やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 輸血医学領域においても,エビデンスを証明した輸血治療に関する多くの優れた研究論文が存在する.しかし,エビデンスに基づく医療(evidence-based medicine,EBM)はランダム化対照試験だけではない.ケースレポートであっても,的確なエビデンスに基づいた正しい診断と最適な治療は,臨床現場には大いに役立つ.
 我々が日々接する輸血患者にもEBMの原則を活かす姿勢が求められる.すなわち,(1)輸血患者の問題を明確にすることからスタートし,(2)問題となる事柄に関して情報収集を行う.ここでいう情報には,患者情報,文献情報,通常の検査データや追加の検査結果も含まれるであろう.(3)それら情報を吟味したうえで,さらなる追加検査,他施設との共同研究が必要となることもある.情報収集と情報の吟味は頻繁にフィードバックがかかわってくる.(4)患者に必要な情報を適用し,(5)最後に,上記の(1)〜(4)のステップが適切であったか評価することで完結する.
 輸血医療は本質的に,いわゆるテーラーメード医療の性格を有す.患者一人一人の情報がきわめて重要である.たとえば,不規則抗体を保有している患者にはその抗体と反応しない適合血を輸血しなければ,輸血効果どころか,重篤な副反応で生命を危険に曝すこともまれではない.
 本書はここ十数年ほどに日本で報告された症例を中心として,エビデンスを引き出した診断,エビデンスに裏打ちされた輸血治療を行った著者に新たに執筆を依頼して,明確にまとめていただいた.タイトルを2本立てとし,「CASE一覧」には結論的な診断名を示したが,各項のタイトルには主症状を示すにとどめた.読者が読み進んでいくうちにあれこれと考える楽しみを残しておいた.本文の構成は,「症例(既往歴,症状など)」→「エビデンスへの道しるべ(原因解明のためのキーポイント,重要となる対処など)」→「エビデンス(検査方法・結果や文献からのエビデンス)」→「どう考える?(エビデンスから考えられること,問題点,注意点など)」→「結論は?(診断名や症状の原因)」と,重要なポイントをつかみながら理解できるような流れにし,キーワードを余白に示して知識を整理しながら読めるようにも配慮した.
 輸血検査を行っている臨床検査技師,輸血を用いた診療に携わっている臨床医師には,大変有意義で示唆に富んだ実際の患者50症例以上が提示されている.本書が症例検討などのトレーニングや自己研鑽に使用され,次に自らが経験するかもしれない患者さんの診断と治療に大いに役立つことを願っている.
 本書の発行にあたり,ご多忙のなか,快くご執筆を引き受けていただいた先生方,読みやすいものとするため優れたアイデアを提供いただいた医歯薬出版の塗木誠治と平林幸の両氏に,編者一同深謝いたします.
 2005年秋
 編集代表 大戸 斉
I 赤血球
 総論〜溶血性輸血副作用と新生児溶血性疾患〜(安田広康)
 CASE1 赤血球抗体保有者への抗原陽性血の輸血症例〜アンケート結果より〜(浅井隆善)
 CASE2 妊娠歴と輸血歴を有す女性に発症した遅発性溶血性輸血副作用(遠藤輝夫・辻 直樹・渡辺直樹)
 CASE3 複数回の輸血後,連続して溶血所見が認められた症例(佐久間志津枝)
 CASE4 緊急手術のため行ったDib不適合輸血により高ビリルビン血症を起こした症例(遠藤 剛)
 CASE5 RhD陽性で抗D様抗体保有患者への輸血(小野寺利恵)
 CASE6 母体抗A抗体価の著しく高いABO血液型不適合妊娠(山内昌樹・高橋幸博)
 CASE7 子宮内臍帯血管内交換輸血を行ったRhD不適合妊娠(宮野 章・中山雅弘・末原則幸・北島博之)
 CASE8 Rh表現型-D-女性の第二子妊娠から出産,新生児治療まで(荒谷千登美・宗本 聖・能美伸太郎・笠岡永光・藤本幸弘・日野理彦)
 CASE9 輸血歴,流産歴のない初回妊娠でありながら新生児溶血性疾患をきたした症例(山田恵子)
 CASE10 胎児水腫が認められたMN血液型不適合妊娠(松井浩之)
 CASE11 多数回の血漿交換により健児を得た血液型不適合妊娠(月原 悟・堀江さや子・光成匡博・谷口文紀・吉田壮一・岩部富夫・原田 省・寺川直樹・西川健一)
 CASE12 Jra不適合妊娠(増田健太郎・長田久夫・宮内 修)
 CASE13 まれな血液型Ok(a-)の血液型不適合妊娠(上里忠和)
 CASE14 原因不明の重度の貧血(Hb2.3g/dl)による新生児仮死(長谷川久弥)
 CASE15 溶血性貧血をきたし,強い自己凝集を示した症例(齊藤昌子)
 CASE16 両下肢の冷感を自覚する患者に認められた血小板減少と溶血性貧血(廣瀬優子・竹下昌一・正木康史・大島恵子)
 CASE17 高力価自己抗体保有患者の同種抗体同定法(宮森由美子)
 CASE18 敗血症と貧血を伴い,汎凝集反応がみられた症例(尾 牧子)
 CASE19 エリスロポエチン投与後に貧血が悪化した症例(篠原健次)
 CASE20 輸血歴なしで,オモテO型,ウラA型のオモテ・ウラ不一致の症例(道野淳子)
 CASE21 抗A,抗B血清それぞれに対して赤血球が部分凝集を示した症例(佐藤千秋・池淵研二)
 CASE22 輸血直後,動悸,呼吸困難,暗赤色の尿がみられた症例(稲葉頌一)
II 血小板
 総論〜HPAを中心に〜(森田庄治・井上 進・柴田洋一)
 CASE23 血小板輸血を行ったが効果がみられず,副作用が発現した症例(井上 進・森田庄治・柴田洋一)
 CASE24 HLA適合血小板を輸血しているにもかかわらず不応状態が持続した症例(岩本通子・市村和子・内田和人・嶋 裕子・足立豊彦・谷上純子・福森泰雄・永尾暢夫・柴田洋一・林 孝昌)
 CASE25 通常のHLA適合血小板輸血で輸血効果が認められなかった症例(斉藤 敏)
 CASE26 適合する輸血血小板を選択できない血小板無力症合併妊娠(長田久夫・清水久美子)
 CASE27 血小板輸血効果がみられない血小板無力症妊婦における帝王切開術(大西修司)
 CASE28 出血斑が認められた血小板減少症新生児(上田恭典・渡邊幸子)
 CASE29 出血斑を伴う原因不明の血小板減少を認めた新生児(永尾暢夫)
 CASE30 硬膜外血腫を認め,血小板減少が長期間持続した症例(荻野芽子・早川 晶・竹島泰弘・松尾雅文・李 容桂・南 宏尚・西野昌光・根岸宏邦)
III 輸血感染症
 総論〜おもな感染症と新興・再興感染症〜(佐藤進一郎)
 CASE31 細菌汚染された濃厚血小板製剤(三谷孝子・池田久實)
 CASE32 輸血開始早期に,悪寒,戦慄,紅斑を伴う発熱が認められた症例(石田 明)
 CASE33 輸血後発熱副作用がみられた自己血輸血(東谷孝徳)
 CASE34 輸血後発熱が認められ,その後急速に傾眠傾向,意識消失をきたした症例(狩野繁之・鈴木 守)
 CASE35 輸血1カ月後に発熱とヘモグロビン尿が認められた症例(松井利充)
 CASE36 濃厚血小板を輸血後,供血者がHBV NAT陽性と判明した症例(岸本裕司)
 CASE37 母子感染予防処置をしたにもかかわらず発症した急性肝炎(小俣 真・小松陽樹・高田栄子・田村正徳・十河 剛・板倉敬乃・乾 あやの・藤澤知雄)
 CASE38 HCV抗体陰性供血者からの新鮮凍結血漿輸血後に発症したC型肝炎(永山亮造)
 CASE39 輸血1カ月後に原因不明の急性肝炎をきたした症例(松林圭二・池田久實)
 CASE40 化学療法施行輸血患者におけるB型肝炎ウイルスの検出(西尾充史・遠藤知之)
 CASE41 遡及調査で判明した輸血HIV感染(中島一格)
 CASE42 輸血後に網状赤血球数の著明な低下を認めた造血器腫瘍患者(尾崎 淳・奥村廣和)
IV その他
 総論〜非溶血性輸血副作用を中心に〜(藤井康彦)
 CASE43 非血縁者の骨髄輸注時に生じた肺水腫(浦浜憲永・田野崎隆二)
 CASE44 輸血後,発熱・呼吸困難・肺水腫を認めた症例(重松明男)
 CASE45 血小板輸血直後にアナフィラキシー・ショックを起こした症例(古田幸子)
 CASE46 複数回輸血後にアナフィラキシーをきたした症例(嶋田英子)
 CASE47 新鮮凍結血漿輸血開始後,血圧低下,全身発赤が認められた症例(福田 悟)
 CASE48 輸液中やカテーテル留置中にみられたアナフィラキシー(高増哲也)
 CASE49 輸血血液を含む薬物によるショック症状(光畑裕正)
 CASE50 第1子,第2子ともに一過性の好中球減少がみられた症例(平岡朝子)

・初出文献一覧
・索引