やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 スポーツによる外傷の治療は,わが国では1970年代半ばからそれを専門とする医師が出現するようになった.日本体育協会のスポーツ医資格や日本整形外科学会の認定医制度がそれらを促進することとなり,また病院ではスポーツ外来を有するところも多くなり,その専門学会も多数生まれている.それとともに,スポーツ外傷を扱った専門書も幾つか刊行されているが,今回新たにわれわれが刊行した本書は,幾つかの独自の目的をもって企画された.
 本書ではまず,スポーツによる外傷を専門に研究する学問を「スポーツ外傷学」と命名し,従来の整形外科,腹部外科,胸部外科,内科,形成外科,眼科,泌尿器科,婦人科,リハビリテーション等々の専門分野にとらわれない命名とした.つまり,スポーツ外傷学とはスポーツによる外傷を全て扱う領域である.本書はできるだけその領域全部を包含しようと意図されている.そのなかで,従来あいまいに使われていた外傷,障害(はたまた傷害)という言葉に代わって,1回の外力で生じる病態を急性外傷,軽微な度重なる外力によって徐々に引き起こされる病態を慢性外傷とできるだけ呼ぶようにした.
 第2に,スポーツ外傷治療のゴールはスポーツへの復帰と定めて,そのために必要な事項は全て記載しようと意図した.スポーツで受傷した人は誰でも,治療してまたスポーツに復帰したいと願うものである.従来の成書はややもすれば病院での治療,それも医師の治療のみで記載が終わる場合が多く,その後のリハビリテーションとスポーツ復帰までの道のりはごく簡単に記載されるだけであった.病院での治療があらかた終わったといっても,それはADLが何とか再獲得できたという状態であって,一般のけがであればなんとかそれでもよいであろうが,スポーツ選手の場合はそれでは明らかに片手落ちである.本書では病院でのリハビリテーション,その後のアスレチックリハビリテーション,そしてコートやグラウンドでの完全復帰までの練習法までもできるだけ記載するようにしている.スポーツへの復帰には,医師のみではなく,理学療法士,トレーナー,コーチ,監督などが必然的に関わってくる.したがって,本書は医師のみではなく,理学療法士,トレーナー,さらにはコーチなど現場の指導者をも対象としている.そのため,本書の編者や執筆者にはスポーツの現場での経験に富んだ理学療法士やトレーナーに数多く参画して頂いている.
 第3には,スポーツ外傷の予防という内容をできるだけ盛り込むようにしている.スポーツは各競技で決まったルールに従って行われる.一つのチームを数年の間,外傷の発生をモニターし記録し続けると,毎年ほぼ同じような外傷が発生し,その外傷発生の契機,シチュエーション,練習やプレーの種類に決まったパターンがあることがわかってくる.それらの事実がわかると今度は予防のヒントが浮かんでくることとなり,次のシーズンにはそれらの予防策を実践する.そしてまたその結果を次のシーズンにフィードバックするという,結果,総括,反省,実践という過程を繰り返していくことによってチームのけがを減らしていくことが可能となる.スポーツ外傷に携るものは,治療だけに没頭しているのは明らかに片手落ちである.スポーツ選手はけがをしてよく治療されるよりも,けがをせずに済ませられるのがよいに決まっているからである.
 本書は企画されてから刊行までかなり時間が経過してしまい,執筆者にはご迷惑をかけてしまった.それは全て編者の責任と思っている.しかし,本書を編集した上記の意図は,刊行された本書を見ると十分達成されており,それは執筆して頂いた大勢の先生方のおかげであり,全ての執筆者に対してこの場を借りて御礼申し上げたい.
 本書がスポーツを愛し,スポーツ外傷に関わる全ての方々にとって有益な書となることを心から希望したい.
 2001年3月 黒澤 尚
 序文
 目次

1 スポーツ外傷学とは何か 黒澤 尚
 スポーツ外傷学の背景
 スポーツ外傷学の目的と活動
 今後のスポーツ外傷学
2 スポーツ医療の環境 星川吉光
 スポーツ政策の変遷
 スポーツにかかわる立法
 スポーツと行政
 スポーツ医学システムはいかにあるべきか
   1.競技力向上
   2.健康づくり,レクリエーション
   3.公共と民間
   4.研究,教育,臨床
 スポーツ医療の経済
 スポーツ医療における責任
   1.医療事故
   2.スポーツ事故
   3.保険
3 スポーツ外傷とは何か 坂西英夫
 従来の分類
 われわれの分類
 発生要因
   1.スポーツ種目特性
   2.技術
   3.環境,用具(外的因子)
   4.身体的素因(内的因子)
   5.既存疾患
4 スポーツ現場に必要なスポーツ医療とは 高尾良英
 スポーツ活動の内容とスポーツ医療
 スポーツ外傷の診断と治療
 スポーツ医学知識の普及
 スポーツをとりまく医療環境
 スポーツ現場での安全対策
5 代表的なスポーツ動作を考える
 総論 横江清司
 ランニング 横江清司
   1.ランニングサイクル
   2.床反力
   3.回内,回外
   4.筋活動と可動域
   5.サーフェス
 跳躍動作(跳ぶ動作) 深代千之
   1.走高跳
   2.走幅跳
 蹴る動作 深代千之
   1.インステップキックとは
   2.インステップキックの目的
 投動作(投げる動作) 平野裕一
   1.身体部位の速度への貢献度
   2.投動作のパワー源
 泳ぐ動作 若吉浩二・武藤芳照
   1.水泳と水抵抗
   2.揚力と抗力
   3.プロペラ運動
   4.その他の泳法
 コンタクト 蒲田和芳
   1.直達外力
   2.介達外力
   3.強いコンタクトの条件
6 スポーツ外傷の統計 中村光孝
 競技種目別統計
 活動レベル別統計
 スポーツ種目別受傷部位
 スポーツ種目別の外傷・障害分布
 診断名ベスト5
7 現場で診るスポーツ外傷の判断と対処 黒澤 尚
 スポーツにおける重大事故発生の可能性
 競技場に倒れたままのプレーヤーがいたら:重大事故の判断と救命救急処置
   1.意識
   2.呼吸
   3.脈拍
   4.脊髄損傷の症状
 外傷の判断とその対策
   けがの緊急度分類と対処法
8 スポーツ外傷の診断と治療のポイント 黒澤 尚
 診断のポイント
   1.年齢および性
   2.受傷種目
   3.急性外傷
   4.慢性外傷
 治療のポイント
   1.治療方針の決定
   2.治療法
9 スポーツ外傷に伴う構造的変化
 器質的障害と機能的障害 星川吉光
   1.器質的障害の診断
   2.機能的障害の診断
   3.治療法の選択と適応
 運動器官の変化--骨 鳥居 俊
   1.骨の構築
   2.疲労性骨障害の発生機序
   3.疲労性骨障害の発生要因
   4.疲労性骨障害の分類
   5.疲労性骨障害と骨量減少
   6.骨折・疲労性骨障害の修復
   7.スポーツ外傷の治療中に生じる骨の変化
 運動器官の変化--筋肉 清水直史
   1.骨格筋の構造
   2.筋肉損傷
   3.筋萎縮
 運動器官の変化--腱 清水直史
   1.腱の解剖
   2.腱断裂
   3.腱修復
   4.使いすぎによる腱の障害
   5.使いすぎ障害の発生メカニズム
   6.治療への応用
 運動器官の変化--靱帯 酒井宏哉
   1.外傷による靱帯の変化
   2.治療による靱帯の変化
 運動器官の変化--軟骨 大塚一寛・村瀬研一
   1.病態:関節軟骨の構造とその機能
   2.受傷による軟骨細胞の変性と修復
   3.受傷形態による差異とその治療
 運動器官の変化--神経 三上容司
   1.神経外傷の発生
   2.病態
   3.診断
   4.Tinel徴候(Hoffmann-Tinel徴候)について
   5.治療
   6.スポーツ復帰までの過程
10 スポーツ外傷治療にあたっての機能的側面 坂西英夫
 整形外科治療の原則
   1.解剖学的修復(形態学的修復)の獲得
   2.機能的修復の獲得
 スポーツ外傷治療の特殊性
   1.急性外傷に対する治療法の選択
   2.慢性外傷に対する治療の考え方
   3.リハビリテーション
 メディカルチェック
11 競技レベルのスポーツ外傷 高尾良英
 統計
 競技種目と外傷
 外傷がスポーツに及ぼす影響
 競技レベルと外傷
 診断,治療および予防
12 子ども(成長期)のスポーツ外傷高尾良英
 スポーツ活動の背景
 子どもの身体的特徴
 子どものスポーツ外傷統計
 診断と治療
 予防対策(本人,指導者,社会)
13 中高年期のスポーツ外傷高尾良英
 スポーツ活動(背景)
 身体的特徴
 統計(種目,部位,疾患の種類)
 治療
 予防(本人,指導者,社会)
14 身体障害者のスポーツ林 輝明
 戦後の身障者スポーツの歴史
 国内の身障者スポーツ活動
 国外の身障者スポーツ活動
 身障者スポーツの意義と目的
   1.治療因子としてのスポーツ
   2.レクリエーションと心理的効果をもたらすスポーツ
   3.社会復帰のためのスポーツ
 身障者のスポーツにおける健康管理
   1.脊髄損傷者
   2.脳性麻痺
   3.切断患者
   4.その他
 障害区分と競技種目
15 スポーツの身体的効用 黒澤 尚
 骨と運動
   1.骨と廃用性萎縮
   2.スポーツによる骨格系の局所肥大
   3.骨量と筋力およびその他のパラメーター
   4.実験動物における運動負荷と骨量
   5.閉経後女性の骨に与える運動の影響
 運動負荷と関節軟骨
   1.疫学的研究
   2.実験的研究
16 スポーツ・リハビリテーション星川吉光
 ゴールの設定と治療法の選択
 スポーツ外傷からスポーツ復帰まで
 急性スポーツ外傷
 慢性スポーツ外傷
   1.特徴
   2.治療
 観血的治療からスポーツ復帰まで
 “痛み”の診断と治療
 スポーツ・リハビリテーションシステム
   1.対象
   2.職種
   3.チームアプローチ
   4.施設
   5.情報の公開と管理
   6.スポーツ医学の研究
17 物理的刺激による療法
 物理療法とその目的 浦辺幸夫
   1.物理療法とは
   2.物理療法の目的
   3.痛み発生のメカニズム
   4.物理療法の科学的根拠
 寒冷療法 浦辺幸夫
   1.寒冷療法の効果
   2.アイシング
   3.氷の使用
   4.アイスパック
   5.アイスマッサージ
   6.アイスバス
   7.冷却スプレー
   8.クライオキネティクス
 温熱療法 浦辺幸夫
   1.温熱療法の効果
   2.ホットパック
   3.パラフィン療法
   4.極超短波療法
 水治療法 浦辺幸夫
   1.渦流浴
   2.水中運動
 低周波電気刺激療法 浦辺幸夫
   1.低周波電気刺激療法
   2.TENS
   3.干渉波治療
   4.電気筋刺激療法
 超音波療法 浦辺幸夫
 牽引療法 浦辺幸夫
 その他の物理療法 浦辺幸夫
   1.高電圧ガルバーニ刺激療法
   2.低電圧刺激療法
   3.レーザー
   4.キセノン療法
   5.極低温療法
 鍼灸治療 溝口秀雪
   1.鍼灸療法の目的
   2.鍼灸治療の方法と禁忌
   3.スポーツ障害の鍼灸治療法の一例
   4.スポーツ障害とその治療点
18 運動療法
 運動療法とは 川野哲英
 関節可動域訓練(ROM-exercise) 川野哲英
   1.他動(受動)的関節可動域訓練
   2.自動的関節可動域訓練
   3.筋収縮後のリラクセーションを利用する方法
 筋力回復・増強訓練 川野哲英
   1.関節運動と筋収縮の関係
   2.荷重運動と非荷重運動
 実際のスポーツ活動に向けての訓練 蒲田和芳
   1.体力の回復
   2.体幹姿勢・アライメント・運動機構
   3.専門的スキル
19 徒手療法
 徒手療法とは 川野哲英
   1.徒手療法の問題
   2.徒手療法への期待
 スポーツマッサージ 三村俊英
   1.マッサージの特徴
   2.マッサージで得られる効果
   3.マッサージを行ってはならない場合
   4.マッサージが行われている分野
   5.スポーツマッサージの目的
   6.スポーツマッサージを行うとき
   7.マッサージを行うときのおもな注意
   8.マッサージの手技
   9.スポーツマッサージの実際の流れ
 民間療法 溝口秀雪
   1.按摩法
   2.指圧療法
   3.操体療法
   4.整体療法
 リハビリテーション分野で用いられる徒手療法 浦辺幸夫
   1.ころがり運動とすべり運動
   2.牽引運動
   3.凹凸の法則
   4.関節の遊び運動と副運動
   5.loose packed positionとclosed packed position
   6.終止感
   7.治療の原則
 ファンクショナル・マニュアルセラピー 川野哲英
   1.ファンクショナル・マニュアルセラピー(FMT)とは
   2.FMTによる伸展型腰痛症の見方と調整法
 スポーツの現場で用いられる徒手療法 村木良博
   1.スポーツマッサージ
   2.ストレッチングとPNF
   3.その他の徒手療法
20 スポーツと装具・足底板
 装具・足底板とは 入谷 誠・内田俊彦
   1.足底板の作用様式
 装具の種類と処方 小林寛和
   1.装具の使用目的
   2.代表的な装具
 足底板の種類と処方 入谷 誠・内田俊彦
   1.身体の姿勢調整メカニズム
   2.足底板の種類
   3.足底板の処方
   4.足底板の作製方法
   5.スポーツ競技への足底板の応用
 スポーツに使われる装具 小林寛和
   1.スポーツに使われる装具とは
   2.代表的な装具
 新しい足底板(機能的足底板) 川野哲英
   1.ダイナミックアライメントと足底板
   2.足の構造と運動時の足の機能
   3.足底板とDAの補正
   4.基本的な作製手順
   5.チェックアウト
   6.足底板の効果
21 テーピング 川野哲英・野村亜樹
 テーピングとは
 テーピングの目的および場面
 テーピングの基礎知識
   1.テーピングに必要な用具
   2.テーピングに必要な技術(基本的テクニック)
   3.基本的なテープの巻き方(名称)
 ファンクショナル・テーピング
   1.ファンクショナル・テーピングの考え方
   2.運動機構の影響
   3.スクワッティングテスト
   4.ファンクショナル・テーピングの実際
22 ストレッチング加賀谷善教
 ストレッチングとは
   1.ストレッチングの概念
   2.ストレッチングの方法
   3.ストレッチングの功罪
 ストレッチングの具体的方法
   1.ハムストリングおよび腰背部のストレッチング
   2.大腿四頭筋および腸腰筋のストレッチング
   3.殿筋および股関節内転筋群のストレッチング
   4.アキレス腱のストレッチング
   5.肩関節の柔軟性を向上するためのストレッチング
 ストレッチングの今後
23 筋力トレーニング
 筋力トレーニングとは 田内敏男
 筋力トレーニングの基礎知識 田内敏男
   1.筋力トレーニングの目的と効果
   2.一般的筋力トレーニングと専門的筋力トレーニング
   3.ジュニア・トレーニングの問題点
   4.女子選手と筋力トレーニング
 筋力トレーニング中の外傷予防 蒲田和芳
   1.筋力トレーニング中の外傷発生要因
   2.筋力トレーニングの技術的側面
   3.その他の留意点
24 外傷予防のための身体操作 川野哲英
 外傷の発生要因
 外力と内力
 外傷時の動的アライメント
 下肢での動的アライメントの特徴
 上肢での動的アライメントの特徴

 文献
 索引