やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 本書は,高次脳機能障害に対する「リハビリテーション介入」のマエストロを目指す人を対象にしたものである.内容は,高次脳機能障害に対するリハビリテーション(以下リハ)の現状,および現時点で示しうる訓練法のモデルとその理論を盛り込むことを目指した.よって執筆は実際に高次脳機能障害のリハに携わっておられる先生方に依頼し,症例の呈示を主体に構成している.
 実際のところ,高次脳機能障害に対する介入は一筋縄ではいかない.障害をもってしまった本人はもちろん困惑しているが,こちらも悩み,苦しむ.食事をしていても,トイレでも,テレビを見ていても,「この皿の上のハンバーグはどう見えているのだろう」「便器にうまく座れないってどういうことだろう」「このニュースはどうやって理解されるのだろう」と,担当した方のことが四六時中,心から離れなくなる.学校で習ったノートを持ち出したり,本を拾い読みしたり,先輩に相談したりしながら,何をどうすれば気持ちよく生活してもらえるようになるか,試行錯誤し,悪戦苦闘しながら行っているのが現状であろう.
 高次脳機能障害への介入が難しいのは,私たちの障害に対する知識が追いついていないことも原因のひとつではあるが,障害そのものを追体験しにくいという特徴があることも一因だろう.たとえば,車いすによる移動や片手での家事動作をシミュレートし,何が困難かを想像することは比較的容易だが,自分の体や洋服がどういうものかを理解していながら更衣ができないことや,歯ブラシの用途がわからなくなって髪をとかしてしまうという経験を共有することは,不可能に近い.さらに高次脳機能障害は周囲の環境や状況にも非常に敏感で,浮動性も大きい.原理原則をもって介入することは理想的ではあるが,実際には本当に難しい.にもかかわらず,臨床の現場では自分がどんなに未熟で知識が不充分でも,障害の見立てが充分にできていなくても,目の前にいる人に介入せざるを得ないのである.
 本書の総論では,対象者本人の気づきの重要性や,評価の解釈を確認して介入を組み立てていく方法を示し,各論では,具体的な症例を呈示する構成をとった.症例の呈示にあたっては,現時点で示しうる個々の障害への訓練方法とその理論,また,さまざまな支援方法や施設・地域での取り組みの紹介とあわせて執筆をいただいた.介入理論は,臨床で応用しやすい実践的な理論を呈示するよう努力したが,まだ不充分なところがあるかと思う.また,支援においても社会資源の貧困さ,家族支援の困難さなど,多くの課題も明らかにされている.
 読者の皆さんには,常に自分の臨床と結びつけて読みすすめていただきたいと思う.さらに,鎌倉矩子先生が最終項で提起されている,「高次脳機能障害に対する介入の変遷」「いま私たちが立つ位置」「今後のあり方」についても考えていただきたい.そうすることで,明日の臨床のヒントが導かれ,いま取り組むべき課題が明確になるものと考える.近い将来,マエストロを目指す読者の皆さんの手で課題を克服し,本書が改訂されていくことを望んでいる.
 末筆ながら,お仕事の時間を割いて貴重なご執筆をいただきました先生方に心から感謝いたします.また,刊行まで種々尽力してくださった医歯薬出版編集部に感謝いたします.
 2006年6月
 編者を代表して
 早川 裕子
序文(早川裕子)
1 高次脳機能障害に介入するとはどういうことか(種村留美)
 対象者本人の気づき,ニーズを把握すること/評価の解釈に基づいた介入法を選択すること/リハビリテーション介入の可能性と限界を知ること
2 介入をどう組み立てるか(坂本一世)
 評価の解釈を確認する/訓練の手だてを知る/支援の手だてを知る/疾患や時期,年齢,場面による違いを考慮する
3 訓練の方法―理論と実際
 障害別訓練を始める前に(鈴木孝治)
 注意障害(坂爪一幸,倉持 昇・他)
 記憶障害(松田明美,時政昭次)
 行為の障害(早川裕子,瀬間久美子)
 半側空間無視(太田久晶)
 失認症(酒井 浩,高原世津子)
 失語症(小嶋知幸)
 コミュニケーション障害(種村 純,宮崎彰子)
 遂行機能障害(平林 一,野川貴史・他)
4 支援の方法(高岡 徹,山口加代子・他)
  支援の選択と進め方/心理的サポート/家族支援/社会参加支援/就労支援/地域支援
 訓練から支援へ
  【長期フォロー症例】
   記憶障害患者の訓練と経過(南雲祐美,加藤元一郎)
   機能訓練と地域参加支援により,長期にわたる改善を示した感覚性失語症例(餅田亜希子,結城幸枝)
   発症後8ヵ月から5年間介入している右前頭葉損傷例(早川裕子,山崎文子・他)
 施設・地域へ
  【施設・地域での症例】
   職業リハビリテーション機関において就労支援を受けた症例(田谷勝夫)
   モデル事業での支援により授産施設に入所した症例(後藤祐之)
   早期から三重モデルを利用し,長期に継続した支援を行った症例(白山靖彦)
5 介入の概説
 介入の視点および今後必要になること(鎌倉矩子)

索引