浴びた.実現の可能性について問われ,日本の科学力と技術力をもってすれば達成可能と信じると答えていたのが印象に残っている.
 2020年にどうなっているかは,もちろんその時になってみなければわからないのであるが,昨今の世の中の変化のスピードは目を見張るものがあって,医療の分野も例外ではない.1990年ごろと今とでは,すでに診断法にも治療法にも,多くの点で明らかな進歩がみられ,結果として難病患者の予後も改善している.
 たとえば,ウイルス感染症の免疫学的検査といえば従来は抗体価の測定が主体で,多くの場合に結果が判明するころには患者は治癒してしまっていたのであるが,最近では反対に抗体を利用して抗原を検出する検査法が次々と実用化されてきている.最近のブタ由来新型インフルエンザの流行に際しても,迅速診断に免疫検査が活躍していることは周知の事実である.また,私が専門としている膠原病の領域においても,関節リウマチに対してリウマトイド因子を上回る疾患特異性を示す抗CCP抗体の測定が普及して診断精度が向上し,早期に診断を確定して抗サイトカイン療法を開始すれば,関節変形をきたさないですむようになった.
 これらの成果をもたらしている原動力は,まさに科学力と技術力であり,本書も将来医療人として活躍する諸君に,免疫検査学分野における科学力と技術力の素を提供するためにつくられている.一昨年に初版を出版したばかりではあるが,実は初版の製作には数年を費やしてしまったので,早くも古めかしいと思われる部分が出てきてしまった.古い部分を削除し,新しい検査法を追加し,また実際に講義に使ってみて学生にとってわかりにくいと思われた記述を書き直したりして,ここに第2版を刊行することとした.学生のみならず,現場で活躍している技師の方がたが知識をリフレッシュさせるための参考書としても役立つものと思う.
 科学の進歩に遅れないよう,今後も引き続き手を加えながら本書を育てていきたいと考えているので,皆様方もお気づきの点があったら遠慮なく編集部まで一報していただけると幸甚である.
 2010年初春
 編集者・執筆者を代表して 窪田哲朗

第1版の序
 ここに新しい教科書『臨床検査学講座/免疫検査学』を刊行することになった.20世紀前半は免疫血清学が全盛で,血清中の抗原・抗体・補体などの化学的性質が解明され,それらを定量して免疫学の研究や臨床検査に応用する多くの方法が開発された.それらの技術の多くは今なお健在である.しかし,1980年ごろからの細胞工学や分子生物学の急速な発展は,免疫学にも画期的な進展をもたらしている.その結果,免疫応答のしくみが今や細胞レベル・分子レベル・遺伝子レベルで解明されてきた.
 しかも注目すべきことは,“bench to bedside(実験台からベッドサイドへ)”という言葉に象徴されるように,学問的成果をいち早く臨床に応用しようとする動きが加速してきたことである.たとえば,1980年代には免疫系で役割を果たしているサイトカインが次々と同定され,1990年代にそれらに関する動物実験が盛んに行われたかと思うと,今世紀には早くも炎症性サイトカインを標的とした炎症性腸疾患やリウマチ性疾患の治療が実用化されている.免疫担当細胞の相互作用にかかわる接着分子を標的にした治療法も開発されている.病態診断のために,患者の体液中や,患者リンパ球をin vitroで刺激した培養上清中のサイトカインを測定することも行われている.
 本書は,このような日進月歩のScienceとTechnologyの基本原理を理解してもらい,免疫検査学のさらなる発展に貢献する人材を育成することを念頭に置きながら企画,編集されたものである.臨床検査技師を目指す学生を主な対象と想定して執筆したが,既卒者の生涯学習にもぜひ利用していただきたい.
 まず第1章で,現在の免疫学の概要を,初学者にとって難物である専門用語をやさしく説明することに心がけながら記述した.第2章では,免疫検査が有用である疾患について,それぞれの病態を簡潔に説明した.臨床的意義がわからぬまま検査業務に携わっても面白くない.チーム医療を担う一員として貢献するためには,臨床的背景に関する最低限の知識は欠かせないので,適宜第3章を参照しながら読んでほしい.第3章では,検査法の原理を解説するとともに,現在実際に行われている免疫検査の例を紹介した.第4章では輸血や臓器移植に関連する免疫検査を解説した.
 執筆にあたっては多くの図表を挿入したり,欄外を利用して補足説明をしたり,各章間の関連性に配慮するなどして,単なる知識の退屈な羅列にならずに楽しく学べるよう精一杯努めたつもりである.まだ不十分な点もあるかと思われるが,お気づきの点があれば遠慮なく編集部まで一報していただけると幸甚である.
 最後に,本書の刊行にあたってサポートしていただいた医歯薬出版編集部の皆様,そして図版の作成にあたり素敵な技術を発揮してくださった青木出版工房・青木勉氏に謝意を表します.
 2008年5月
 編集者・執筆者を代表して 窪田哲朗
 第2版の序
 第1版の序
 カラー図譜
第1章 免疫系のしくみ
 I.免疫系の構成要素
  1-免疫系の概念
  2-免疫担当細胞
  3-中枢リンパ組織
  4-末梢リンパ組織
 II.自然免疫
  1-自然免疫における病原体認識の特徴
  2-自然免疫の要素
 III.獲得免疫における抗原の捕捉と提示
  1-抗原提示細胞による抗原の取り込み
  2-MHC分子
  3-抗原蛋白質のプロセシング
 IV.獲得免疫における抗原の認識
  1-B細胞の抗原認識
  2-T細胞の抗原受容体
 V.獲得免疫における細胞性免疫
  1-T細胞の活性化に必要な分子群
  2-T細胞活性化の生化学的経路
  3-CD4+T細胞のエフェクター機構
  4-CD8+T細胞のエフェクター機構
  5-感染巣にエフェクター細胞が集まるメカニズム
  6-免疫反応の終息
 VI.獲得免疫における液性免疫
  1-抗原によるB細胞刺激
  2-B細胞の細胞内シグナル伝達系
  3-B細胞とT細胞の相互作用
  4-抗体の親和性の増加
  5-T細胞非依存性抗原に対する抗体産生
  6-抗体の機能
  7-補体系のエフェクター機構
  8-粘膜免疫
 VII.能動免疫と受動免疫
  1-能動免疫
  2-受動免疫
 VIII.免疫寛容
  1-中枢性寛容
  2-末梢性T細胞寛容
  3-末梢性B細胞寛容
第2章 免疫学的検査が有用な疾患
 I.感染症
  1-細菌感染症
  2-ウイルス感染症
  3-真菌感染症
  4-寄生虫感染症
 II.腫瘍性疾患
  1-腫瘍免疫
  2-腫瘍マーカー
  3-M蛋白血症
 III.アレルギー
  1-I型アレルギー
  2-II型アレルギー
  3-III型アレルギー
  4-IV型アレルギー
 IV.自己免疫疾患
  1-組織特異的自己免疫疾患
  2-全身性自己免疫疾患(膠原病)
 V.免疫不全症
  1-抗体産生の障害
  2-T細胞の障害
  3-複合型障害
  4-食細胞の障害
  5-分類不能型免疫不全症
  6-補体成分の欠損症
第3章 免疫学的検査の現場
 A.免疫学的検査の原理
  I.試験管内抗原抗体反応の基礎
   1-試験管内抗原抗体反応の特徴
   2-抗原抗体反応における量的因子
   3-抗原抗体反応に影響する因子
   4-モノクローナル抗体とポリクローナル抗体の反応性
   5-血清の分離,抗体の精製
  II.沈降反応
   1-混合法
   2-重層法
   3-ゲル内免疫拡散法
  III.凝集反応
   1-凝集反応に関与する抗原と抗体
   2-凝集反応の機序
   3-凝集反応に影響する因子
   4-凝集反応の種類
   5-凝集反応に用いられる担体の異常反応
  IV.溶解反応
   1-溶解反応の種類
   2-補体結合反応
   3-溶血阻止反応
  V.中和反応
   1-中和反応の分類
  VI.非標識抗原抗体反応
   1-免疫比濁法
   2-免疫比ろう法
   3-ラテックス凝集比濁法
  VII.標識抗原抗体反応
   1-酵素免疫測定法
   2-発光免疫測定法
   3-蛍光免疫測定法
   4-免疫クロマログラフィ法
  VIII.電気泳動法
   1-免疫電気泳動法
   2-免疫固定電気泳動法
   3-ウエスタンブロッティング法
  IX.遺伝子検査法
   1-遺伝子検査法導入の背景
   2-遺伝子検査法の特徴
   3-代表的な検査法
 B.免疫学的検査の実際
  I.感染症の検査
   1-溶血性連鎖球菌感染症関連抗体
   2-梅毒血清反応
   3-クラミジア感染症
   4-肝炎ウイルス感染症
   5-レトロウイルス感染症
   6-その他のウイルス抗体検査法
   7-リケッチア感染症
   8-マイコプラズマ感染症
  II.アレルギー検査
   1-血液中のIgE検出
   2-ヒスタミン遊離試験(HRT法)
   3-皮膚テスト
   4-誘発試験
   5-好酸球数の測定
  III.自己免疫疾患関連検査
   1-リウマトイド因子
   2-抗核抗体関連検査
   3-抗ミトコンドリア抗体
   4-甲状腺自己抗体関連検査
  IV.免疫不全症関連検査
   1-リンパ球の分離法
   2-リンパ球サブセット検査
   3-サイトカイン定量
   4-リンパ球幼若化試験
   5-抗体依存性細胞傷害作用
   6-遅延型皮膚反応
   7-補体系の測定法
  V.腫瘍マーカー検査
   1-腫瘍マーカーとは
   2-腫瘍マーカーの特異性
   3-腫瘍マーカーの応用
   4-腫瘍マーカーの有用性
   5-臓器別の腫瘍マーカーの分類
   6-腫瘍マーカーの検査法
   7-腫瘍マーカーの評価法
  VI.血清蛋白異常症関連検査
   1-免疫グロブリン
   2-温度依存性蛋白
   3-補体
   4-C反応性蛋白(CRP)
  VII.自動化免疫検査法
   1-自動化法
第4章 輸血・移植のための検査学
 I.輸血療法とは
  1-輸血の目的と特性
  2-輸血の種類
  3-輸血の歴史
  4-輸血に関する通達・法律(血液法)
  5-輸血についてのインフォームドコンセント
 II.輸血用血液製剤の種類と特性
  1-供血者(献血者)の基準
  2-全血献血と成分献血
  3-製剤の製造方法
  4-血液製剤の種類・有効期限・保存条件
  5-血清および血漿の処理と保存
  6-細胞保存液の作製
  7-血液細胞の分離・調製法
 III.輸血の適応と製剤の選択
  1-血液製剤の使用指針
  2-血液製剤療法の原則
  3-赤血球濃厚液の投与
  4-血小板製剤の投与
  5-新鮮凍結血漿の投与
  6-アルブミン製剤の投与
 IV.輸血前に必要な検査
  1-検査用検体
  2-ABO/Rh血液型
  3-不規則抗体,交差適合試験
  4-ゲルおよびビーズカラムによる血液型判定法
  5-血液介在性感染症検査
 V.血液型とその検査
  1-血液型総論
  2-ABO血液型
  3-Rh血液型
  4-MNS血液型
  5-P血液型とGLOBOSIDEコレクション
  6-Lutheran血液型
  7-Kell血液型
  8-Lewis血液型
  9-Duffy血液型
  10-Kidd血液型
  11-Diego血液型
  12-Ii血液型
  13-高頻度抗原と低頻度抗原
  14-まれな血液型
 VI.赤血球抗体検査
  1-規則抗体と不規則抗体
  2-完全抗体と不完全抗体
  3-不規則抗体検査法
  4-不規則抗体検査の特徴,結果の解釈
  5-凝集反応の見方と分類
  6-不規則抗体スクリーニング検査の判定法
  7-不規則抗体同定検査
  8-反応態度による抗体の鑑別
  9-タイプアンドスクリーンとコンピュータクロスマッチ
  10-直接抗グロブリン試験と間接抗グロブリン試験
 VII.交差適合試験
  1-交差適合試験の目的
  2-主試験と副試験
  3-検体に求められる条件
  4-結果の解釈
 VIII.自己免疫性溶血性貧血と自己抗体
  1-自己抗体の種類と特異性
  2-薬剤性の自己免疫性溶血性貧血
 IX.輸血副作用
  1-輸血副作用の種類と分類
  2-溶血性輸血副作用
  3-血管内溶血
  4-血管外溶血
  5-非溶血性輸血副作用
 X.自己血輸血
  1-自己血輸血の利点と問題点
  2-自己血輸血の適応と禁忌
  3-自己血輸血の種類とそれぞれの特徴
  4-貯血式自己血輸血の実際
  5-貯血式自己血輸血の保管管理と輸血時の注意点
 XI.血液型不適合妊娠と新生児溶血性疾患
  1-新生児溶血性疾患とは
  2-血液型不適合妊娠による新生児溶血性疾患のメカニズム
  3-原因となる赤血球抗体
  4-Rh不適合妊娠とABO不適合妊娠の比較
  5-母体血の間接抗グロブリン試験
  6-臍帯・児血の直接抗グロブリン試験
  7-新生児溶血性疾患の治療と予防
 XII.HLA検査
  1-HLA検査の種類と応用分野
  2-HLAと疾患感受性
  3-血小板輸血不応とHLA適合血小板
 XIII.血小板抗原
  1-血小板抗原系
  2-血小板に存在する同種抗原
  3-HPAの臨床的意義
  4-抗血小板抗体検査法
 XIV.顆粒球抗原
  1-顆粒球抗原系
  2-HNAの臨床的意義
 XV.移植
  1-移植の種類
  2-拒絶反応について
  3-移植が行われる臓器・組織・細胞
  4-臓器移植に際して必要な検査
  5-免疫抑制薬について
  6-造血幹細胞移植について

 索引
 表A 主なCD抗原……前見返し
 表B 主なサイトカイン……後見返し
 表C 主な接着分子……後見返し