やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者序文
 本書は2012年に刊行されたJackie Pool氏による『The Pool Activity Level(PAL)Instrument for Occupational Profiling』の第4版の第1部の訳書です.著者のPool氏は英国の認知症ケアを牽引しているリーダーの1人です.Pool氏は長年作業療法士として認知症をもつ人を援助し,対象者のウェルビーイングを支援するためにケアの技術開発に努めてきました.多くの高齢者,認知症のケアに関する任務や業績があるなかで,その代表ともいえるものがプール活動レベルの開発と普及です.プール活動レベル(PAL)の起源は,パーソン・センタード・ケアの提唱者である英国のTom Kitwoodが認知症をもつ人の意味ある活動を評価し可能にさせる実践的ツールをつくってもらいたいと希望し,その開発をPool氏に依頼したことです.そのため,原著はパーソン・センタード・ケアの普及の世界的な中心を担っているブラッドフォード認知症グループの優良臨床実践ガイドのシリーズ本の一つとして取り扱われています.
 本書と訳者の出会いは本書の翻訳協力の東京医療学院大学の内田達二先生からご紹介いただいたのがきっかけでした.それから少しずつ本書を読み進めると,PALというツールは作業療法のプロセスを簡略化して描いており,認知症や認知障害をもつ人が作業や活動ができるように支援するのに有用なツールだと気づきました.また,PALは作業療法士のみならず他職種や家族にも使用ができ,一緒に作業や活動を支援するという視点が織り込まれていました.当時,訳者は病院で作業療法士として勤務していましたが,患者さんの入院生活や退院後の生活を考えると,院内の作業療法で患者さんが活動を行えることだけではなく,そこで得られたことを他職種,家族と共有することがさらに重要と感じていました.その一方で他職種や家族とともに患者さんの活動を支援する難しさも痛感していたなかでPALと出会い,その意義を改めて再認識させられました.
 第1部を訳し終えた後,著者のPool氏に連絡をとり,PALの使用方法の不明点を教えてもらい,PALチェックリストやPAL活動プロフィールのバックトランスレーションにも協力してもらいました.一方で,日本語版PALを実際の臨床で活かした結果,そのわかりやすさや有用性を感じました.PALを用いて実践することで,訳者がこれまで臨床で行ってきた認知症をもつ人への支援方法が,このレベルだからこのような支援をすればよいというのが納得できる形で表現できることがわかりました.このような過程を経て,わが国におけるPALの普及は認知症をもつ人の支援に必ずや有用と考え,即座にPool氏に翻訳本の出版の許可をいただきました.
 PALは,認知症をもつ人の活動能力を観察から分類し,対象者の意味ある活動,つまり作業の遂行や参加を促す一連のツールです.PALはそのコンセプトや簡便な評価ツールという特徴から,多くの支援者にとって臨床での認知症をもつ人への活動の支援に有用です.簡便さの例をあげると,専門的な知識や技術,そして機器や道具を必要とせず,対象者の生活をよく観察している者であれば誰でもPALチェックリストをつけられるとこです.
 わが国においては,高齢者の入所・通所施設に認知症をもつ人が多く,入浴や食事などの日常生活活動に加え,手工芸,レクリエーションや体操といった活動が日常的に行われています.認知症をもつ人が多く入院している病院でも,日常生活で行うケアは必須の課題です.訳者も施設・病院で勤務してきましたが,多くの場所で認知症をもつ人は主体性や能力を引き出されることなく,スタッフ主導で活動が進められている光景を幾度も目にしてきました.そして,昨今の時代背景を受け,認知症になったとしても地域で末永く生きいきとした生活が送れるように,地域で共に取り組むことが求められるようになりました.その際に認知症をもつ人は何をしたいか,どのようにしたらその人の能力が引き出せるかを対象者と一緒に支援者が考えていく必要があります.PALはそれらのことを考える一つのツールになります.PALを活用して,多くの認知症をもつ人がより豊かな活動が行え,周囲の支援者がより良い活動の支援ができることを願っています.これまで多くの若い作業療法士が現場に出て,認知症をもつ人への支援方法がわからず困っている現状を目の当たりにしてきました.そのため,作業療法を学ぶ学生や,認知症をもつ人に対する臨床経験が少ない新人や若手の作業療法士などは,PALにより経験値が高められ,認知症をもつ人への作業や活動を通じた支援を導く一つの方法になると確信しています.
 原著には第2部があり,PALを用いて楽しめる活動の支援について具体的に書かれています.英国との文化の違いから,第2部で扱われている楽しめる活動はわが国で用いられていないものも多いことから,本書では割愛いたしました.しかし,第2部には楽しめる活動を支援する際に有用な情報が含まれています.第2部の内容を日本の文化に沿った形で修正し,出版することも考えておりましたが,今回は訳者の力不足により見送ることにしました.もし機会があるなら挑戦できればと考えています.また興味がある方は原著も是非お読みいただき,第2部の改訂についてアイデアをいただければ幸いです.
 翻訳の過程では,村田康子氏,内田達二氏をはじめ「NPO法人パーソン・センタード・ケアを考える会」のパーソン・センタード作業療法研究会の仲間たちから多くの協力をいただきました.翻訳・バックトランスレーションには,通訳の中川経子氏の支援をいただきました.第9章は感覚統合理論に関して専門的な内容を含んでおり,その訳は京都大学の加藤寿宏先生からご助言いただきました.本書の翻訳に際し,ご助言・ご協力いただいた多くの皆様にこの場を借りて深く感謝申し上げます.そして,本書の出版に一緒に取り組み力添えをいただいた医歯薬出版株式会社の小口真司氏に深謝いたします.
 2017年4月 小川真寛


序文
 この第4版は,プール活動レベル(PAL)の使用方法に関して刷新した点を反映している.PALのなかで,PALチェックリストやPAL活動プロフィールは同じ内容を維持しながら,使いやすいスタイルに更新している.この開発時に多大な協力をいただいたハンプシャー国立健康センターのElmwoodのチームには深謝いたします.
 第4版では,よりアクセスしやすくというユーザーの希望に応えて,PALのシート一式を本書の第1章に位置づけた.PALは活動チェックリストと活動計画を含んでおり,それらは個人の生活歴を考慮に入れ,活動の能力を合わせることを目的に使用される.
 第1章に実際にコピーして用いることのできるPALのツールの原本を掲載している(該当ページの上段にチェックマークが付いている).またPALのツールの電子版(英語のみ)もwww.jackiepoolassociates.org/PALから購入ができる.
 電子版のPALチェックリストは入力が完了するとweb上で自動的に対象者の能力が評定され,PAL活動プロフィールとPAL個別活動計画を作成することができる.そして電子版は継時的な変化を確認することができ,PALチェックリストの9項目それぞれの測定結果をグラフとして表示できる.
 本書では3つの新しい事例を加え,チェックリストの9つの活動でレベルが異なる事例にPALを用いたものを掲載した.PALの各レベルの事例と,活動によるレベルの違いがある事例を用いて,全7事例でPAL活動プロフィールと個別行動計画の両方を紹介している.
 第4版には第9章が新たに加わった.サウザンプトン大学健康科学部の上級講師で感覚プロファイリングの専門家であるLesley Collier博士に執筆いただいた.彼女は大学で主に作業療法と理学療法の学生に認知障害をもつ人の生物学,神経学,感覚処理などの教育を担当している.また,認知症をもつ人の多重感覚環境について治療的価値を見出すための研究を活動的に行っている.この新しい章では,個々の感覚ニーズや好みについて紹介し,感覚を用いた活動による専門的介入の計画と実施にPALがどのように使用されるかを説明をしている.
 PALのアウトカムシートは第4版では削除した.現在,アウトカムに関する研究を行い,修正を行っているところである.それらの情報はwww.jackiepoolassociates.org/PALのウェブサイトを参考にしてもらいたい.
 PALの初版は1999年にブラッドフォード認知症グループの優良臨床実践ガイドシリーズの一部として出版された.2002年にPALチェックリストの新しいバージョンがより幅広くフィードバックを受けて改訂され,第2版として出版された.
 その後,英国においてPALは認知症,脳卒中や学習障害に関連するような病態を原因とした認知障害をもつ人に対してのケアの一つの枠組みになってきている.
 2005年にロンドン大学でPALの有用性に関する研究が行われ,信頼性,妥当性とともに確認された.PALチェックリストが現在標準化されているという事実は,標準化された評価や効果測定のツールとして健康や介護サービスの提供者や運営者といった重役の興味の対象となっている.
 認知症の国立臨床実践ガイドライン(優良臨床実践のための国立組織 NICE,2006)で,PALは日常生活のスキルや活動の計画を行う際に推奨されている.
 本書にはPALの使用に関してユーザーを支援する最新の情報,PALの電子版の情報や新たなPALを使用したケースを紹介し,そして感覚的活動にPALを用いるための情報を加えたものを掲載した.
 このガイドブックでは,PALを使用することで在宅や介護施設の介護者が,認知障害をもつ人に意味のある活動に参加してもらえるようにデザインされている.介護者に余暇活動を促す一助になるように,第2部では4つの活動に関するアイデアを載せている.PALチェックリストによって明らかとなる異なった能力レベルをもつ対象者に対して,可能であろう活動をみつけ,それを実行できるための指針に関して記載している(訳者注:第2部は略).
 訳者序文
 著者と功労者
 序文
第1部 プール活動レベル(PAL)
 第1章 プール活動レベル(PAL)の概要
 第2章 第1部の導入
 第3章 4つの活動レベル
 第4章 PALチェックリストの信頼性と妥当性(Jennifer Wenborn,David Challis,Martin Orrell)
 第5章 個人の生活歴をまとめる取り組み
 第6章 PALチェックリストを用いた事例検討
 第7章 介入の計画:PAL活動プロフィールとPAL個別行動計画の作成
 第8章 介入の実行
 第9章 感覚を用いた介入の計画と実行(Lesley Collier)
 第10章 結果を調べる
第2部 余暇活動におけるプール活動レベルの使用法(略)
訳者解説
 (小川真寛)
 1.PALの使い方
 2.認知症をもつ人の活動
 3.PALの活用の実際