やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域は,病変の視・触診が比較的容易な部位を対象とするため,画像診断の導入がもっとも遅れてしまった領域の一つといっても過言ではない.
 超音波断層法もその例外ではなく,他の領域で頻繁に使われるようになった1980年代初めには,診断機器の性能が不十分なこともあって,ごく一部の施設で耳下腺や甲状腺といった特定の臓器を対象として行われていたにすぎない.
 われわれは1985年から頸部領域全体を対象とし,とくに頸部リンパ節転移を中心に超音波断層法を行ってきた.その結果,転移リンパ節以外のあらゆる頸部腫瘤も鑑別診断の対象となり,結局,頸部触診の対象となるような病態すべてが,超音波断層法の適応となることになった.われわれがかねてから提唱している“頸部の超音波検査は触診と同じレベルにある理学的検査法の一つ”との考え方の始まりである.触診の可能な範囲となると,頸部だけでなく,顔面(副鼻腔を含む),口腔内なども当然対象となる.口腔内は小型の探触子が作られるようになってから,検査がいっそう容易となった.
 一方,頸部からの走査で,喉頭や咽頭,頸部食道の腫瘤性病変も描出可能であり,現在,日常的に超音波診断の対象となる頭頸部領域は,頸部を中心とし,副鼻腔,口腔,咽・喉頭,頸部食道とほぼ全域に及ぶ.超音波断層法が被検者にとってほとんど負担がないことを考えあわせると,超音波断層法で異常所見があればもちろん,異常所見がないと判定されることも診断をすすめるうえで,有用な情報をもたらす.
 また,超音波ガイドを使った穿刺術に代表されるいわゆるinterventional ultrasonographyは,検査,治療のうえで大きな役割を果たしており,超音波断層法は,今後も耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域でますます利用価値の高くなる検査法の一つとなるのは確実である.
 したがって,この領域の超音波診断を志す医師,検査技師は,近年,増加傾向にあり,適当な解説書があれば紹介してほしいという希望を,しばしば耳にするようになった.しかし,耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域は,超音波診断の分野では[体表]の一部として扱われる場合が多いこととも関係して,診断・治療を直接担当する耳鼻咽喉科・頭頸部外科医が,臨床医としての立場からこの領域全体について書き記した成書は今までなかった.そこで,われわれの経験をもとに,耳鼻咽喉科・頭頸部外科医の視点から,実地臨床と直ちに結びつく内容をまとめ,諸家の要望に答えたいと考えたのが,本書執筆のきっかけである.
 実際に書き始めてみると,今まで曖昧なままにしてあったこと,再度調べ直す必要のあることなど多くの問題点がでてきて,当初企図したものと比較すると,必ずしも,すべてに満足のいく内容とはならなかったが,臨床の現場では十分,役立つ書になったと確信している.耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域の超音波診断に関心をもつ医師,検査技師の方々の参考となれば幸である.
 本書を出版するにあたり,われわれが耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域の超音波検査を始める機会を与えて下さり,さらに終始ご指導を賜った,恩師の澤木修二 横浜市立大学名誉教授に厚くお礼を申し上げます.また,これまでわれわれを支えて戴き,さまざまな援助を下さった佃 守 横浜市立大学医学部耳鼻咽喉科学教室教授はじめ多くの方々に,深謝致します.
 また,西宮市みぞじりクリニック耳鼻咽喉科溝尻源太郎君(前兵庫県立成人病センター耳鼻咽喉科初代医長)には本書の企画立案に際し,医歯薬出版株式会社との仲介など多くのご助力を戴いたことも申し添えます.最後に,医歯薬出版株式会社には,出版に至るまで多大なご尽力を戴きました.改めて感謝の意を捧げます.
 1999年11月 古川政樹 古川まどか

巻頭カラー

I 超音波診断装置と探触子
 1.超音波診断装置
 2.探触子
  1)頸部
  2)その他
II 装置の調整
 1.ゲイン(利得)
 2.STC(sensitivity time control)
 3.ダイナミックレンジ
III アーチファクト(虚像)
 1.サイドローブによるアーチファクト
 2.反射によるアーチファクト
  1)鏡像
  2)多重反射
IV 走査の基本と正常像
 1.基本的な被検者の体位と画面の設定
 2.コンタクトメディウム
 3.実際の走査と正常解剖
 4.異常所見の描出と記録
 5.検査にあたっての心構え
V 超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(USG-FNAC)
 1.USG-FNACの有用性
 2.適応
 3.準備する装置と器具
 4.穿刺法
  1)体位の決定
  2)穿刺部位の決定
  3)消毒
  4)局所麻酔
  5)穿刺
  6)細胞採取
  7)細胞固定
  8)終了後処置
 5.合併症
  1)出血
  2)感染
  3)細胞播種
 6.穿刺時のこつ
  1)穿刺前のイメージトレーニングを大切に
  2)無理をしない
  3)穿刺操作はすばやく行う
 7.正診率を高めるために
 8.細針による超音波ガイド下穿刺吸引組織診(USG-FNAB)
  1)USG-FNABの有用性と適応
  2)準備する装置と器具
  3)穿刺および組織採集
 9.穿刺技術の治療への応用
  1)超音波ガイド下嚢胞穿刺術
  2)超音波ガイド下薬剤注入術
VI 術中超音波検査
VII 疾患編
 1.耳下腺
  1)正常
  2)診断総論
  3)急性化膿性耳下腺炎
  4)睡石症
  5)多形腺腫
  6)腺リンパ腫
  7)腺房細胞癌
  8)腺癌
 2.顎下腺
  1)正常
  2)急性化膿性顎下腺炎
  3)睡石症
  4)多形腺腫
  5)粘表皮癌
 3.舌下腺
  1)がま腫
 4.口腔・中咽頭
  1)経皮的走査と経口的走査
  2)舌可動部癌
   (1)舌癌T2症例 経口的走査
   (1)舌癌T3症例 経口的走査
  3)舌根部嚢胞 経皮的走査
  4)咽頭嚢胞 経口的走査
  5)咽頭後リンパ節転位
  6)口蓋扁桃肥大
  7)中咽頭癌
   (1)舌根部癌(経皮的走査)
   (2)側壁癌(経皮的走査)
  8)中咽頭悪性リンパ腫
  9)構音・嚥下機能の評価
 5.下咽頭
  1)正常
  2)下咽頭癌
 6.喉頭
  1)正常
  2)喉頭癌
 7.食道
  1)正常
  2)食道癌
 8.甲状腺
  1)正常
  2)胞腺腫
  3)腺腫様甲状腺腫
  4)嚢胞
  5)乳頭癌
  6)舌根部異所性甲状腺
 9.リンパ節
  1)総論
  2)リンパ節の領域区分と大きさの測定
  3)正常リンパ節
  4)腫大したリンパ節
   (1)急性リンパ節炎(非特異性炎症)
   (2)結核
   (3)サルコイドーシス
   (4)悪性リンパ腫
  5)転位リンパ節
   (1)右頸部転位リンパ節
   (2)癒合した左頸部転位リンパ節
   (3)左頸部転位リンパ節(周囲組織への浸潤)
   (4)左頸部転位リンパ節(頸動脈浸潤例)
   (5)右頸部傍気管リンパ節転移
 10.神経原性腫瘍
  1)総論
  2)迷走神経鞘腫
  3)頸部交感神経鞘腫
  4)腕神経叢神経鞘腫
  5)頸動脈小体腫瘍
  6)迷走神経傍神経節腫
 11.その他
  1)頸部血管腫
  2)嚢胞性リンパ管腫
  3)脂肪腫
  4)正中頸嚢胞
  5)左頸部側頸嚢胞
  6)頸部異物
 12.鼻・副鼻腔
  1)術後性上顎嚢胞
  2)右上顎癌
  3)右篩骨洞嚢胞
  4)右前頭洞癌

おわりに―耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域における超音波診断の今後

MEMO
 小腫瘤の確認
 検査時の体位
 施設の状況に応じた超音波検査法
 超音波ガイド下穿刺吸引細胞診の施行記録
 口腔内走査による舌,口腔底の正常所見
 転位リンパ節と血管の癒着
 予防的頸部郭清術とは何か