やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序文

 1963年5月,わが国最初の理学療法士養成施設が創設され,1966年2月に理学療法士が誕生した.その間,約35年が経過し,疾病構造の変化や少子高齢化社会への進展,そして障害をもつ人々に対するリハビリテーションのあり方や障害者福祉も大きく変化してきた.リハビリテーション医療も病院や施設から在宅にその比重を移し,地域社会を基盤としたリハビリテーション・サービスのシステム化が,厚生労働省の施策として取り上げられ推進されている.
 こうした動きと呼応して理学療法も病院や施設内から在宅に,そして地域社会に根ざした取り組みが求められてきている.しかし“リハビリ”が機能回復指導と狭義に理解されてきたことは,わが国のリハビリテーションが医学的リハビリテーションを中心として発達してきたことの一面を表している.今日,地域リハビリテーションの必要性が求められていることを考えると,リハビリテーションがもっていた本来の思想や姿にリハビリテートしようとしているともいえる.
 WHOは1978年,アルマ・アタ宣言において,プライマリ・ヘルス・ケアとして,健康増進,疾病予防,疾病治療そしてリハビリテーションの4大要素を掲げ,障害予防とリハビリテーションの普及にCommunity-based Rehabilitation(CBR)の有用性を指摘した.CBRは発展途上国を対象としたモデルであるが,先進諸国にも影響を与え,施設中心主義のリハビリテーションサービス(Institution-based Rehabilitation)から在宅,地域中心のリハビリテーションサービスへの脱却が唱えられた.わが国のリハビリテーション医療も施設・病院から在宅,そして地域を基盤として展開が図られ,維持期リハビリテーションが地域リハビリテーションと統合し,疾患・障害から生活を基軸とした新たなリハビリテーションの展開が強く求められている.
 この背景には,疾病構造の変化や人口構造の転換が新たな医療ニーズを生起させ,これまでの医療供給(治療技術や医療施設,医療供給システム等)では対応できず,治療方法や医療供給体制の変革を求めているものと考えられる.リハビリテーション医療や理学療法を誕生させた要因の一つが,結核から脳血管障害への疾病構造の変化であるならば,地域リハビリテーションの興隆は生活習慣病から老人病への変化と急速な長寿・高齢化がもたらした結果であり,われわれは第二の波に直面しているといえる.
 このような流れを考えたとき,2000年4月から施行された介護保険法が保健(医療)と福祉の統合のもとに,高齢者の自立支援を掲げたことは時代の要請を反映しており,これまで培ってきたリハビリテーションの思想や技術が地域において生かされていかなくてはならないのは当然のことである.
 本書は,奈良勲教授(広島大学医学部)監修のもとに,PTマニュアル・シリーズ「地域理学療法」として1992年に出版されたものの改訂版である.その間10年が経過し,前述したように地域リハビリテーションに対する考え方や活動内容にも大きな変化があり,また地域リハビリテーションに関する書籍が多数出版された.地域理学療法も活動内容を変化させてきたが,1999年4月の理学療法士養成施設カリキュラム改正に伴い「地域理学療法学」が設けられたことは,地域理学療法が新たな時代を迎えた象徴といえる.本書は以上のような背景を踏まえ,今日の地域リハビリテーションや地域理学療法の考え方や実践を著わしたものである.
 本書は前著と同様に香川と伊藤の両名が執筆し,香川が第1章から第3章を,伊藤が第4章から第6章を担当した.第1章では地域理学療法の背景について述べ,第2章では地域リハビリテーションや地域理学療法の基本的な考え方や定義を検討した.第3章では地域理学療法の機能や評価につい検討し,介護保険における課題について述べた.第4章では地域理学療法の展開について述べ,第5章では地域理学療法の教育について実践に基づき論述した.そして第6章では今後の課題と展望について検討した.
 なお本書では,主として脳血管障害患者や高齢者を対象として著わしたものであるが,地域リハビリテーションや地域理学療法が決してこれらの対象のみに限定されるものではないことを付記しておきたい.
 最後に,本書の執筆に際して貴重なご助言やご指導をいただいた,地域リハビリテーション分野で活躍しておられる保健師や理学療法士の方々,これまで貴重な経験や知識を与えてくださった多くの障害者や家族の方々,また改訂版を執筆するにあたりご配慮いただいた医歯薬出版の関係者の方々に深謝申し上げる.
 2002年5月
 伊藤日出男 香川幸次郎

第1版の序文

 1983(昭和58)年から施行された老人保健法によって,医療機関に勤務する理学療法士に対し,市町村から派遣指導の要望が年々高まるようになった.リハビリテーション・チームの専門職として,医療の分野が主な職域であった理学療法士にとって,「地域」という活動の場は,ある種の戸惑いや混乱を与えた.そこには,能力障害を対象とし,障害の回復・維持や日常生活動作の自立を目的とした理学療法では,対処困難なさまざまな問題が待ち構えていた.
 しかし,一部の先駆的な医師や理学療法士らは老人保健法施行前に保健婦とともに独自の考えや経験により,また新しい知識の吸収に努めながら,「地域」におけるリハビリテーションの道を切り開いていった.
 日本理学療法士学会で発表された論文集をひもとくと,脳卒中退院患者の追跡調査や在宅障害者の実態調査報告は,20年前の第5回学会(1970年)からみられる.これらの調査研究を実施した病院では,「地域リハビリテーション」という名称を使用した訳ではないが,理学療法士は病院治療の延長として当然のように「地域」に出向いていたのである.そのような先駆的な取り組みの歴史をもつ病院において,いまでは通常の業務として地域での理学療法活動が受け継がれ,一層の発展を目指して意欲的な取り組みが行われている.
 本書は,PTマニュアル・シリーズのひとつとして『地域理学療法』が取り上げられることになり,監修者の依頼を受けて非才を顧みず筆者らが分担執筆することになったものである.筆者のひとり伊藤は,長年秋田,青森両県の農村地域において主として脳卒中患者のリハビリテーションに従事し,1980年からは弘前大学医療技術短期大学部において『地域リハビリテーション』をカリキュラムに取り入れ,この領域の教育方法改善に取り組んでいる.また香川は,東京都八王子市の特別養護老人ホームにおいて理学療法士として従事した後,同じく弘前大学医療技術短期大学部において在宅障害者のリハビリテーションについて研究を続け,1988年からは神奈川県衛生部健康普及課において行政面から老人問題に取り組んでいる.この二人ができるだけ自分たちの経験と知識を中心において,地域活動に従事する理学療法士に役立つように意図したのが本書である.
 執筆は, 1章, 2章および3章を香川が, 4章,5章および6章を伊藤が担当した.周知のとおり,既に日本理学療法士協会の手によって『地域理学療法マニュアル』というたいへんな労作が世に出ている.また最近は,各地域の実践を基にした著作が世に出るようになった.これらの著作を読むことによって,現在全国で行われている地域理学療法の概況を知ることができる.しかしながら,これらの多くは初心者向けに意図して書かれたものではないために,初心者には取りつき難いのではないかと思われる.
 本書はこれらの著作の向こうを張った訳ではなく,むしろ二番煎じに陥らないようにと以下の点に特徴をもたせたつもりである.
 地域理学療法の対象を高齢者や脳卒中後遺症者にしぼり,「マニュアル」という本シリーズの性格上,できるだけ実践面を重視した.
 障害者個人の身体面だけでなく, 常に 『生活』 を視点におき家族との関係を重視した.
 理学療法士養成学校などにおいて「地域リハビリテーション」を教授するためのカリキュラムについて述べた.
 地域理学療法を卒後教育として実践している各地の理学療法士会や,先駆的な病院および行政機関の活動を紹介し,今後われわれが取り組むべき課題について論じた,などである.力不足のために,筆者らの意図するものを十分に表しえたかどうかは自信がない.読者のご指摘をいただいて,できれば次の機会に補っていきたいと思う.
 本書の執筆に際して,地域リハビリテーション分野で活躍しておられる多くの保健婦さんや,理学療法士の仲間から貴重なご助言やご指導をいただいた.心からお礼申し上げる.また,これまで貴重な経験と知識を与えてくださった多くの障害者・家族の皆様,さらに,かつて弘前大学医療技術短期大学部理学療法学科で共に学び合った卒業生諸君に感謝申し上げる.最後になったが,慣れない執筆の過程で,いろいろとご配慮いただいた医歯薬出版編集部に深謝申し上げる.
 1992年9月
 伊藤日出男 香川幸次
 監修者のことば・iii
 第2版の序文
 第1版の序文

第1章 地域理学療法の背景
   1.健康転換と高齢者ケア
   2.リハビリテーション医療と地域リハビリテーション
   3.リハビリテーション活動における施設と在宅・地域社会
   4.障害概念の変化
   5.高齢者保健福祉施策の展開
   6.身体障害者福祉とリハビリテーション
第2章 地域リハビリテーションと地域理学療法
   1.地域リハビリテーションの定義
   2.地域理学療法の定義
   3.地域理学療法実践の歩み
   4.理学療法(士)モデルの変換
   5.地域理学療法と理学療法士養成教育
第3章 地域理学療法の実践
   1.地域理学療法の機能
   2.地域理学療法と評価
     1)地域リハビリテーションの評価枠組み
     2)地域理学療法の評価枠組み
   3.介護保険と地域リハビリテーション
   4.介護保険と理学療法
   5.介護保険と理学療法士のかかわり
   6.介護保険と理学療法教育
   7.障害予防と介護保険
第4章 地域理学療法の展開
   1.草創期の地域ケア展開例
     1)家族のためのリハビリ教室
     2)チーム訪問
   2.地域理学療法における情報収集
     1)地域理学療法の展開過程
     2)在宅障害者の実態調査
     3)地域診断
   3.地域理学療法の実践
     1)事業に着手する際の留意点
     2)具体的計画
     3)機能訓練の実際
     4)訪問指導の実際
     5)障害者の会の育成
   4.地域ケア領域の評価
     1)評価の目的
     2)事業の運営面からの評価
     3)利用者による評価
     4)地域理学療法評価の例
第5章 地域理学療法に関する教育
   1.地域理学療法学の教育実践
     1)地域理学療法学の教授目標
     2)地域理学療法学の授業例
     3)地域実習の実践例
   2.「地域理学療法学」科目の教育的意義
     1)地域実習に対する学生の感想
     2)学生による授業評価
     3)理学療法学科卒業生の意見
   3.地域理学療法と障害予防
     1)理学療法士と障害予防
     2)障害予防と地域社会
     3)「障害予防」の授業例―青森県立保健大学の試み
第6章 地域理学療法の課題と展望
   1.地域理学療法士の課題
     1)在宅ケアの現状
     2)在宅ケアの従事者不足
     3)地域ケアのリスクマネジメント
   2.イングランドの地域ケアに学ぶ
     1)英国の保健医療制度―国民保健サービス(NHS)と地域ケア
     2)イングランドの地域ケアチーム
     3)本場の地域ケアから何を学ぶか
   3.地域理学療法の展望
     1)「生活障害」を予防する戦略・技術の確立
     2)理学療法士の自立と連携

 索引