やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 今日,リハビリテーション(以下リハ)の対象はICUにおける超急性期から生活期だけでなく,機能障害を生ずる前の予防的段階まで拡がっている.また,重複障害例の増加や先進医療の多様性など,リハ場面における病態の複雑性は増加の一途をたどっている.それぞれの病期,病態においても,医療や福祉サービスを受けながら生活する人にとっても,またこのようなサービスを利用しない人にとっても,リハの重要性は増す一方といえる.
 リハ実施場面におけるリスクの特徴は,新たに活動という負荷がかかることといえる.主疾患の診断や治療に対し,検査や薬剤,手術といった介入がされてゆく中で,運動介入に対して十分に予測されたリスク管理がなされているだろうか.限られた時間,情報,医療資源のなかで最優先されているとは限らない.
 リハ場面におけるリスクのもう一つの特徴として,多くの場合,診断が確定した(と思われている)状態でリハを開始することが挙げられる.リハ介入にあたって,隠されている病態にかえって気づきにくい状態といえるだろう.
 一方,リハ科医師やセラピストは,運動負荷を開始する前,または開始後の時点で,主疾患の増悪や新たな病態の第一発見者となることが非常に多い.このことは多くのリハ提供者の皆様が実感しておられるのではないだろうか.
 今回の「症例から学ぶ!リハ現場のピットフォール」では,リハ介入中に出合った「危なかった…」「こうすればよかったのかも…」という症例を,担当者の当事者視点で提示した.モデル患者さんはプライバシーの点から変更を加えているものの,家族があり,生活の営みがあるお1人おひとりを,執筆者の先生が紹介してくださった.読者自らがその患者さんのリハ科医,セラピストになった想定で読み,感じていただける構成となっている.リハ科医,セラピスト,看護師,ソーシャルワーカーなどリハ提供者の多職種に参考としていただけるようにした.
 順調とはいえない経過に眼をむけ,問題点を抽出し,望ましいリハの在り方を検討していくことは(患者さん自身が大変であったことが第一だが)執筆者の先生方にとっても痛みを伴う作業であったに違いない.そのような中,さまざまな分野からの視点でリハ現場のピットフォール症例を提示してくださった執筆者の先生に心から敬意と感謝を申し上げたい.
 ピットフォール症例に眼を向けて,分析,改善の対策をしていくことは,次のリハ現場に対する英知の蓄積となる.この書籍で共有した情報が,今後介入させていただく多くの患者さんの利益として還元できると信じている.
 2019年11月
 長谷川千恵子
 はじめに
I.急性期リハビリテーションの現場で
 Case 1 口腔咽頭喉頭がんの頸部郭清術後に頸肩部痛を訴えた症例
 Case 2 神経損傷の診断が遅れた肩の高エネルギー外傷の症例
 Case 3 ラクナ梗塞・下肢単麻痺の診断でリハ紹介も実は大腿骨頸部骨折だった症例
 Case 4 膝靱帯損傷が見落とされたまま交通外傷後の入院リハを過ごした症例
 Case 5 予期せぬ肺塞栓で心肺停止にまで至った症例
 Case 6 搬入時のX線像で骨折が判別しにくかった症例
 Case 7 転倒受傷後,脊椎圧潰が進行した破裂骨折の症例
 Case 8 完全麻痺の下垂足,その後急速に回復した脳出血の症例
II.回復期リハビリテーションの現場で
 Case 9 転倒なしで同一部位の骨折を繰り返した症例
 Case 10 水分管理を厳密に行わないと慢性心不全の急性増悪をきたす可能性があった症例
 Case 11 食事中に食物誤嚥から窒息が生じた症例
 Case 12 脊髄梗塞リハ中に発生した異所性骨化の症例
III.在宅・生活期の現場で
 Case 13 骨折を繰り返した遷延性意識障害の症例
 Case 14 大腸がん患者の上腕動脈血栓,深部静脈血栓の症例
 Case 15 自宅改修の申し送りが実施されず転倒した事例
 Case 16 適切な呼吸の評価と呼吸リハが行われないまま成長した神経・筋疾患患者
 Case 17 重症心身障害児の骨折症例
IV.検査・治療の現場で
 Case 18 嚥下造影で気管分岐部に食物が停滞した症例
 Case 19 下肢ボツリヌス療法後,一時的に歩行不能になった脳卒中片麻痺の症例
 Case 20 初回嚥下造影検査で食道気管瘻の診断が困難だった食道がんの症例

 コラム
  「右肩? 左肩?」
  「病識が乏しくキーパーソン不在の独居患者」
  「ピットフォールをもう1つ」
  「同期と私〜ある若手PTの決意〜」
  「Stop at one !」
  「I SBARCを活用しよう!」
  「リハビリテーション・ケアの合併症とその責任」
  「終末期リハで考えたいこと」
  「ほっこり往診エピソード」
  「上肢筋緊張の軽減でかえって不便に?!」
  「一億円払え!?」

 索引