やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2 版の序
 多くの患者さんや読者の皆様からのご支援のお陰で,このたび本書の第2 版を上梓することができました.誠にありがとうございました.
 今改訂では,2010 年の第1 版から7 年間の顔面神経麻痺に関するいくつかの進歩について付け加えました.
 第一に,顔面神経麻痺の後遺症である病的共同運動や顔面拘縮に対するボツリヌス治療が実用的レベルになり,多少ともこれを改善することができるようになりました.これらの病態は迷入再生によるもので,主動筋と拮抗筋が同時に収縮することによって起こることも明確になりました.これによって,表情が「金縛り状態」に陥ってしまい,自覚的な不快感が生じます.顔面拘縮は迷入再生による過運動症に基づく表情筋の短縮であることも明確になりました.この主観的な評価法としてFaCE Scaleが考案されました.治療では,ボツリヌス毒素を主動筋あるいは拮抗筋に施注して過運動症を軽減し,金縛り状態を改善させることになります.
 迷入再生のある表情筋では,筋力強化を行うことによって,主動筋と拮抗筋の同時収縮や過運動症はますます促進され,筋力低下,病的共同運動,顔面拘縮はますます増悪することになります.
 従来,顔面神経麻痺は予後のよい疾患と考えられていました.これは医療者側からの評価であり,必ずしも患者側からの評価ではありません.わずかな程度の迷入再生でも,半永久的に残り,他人にはわかってもらえない表情の不快感があり,疲れたとき,寒いときは一層うつ気分になってしまいます.従来の顔面神経麻痺のパラダイムは,随意運動がどのくらい回復したかでした.しかし今後は軽症例のなかで,迷入再生による病的共同運動がわずかでも残っているかどうかを診ていかなければなりません.そのためには,発症3〜4 カ月で随意運動がほぼ回復していても,少なくとも6 カ月までフォローアップして病的共同運動の有無を観察しなければなりません.
 最後に,中枢性リハビリテーションの章に,比較的頻度の高い脳卒中などによる中枢性顔面麻痺の病態とアプローチを付け加えました.
 本書に登場する患者の方々は「医学の発展のために少しでも役立てるなら」という理由で,ビデオや写真の掲載を許可してくださいました.ここに深甚なる感謝を捧げたいと思います.
 2017 年12 月吉日
 栢森良二


序文
 顔面神経麻痺は,最初の治療アプローチを間違えると「ヒョットコの顔」になってしまうことがある.発症すると顔は弛緩性麻痺のために健側に引っ張られる.発症から3 カ月まで順調に改善し,ほぼ正常に回復することが少なくない.しかし,4 カ月を過ぎる頃から,逆に患側に引っ張られ始め,8 カ月頃にはせっかく改善していた表情は「ヒョットコの顔」になってしまう.
 通常,症状が完治しない場合に「後遺症が残った」と言うことが多い.顔面神経麻痺ではいったん3〜4 カ月で表情はある程度回復しているにもかかわらず,これ以降,表情の機能異常が出現してしまうことがある.
 滑稽な表情を古くから「オカメとヒョットコ」と揶揄することがある.その語源は「おたふく風邪」や「火男」と関係しているらしく,いずれも病気やその後遺症による表情である.「火男」は,口をすぼめて火を起こすときの表情である.これらの表情は決して揶揄の対象でない.「ヒョットコの顔」については,最初のちょっとした治療アプローチの違いによってこの表情ができあがるのであれば,ゆゆしき問題である.とりわけ早く治そうと一生懸命に行った治療によってこれが生じるようであったら,ますます困ったことである.
 顔面神経麻痺に罹患して「ヒョットコの顔」になるのかどうか,できるだけ早く診断してこれを予防し,軽減しなければならない.治療に関して種々のアプローチが行われている.医師によって意見が分かれることも少なくないため,どれが適切なのか,学問的な検証が必要である.
 顔面神経麻痺の機能および病態診断には,電気生理学的検査が必要である.本書には多くの電気生理学的検査所見が掲載されている.この所見によって予後診断が可能であり,病態を読み取ることもできる.理学的リハビリテーションには必要不可欠な情報である.また顔面神経の不可逆的損傷の診断には,とりわけ針筋電図が必要である.形成外科的治療あるいは外科的リハビリテーションに頼らなければならない症例を鑑別する必要から,少し詳しく記述した.
 本書に登場する患者の方々は「医学の発展のために少しでも役立てるなら」という理由で,ビデオや写真の掲載を許可してくださった.ここに深甚なる感謝を捧げたい.
 本書が,顔面神経麻痺のリハビリテーションの普及と発展に少しでも寄与できれば幸いである.
 2010 年4 月吉日
 栢森良二
第1章 顔面神経麻痺の原因
 1.ヘルペス顔面神経炎
 2.外傷性
 3.中耳性
 4.聴神経腫瘍術後
 5.耳下腺腫瘍
 6.顔面神経鞘腫
 7.Guillain-Barre症侯群
 8.先天性顔面神経麻痺
 メモ
  (1)3 つのラムゼイ・ハント(Ramsay Hunt)症侯群
  (2)クライング・アシンメトリー・フェイス(Crying asymmmetry face)
  (3)トッド(Todd)麻痺
  (4)中枢性顔面麻痺
  (5)脳幹性顔面神経麻痺
  (6)ヘルペス三叉神経炎
第2章 近位部病変・遠位部病変による顔面神経麻痺痺
 1.近位部病変
 2.遠位部分枝損傷
 メモ
  眼瞼痙攣(blepharospasm)
第3章 表情筋の解剖と機能
 1.顔面神経の走行
 2.主動筋と拮抗筋
第4章 顔面神経と顔面筋の特殊性
 1.迷入回路
 2.病的共同運動
第5章 顔面筋の役割と顔面神経麻痺の病態生理
 1.びっくり反射と顔面筋反射
 2.3 つの神経損傷の種類―セドン(Seddon)分類
 3.顔面神経麻痺の病態生理
 4.慢性化による機能異常の病態
 5.顔面神経麻痺の病態生理のまとめ
 メモ
  (1)顔面筋反射の系統発生
  (2)セドン(Seddon)分類とサンダーランド(Sunderland)分類の相違
第6章 急性期と慢性期の症状と徴候
 1.急性期の症状と徴候
 2.慢性期の症状と徴候
 3.病的共同運動
 4.顔面拘縮
 5.顔面痙攣
 6.原発性顔面痙攣と二次性顔面痙攣の鑑別
 メモ
  生理的共同運動と病的共同運動
第7章 顔面神経麻痺のグレード分類
 1.柳原40 点法
 2.Sunnybrook法
 3.House-Brackmanグレード分類
 4.3 つの評価表の長所と短所
 5.自覚症状の評価
第8章 電気生理学的検査
 1.ENoG
 2.表面EMG
 3.瞬目-顔面筋反射
 4.回復曲線
 5.針EMG
 6.症例
 7.顔面神経損傷における針EMGの基礎知識
 メモ
  ウインク麻痺
第9章 顔面神経麻痺の回復過程
 1.急性期
 2.慢性期
 3.病的共同運動における過誤支配率
 4.病的共同運動の経時的変化
第10章 急性期のリハビリテーション
 1.治療方針とリハビリテーション
 2.後遺症予防軽減の臨界時期
 3.3 つの基本的アプローチ
 4.随意運動群と筋伸張マッサージ群との比較
 5.回避すべき手技
 6.個別的表情筋の筋力強化
 7.症例
第11章 慢性期のリハビリテーション
 1.後遺症増悪期
 2.後遺症固定期
 3.ボツリヌス毒素によるアプローチ
 メモ
  中枢性麻痺と病的共同運動との類似性
第12章 中枢性リハビリテーション
 1.顔面神経再建術後のリハビリテーション
 2.舌下-顔面神経吻合術+顔面交叉神経移植術
 3.中枢性リハビリテーション原理のまとめ
 4.中枢性顔面麻痺の特徴

 付録DVD 目次
 付録DVD 筋電図波形の読み方
 参考文献
 索引