やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 “私達の仕事は,重箱の隅をつついているような小さなものに過ぎないが,一生,それに取り組んでいれば,やがて,それは隅ではなくなるのではないか….その重箱は,人の生命をいれる重箱,そして,ひょっとすると,それは同時に人類の宝がぎっしりとつまった重箱であるかも知れないのだ”
 私が33歳の時,第20回小島三郎記念技術賞(昭和60年)を受賞した際に,尊敬する偉大な研究者のお一人である故北村元仕博士(元虎の門病院臨床化学検査部長)からいただいた色紙の言葉である.電気泳動分析の面白さ・奥深さを知ったばかりの私にとってこの言葉は大きな励みとなり,日常業務や研究に行き詰まった時は,机の上に置かれたこの色紙の言葉をいつもかみしめ,自分に言い聞かせていた.
 思い起こせば,研究の原点となったカギ型アルブミンと遭遇したのは27歳の時である.試行錯誤の実験を繰り返しながら,その原因はヒアルロン酸の血中増量によることを見出し,その検出法についても電気泳動を用いた簡易な方法を考案したが,まだまともな論文を書いたことがなかった.そこで,名著「血漿蛋白」の執筆者である河合 忠博士(現自治医科大学名誉教授,国際臨床病理センター所長)に論文と手紙を出したところ,1週間程で校閲された論文と,“臨床検査”という雑誌に投稿しなさいという温かい内容のお手紙が届き感動した.それが私の最初の論文であり,免疫や電気泳動分析に興味を持ち始める発端となったのである.その後,櫻林郁之介博士(現自治医科大学名誉教授)との大きな出会いがあった.症例解析をきっかけに,研究の進め方はもちろん,検査データの考え方,電気泳動を用いた病態解析の面白さを学ぶことができたのである.さらに,東北地区に電気泳動セミナー(現田沢湖セミナー)を一緒に発足させ,セミナーの中から世界的にもめずらしい症例が数多く報告された.現在もこのセミナーは30年間にわたり開催され続けている.
 しかし残念ながら,最近の一般病院検査室では,血清蛋白質異常症のスクリーニング法として日常切り離すことができない血清蛋白分画検査でさえあまり活用されなくなってきている.この原因としては,医療保険制度改革のなかで検査領域での点数の包括化が進んだこと,また検査実施料も切り下げられ,院内検査では採算をとることがむずかしく,検査センターへの外注化が進んだことなどがあげられるかもしれない.しかし,問題なのは,電気泳動検査は診断的な価値が高いにもかかわらず,臨床検査技師がそれを正確に判読し,臨床サイドへ報告する技術が低下してきていることである.こうしたことから臨床からのオーダーが減り,結果的に臨床検査技師の技術力を向上させる機会を失わせているといった悪循環が生じてきている.
 こうした状況を打破するため,また,電気泳動分析の面白味や奥深さを知っていただきたいという思いからこの本を書き上げた.基礎編では,免疫グロブリンを中心としたヒト血清蛋白質の性状と異常蛋白質の分析法について,現場で実際に分析・操作ができるようポイントを随所に入れながら解説した.さらに実例編では,異常蛋白質について,発見の端緒,解析の進め方,操作手順,結果に対する考え方および対処法など,同様な異常症例に遭遇した場合,いつでも活用できるようより具体的なポイントを加えまとめてみた.さまざまな電気泳動分析法を活用することで明らかになってくる病態も数多くあることを,本書で再認識していただきたい.とくに医療現場の臨床検査技師,若手研究者の方々には,検査現場での病態を見出すための疑問に思う“目“,それを掘り出す“手”,そして実践する“心”の大切さを,本書で少しでも学んでいただければ幸いである.
 本書の企画に関しては,数年前に医歯薬出版から原稿依頼があったが,発行までに非常に長い年月がかかってしまった.全国から数多くの症例解析の依頼が舞い込み,解析の“謎解き”の面白さにはまり込んでいたこともあり,いつでも書けるという私の愚かな慢心によるものであり多大なご迷惑をおかけしてしまった.担当の法野崇子氏の忍耐も限界にきていたことと思われるが,それでも,私の気力を奮い立たせてくれたおかげで本書を無事完成させることができた.心から感謝申し上げる.
 また,本書をまとめるにあたり,実験操作法の改良や電気泳動分析に多大なご協力をいただいた信州大学医学部保健学科検査技術科学専攻の亀子文子先生,当時,信州大学大学院医学系研究科の修士生であった阿部雅仁君(現栄研化学営業統括部),石垣宏尚君(現名古屋掖済会病院中央検査部),小林香保里さん(現佐久総合病院臨床検査科),柳 奈緒美さん(現東京医科歯科大学附属病院検査部),学部3年次生の片山史子さんには深く感謝申し上げる.
 2010年8月
 藤田清貴
 カラー図版
 序
基礎編 発見のための基礎知識
第1章 血清蛋白質に関する基礎知識
 I 血清蛋白質の種類および機能
 II 免疫グロブリン
  1.IgGサブクラス
 III 温度依存性免疫グロブリン
  1.クリオグロブリン
  2.パイログロブリン
  3.ベンス ジョーンズ蛋白(BJP)
第2章 血清蛋白質異常症の分析法
 I 血清蛋白分画検査
  1.血清蛋白分画像の判読および基本的な病態型
 II 免疫電気泳動検査(Grabar-Williams法)
  1.原理および特徴
  2.検査の意義
  3.各種病態型の免疫電気泳動像
 III 免疫固定電気泳動検査
  1.原理および特徴
  2.検査の意義
 IV ウエスタンブロッティング(Western blotting:WB)分析
  1.原理および特徴
  2.検査の意義
 V 各種電気泳動分析の操作法
  1.免疫電気泳動法
  2.免疫固定電気泳動法
  3.ウエスタンブロッティング分析法
第3章 蛋白質の分離・精製法の基礎知識
 I 硫安分画法
 II イオン交換クロマトグラフィー
  1.DEAE-Sephacelを用いた血清蛋白質の分離
  2.カラムを使用しないバッチ法によるIgGの分離・精製法
 III アフィニティークロマトグラフィー
  1.アフィニティークロマトグラフィーとイオン交換クロマトグラフィーを組み合わせたIgGの細分画法
実例編 異常データの謎解き
第1章 LDアノマリー
 I IgG3免疫グロブリンが関与する高LD活性異常
  1 発見の端緒―LD活性のみが高値?
  2 検索の進め方および考え方
   1.遺伝的変異か否かの確認(赤血球LDアイソザイム分析)
   2.LD結合性免疫グロブリンの同定
   3.患者IgGと各LDアイソザイムとの親和性の確認
   4.LD結合性IgGのサブクラスの検索
   5.患者IgG3の精製と分子性状の検索
   6.患者IgG3とLDとの結合にはNAD+結合領域が関与するのか?
 II IgA1免疫グロブリンが関与する低LD活性異常
  1 発見の端緒―LD活性のみが低値?
  2 検索の進め方および考え方
   1.LD活性阻害因子の確認および同定法
   2.LD活性阻害を示す患者IgA1の性状
   3.患者IgA1とLDとの結合および活性阻害のメカニズム
 III 遺伝的変異によるLDアイソザイム異常
  1.LD・H型サブユニット欠乏症
   1 発見の端緒―LD活性のみが低値?
   2 検索の進め方および考え方
    1.遺伝的変異か否かの確認(各試料のLDアイソザイム分析)
    2.赤血球内酵素および赤血球解糖中間体の定量
    3.家系調査および遺伝子解析
  2.LD・H型サブユニット変異(バリアント;variant)
   1 発見の端緒―LD1,2のバンドが幅広く,陰極側へずれている?
   2 検索の進め方および考え方
    1.赤血球のLDアイソザイム分析
    2.ポリアクリルアミドゲル電気泳動によるLDアイソザイム分析
 IV LDと結合するM蛋白例の解析
  1.抗イディオタイプ抗体によりLD結合能が阻害されないIgG1型M蛋白
   1 発見の端緒―LD2,3,4のバンドが幅広く陰極側へずれている?
   2 M蛋白のLD結合能の確認
   3 IgG分子のLD結合部位の確認
   4 抗イディオタイプ抗体による患者IgGのLD結合阻害実験
  2.LDと結合するベンス ジョーンズ蛋白
   1 発見の端緒―血清LD活性が高値でLDアイソザイムも異常パターン
   2 BJPのLD再結合実験
   3 NADHモル濃度による患者BJPのLD結合親和性の変化
   4 患者BJPの一次構造解析
   5 患者BJPの二次構造解析
   6 患者BJPのN-末端側15残基の合成ペプチドとLDとの親和性
   7 患者BJPとLDとの結合メカニズム
 V LDアノマリーの対処法
第2章 血清フルクトサミン測定に影響を及ぼすIgA型M蛋白
 1 発見の端緒―非糖尿病でも血清フルクトサミンが高値?
 2 検索の進め方および考え方
  1.M蛋白の同定
  2.糖化蛋白質成分の確認
  3.抗アルブミン抗血清で出現する異常沈降線の同定
  4.SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動後のフルクトサミン染色による糖化M蛋白の分子性状
  5.クラス別M蛋白における血清フルクトサミン値の比較
  6.monoclonal IgA-アルブミン複合体の性状
 3 IgA-アルブミン複合体の臨床的意義
 4 IgA-アルブミン複合体が影響を及ぼす他の検査項目
 5 アルブミンと特異的に結合する微量IgG-κ型M蛋白を伴った多クローン性高γ-グロブリン血症
 6 対処法
第3章 M蛋白量と免疫グロブリン濃度が乖離するIgA型M蛋白
 1 発見の端緒―M蛋白量と免疫グロブリン定量値が乖離?
 2 検索の進め方および考え方
  1.M蛋白の同定
  2.IgAサブクラスの同定
  3.患者IgA2型M蛋白の等電点の解析
  4.IgA2アロタイプの検索
  5.IgA2m(1)型M蛋白の電気泳動移動度に共通性はあるのか?
  6.M蛋白量と免疫グロブリン定量値に乖離が認められるのはなぜか?
 3 対処法
第4章 血球算定に影響を及ぼすEDTAと反応するIgG型M蛋白
 1 発見の端緒―自動血球計数法と目視法による白血球数が異なる?
 2 検索の進め方および考え方
  1.抗凝固剤の種類による影響
  2.M蛋白の同定
  3.EDTAとの反応物質の同定
  4.EDTA反応物質は自動血球計数装置で白血球数の異常増多として観察されるか?
  5.患者IgG2-κ型M蛋白の分子性状の解析
  6.患者IgG2型M蛋白のEDTA反応部位の解析
 3 患者IgG2型M蛋白とEDTAとの反応メカニズム
 4 対処法
第5章 見逃されやすい異常蛋白質
 I IgD型多発性骨髄腫
  1 症例
   1.一般検査所見
   2.免疫電気泳動における所見
   3.見逃されやすい理由
   4.IgD型多発性骨髄腫の特徴
 II IgE型多発性骨髄腫
  1 症例
   1.一般検査所見
   2.免疫電気泳動における所見
   3.支持体の相違による免疫電気泳動所見
   4.硫酸塩除去寒天ゲルによる電気泳動所見
   5.見逃されやすい理由
   6.IgE型多発性骨髄腫の特徴
 III Light chain deposition disease(L鎖沈着症)
  1 症例
   1.一般検査所見
   2.腎生検における所見
   3.免疫固定電気泳動における所見
   4.患者κ型BJPの性状
   5.見逃されやすい理由およびLCDDの特徴
   6.heavy chain deposition disease(H鎖沈着症)は存在するか?

 索引