やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 リハビリテーション(以下リハ)医学は「動く」「考える」「しゃべる」「食べる」「排泄する」というヒトのいわゆる根源的な“動物”的機能を扱う医学である.従来は「食べる」ことに関しては,栄養の吸収ということで,消化管という臓器を中心とした医学が中心であり,「食べる」ことへの医学的アプローチはごく限られたものであった.しかしながら,この10〜20年間における摂食・嚥下リハの広がりとともに,医学,歯学,看護学,介護等の広い範囲にわたり「食べる」ことへの関心が高まりつつある.さらに摂食・嚥下リハの普及に伴い,高齢者,脳卒中に限らず,さまざまな領域で嚥下障害が広く認識されるようになり,ますます需要が高まっている.
 一方で,嚥下障害に伴う誤嚥性肺炎の概念が知られるようになり,そのリスクを恐れるあまり,安易な経管栄養,胃瘻造設が行われる機会も逆説的に増加するという弊害も見受けられるようである.
 近年の摂食・嚥下リハへの関心の高さを反映して,関連する出版物も増加の一途をたどり,情報が氾濫するなかで,エビデンスに基づく,より実践的な摂食・嚥下リハの知識が必要とされている.
 本書では,多岐にわたる摂食・嚥下リハの具体的な症例を提示し,その嚥下造影所見などの実際の画像を参照しながら,より実践的な評価および治療方針の立てかたを,バックボーンとなる知識,考えかたとともに学習することができるように工夫されている.本書を通じて,読者は実践的な評価のしかたやアプローチ方法を学ぶことができ,これから摂食・嚥下障害のリハに取り組もうと考える初学者やこれまでの経験,知識を整理したいと考えている読者は,それぞれの章の最初のオーバービューで,疾患特異的な摂食・嚥下障害の特徴を理解し,その後に提示されている症例について,本文とあわせてDVDを参照することにより,より実践的な評価,アプローチの流れを学習することが可能であろう.また,すでに摂食,嚥下リハに取り組まれている方には,対応に困った場合などに同様の症例を参照することにより,臨床における解決の糸口となるものと期待している.すぐに使える実用書でありながら,単なる経験論によるものではなく,各領域における第一人者によるエビデンスに基づく解説があり,読者の知識の整理および臨床への応用におおいに活用していただければ幸いである.
 本書の出版にあたり,多彩かつ貴重な症例をご提供いただいた執筆者の先生方に深謝いたします.
 監修・編者を代表して
 2008年8月
 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室講師
 藤原俊之
I 脳卒中による嚥下障害
 オーバービュー(大田哲生)
 症例1 姿勢と食形態の調節を段階的に進めて経口摂取が可能となった症例(小林由紀子・赤星和人)
 症例2 日中独居となる高次脳機能障害を合併した脳梗塞再発の症例(新藤恵一郎)
 症例3 発症から1年半経過後バルーン訓練により粗刻み食摂取可能となった橋出血症例(吉原 博)
 症例4 長期経管栄養後に経口摂取可能となった全失語・拒食の症例(大田哲生・土屋恵子)
 症例5 胃瘻による経管栄養に一食の経口摂取が可能となり自宅退院した脳幹梗塞症例(吉原 博)
 症例6 輪状咽頭筋切断術と術後リハにより経口摂取自立,復職に至った症例(清水充子)
 症例7 小脳梗塞で側臥位による直接的嚥下訓練が有効であった症例(野田幸男・横井寛士・他)
 症例8 頸部回旋嚥下で経口摂取可能となったワレンベルグ症候群の症例(補永薫)
 症例9 長期間経管栄養であったもののself IOEにて楽しみ程度の摂取が可能となった症例(石川敏和)
 症例10 入院中に誤嚥性肺炎になったが経口摂取可能となり自宅退院となった症例(石川敏和)
  Sidememo
   食形態と嚥下
   不顕性誤嚥と肺尖
   バルーン訓練
   think swallow
   N─Gチューブと胃瘻
   VF・VE
   声の評価
   嚥下姿位の重要性
   ワレンベルグ症候群
   IOE
   口腔ケア
II 脳損傷・低酸素脳症による嚥下障害
 オーバービュー(清水充子)
 症例11 外傷性脳損傷後1年経過時からアプローチし,長期経過後に経鼻経管から経口摂取自立した症例(清水充子)
 症例12 急性期の併存病態への対処と平行しての嚥下訓練を行った頭部外傷による嚥下障害の症例(藤谷順子)
 症例13 低酸素脳症により嚥下障害をきたし外来での長期的な指導で改善した症例(藤谷順子)
  Sidememo
   歯肉マッサージ
   嚥下障害と脳CT
   嚥下障害を理解するうえでの体幹観察の重要性
III 神経筋疾患による嚥下障害
 オーバービュー(大塚友吉)
 症例14 患者のニードを尊重しつつ嚥下の残存機能を最大限に活用できた球麻痺型ALSの症例(市原典子)
 症例15 嚥下障害を合併したパーキンソン病の3症例(浦上祐司)
 症例16 症状の進行に対応した介入で嚥下機能を最大限に発揮できたDuchenne型筋ジストロフィーの症例(野ア園子)
 症例17 嚥下教育と間接訓練を行った筋強直性ジストロフィーの2症例(池澤真紀・花山耕三・他)
 症例18 経口摂取可能となった球麻痺を呈した脳幹脳炎を伴うギラン・バレー症候群の症例(時 里香)
 症例19 多発性硬化症の時間的空間的多発性による特徴のある嚥下障害の症例(川上寿一・福岡達之)
 症例20 内視鏡的バルーン拡張術が有効であったポストポリオ症候群の症例(松嶋康之・佐伯 覚・他)
 症例21 多系統萎縮症による嚥下障害で栄養管理と気道確保を目標とした症例(肥後隆三郎)
 症例22 治療抵抗性の嚥下障害を呈した血中抗MuSK抗体陽性重症筋無力症の症例(山脇正永)
  Sidememo
   ALS
   Hoehn and Yahr重症度分類
   Duchenne型筋ジストロフィーの摂食・嚥下障害
   筋強直性ジストロフィー
   ギラン・バレー症候群
   多発性硬化症
   ポストポリオ症候群による嚥下障害
   いつ声帯運動をチェックするか
   Osserman分類とMGFA分類
IV 小児の嚥下障害
 オーバービュー(高橋秀寿・小宗陽子)
 症例23 先天性唾液腺欠損症による口腔内乾燥によってう歯が問題となった小児の症例(高橋秀寿・小宗陽子)
 症例24 心疾患を有し口蓋裂未閉鎖のまま経口指導を行った21トリソミー児の症例(佐藤裕子)
 症例25 摂食パターンを修正し咀嚼機能を獲得していったPrader─Willi症候群の症例(小沢浩・岩間一実)
 症例26 嚥下障害を有するアテトーゼ型脳性麻痺の患児が経口摂取を継続できた症例(上石晶子・赤荻芙美子)
 症例27 むせと嘔吐を繰り返し摂食困難であった先天性心疾患術後・発達遅滞の症例(問川博之・岸さおり)
 症例28 外来訓練により咀嚼機能の獲得を促した発達障害に伴う摂食・嚥下障害児の症例(清水充子)
 症例29 胃食道逆流症を伴い長期に経管栄養を必要とした22q11.2欠失症候群の症例(洲鎌盛一)
 症例30 外表奇形で出生後呼吸困難があり小児歯科的摂食アプローチで摂食障害が改善した症例(金田一純子)
  Sidememo
   ドライマウス
   スプーンの工夫(選択)
   Prader─Willi症候群
   アテトーゼ型脳性麻痺の特徴
   乳児嚥下と成人嚥下の違い
   バンゲード法
   咀嚼運動
   24時間食道phモニター
   ニッセン噴門形成術
   Hotz床
V がんによる嚥下障害
 オーバービュー(辻 哲也)
 症例31 早期退院を目標とした舌亜全摘術後の重度嚥下障害の症例(安藤牧子・辻 哲也)
 症例32 中咽頭癌術後,後治療が加わり嚥下障害が遷延した症例(安藤牧子・辻 哲也)
 症例33 食道癌術後の嚥下障害の症例(周術期リハプログラム介入開始前と開始後の比較)(松本真以子・山本幸織・他)
 症例34 化学放射線療法後に嚥下障害が遷延したが経口摂取可能となった症例(神田 亨)
 症例35 脳腫瘍の進行によって徐々に嚥下機能が増悪していった症例(神田 亨)
 症例36 嚥下障害を呈する進行癌の2症例(緩和ケア)(安藤牧子・辻哲也)
  Sidememo
   舌癌術後のチューブ栄養の種類と適応
   メンデルゾーン手技
   食道癌術後の食道期嚥下障害への対応
   食道癌術後の嚥下訓練
   放射線照射後の嚥下リハの関接訓練
   悪性脳腫瘍と嚥下障害
   末期がん患者の食べることとQOL
VI 歯科・口腔外科疾患による嚥下障害
 オーバービュー(植松宏)
 症例37 全量経管栄養(PEG)から全量経口摂取に至った舌切除症例(中根綾子)
 症例38 下顎骨切除術後に嚥下障害を生じ,退院後の外来フォローにより常食摂取可能となった症例(村田志乃)
 症例39 寝たきり状態で経口摂取もほとんどなく,廃用により嚥下機能が顕著に低下していた症例(戸原玄)
 症例40 高齢者ではよくみられる,口腔内および口腔周囲の不随意運動(オーラルジスキネジア)が止まらない症例(田村文誉・菊谷武)
 症例41 習慣性顎関節脱臼にて下顎位が定まらず,摂食・嚥下に困難をきたした症例(菊谷武・田村文誉)
 症例42 喉頭摘出術後も嚥下障害が遷延化したワレンベルグ症候群患者に対して軟口蓋挙上装置が効果的であった症例(菊谷武・高橋賢晃)
 症例43 舌接触補助床を装着したことにより口腔移送が改善したALSの症例(西脇恵子・菊谷武)
  Sidememo
   舌切除術
   下顎骨切除
   訪問診療
   オーラルジスキネジア
   習慣性顎関節脱臼
   軟口蓋挙上装置
   舌接触補助床
VII その他の嚥下障害
 オーバービュー(近藤国嗣)
 症例44 肺炎を主訴に入院し嚥下訓練で経口摂取を獲得し退院した症例(田邊亜矢)
 症例45 誤嚥性肺炎を主訴として入院して全身状態改善のため経管栄養とした症例(山本幸織)
 症例46 口腔機能を中心とした摂食・嚥下障害を有する認知症患者に対して,代償手段の併用にて栄養管理可能となった症例(近藤国嗣)
 症例47 大腿骨頸部骨折で牽引中に嚥下障害が認められた認知症の症例(屋嘉比清美)
 症例48 精神疾患を主訴として入院し,薬剤性嚥下障害を合併した症例(興津太郎)
 症例49 症状と環境に合わせた対応により摂食・嚥下の問題の改善に至った中年期ダウン症例(清水充子)
 症例50 頸髄損傷に合併した嚥下障害において骨棘を認めた症例(保存的加療例と骨棘切除術施行例)(松本真以子・安藤牧子・他)
  Sidememo
   高齢者の嚥下障害
   アイスマッサージ
   口腔相の障害へのアプローチ
   認知症と嚥下障害
   薬剤性嚥下障害
   心因性嚥下障害
   摂食嚥下機能発達障害を有する中高齢者への対応
   頸椎骨棘と嚥下障害

 付録DVD