やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序文
 本書の特徴は,第1 に,著者がシーティングのエキスパートである理学療法士であり,それらを使用する対象者に注目しているところです.どんなに素晴らしいシーティングであっても使う人に合わなければ意味がないですよね.次に,原著の初版が,出版社ではなくドイツの医療福祉機器メーカーによってテキストとして作成された実践書であるところです.どんなに詳しく豊富に書かれた書籍でも臨床ですぐに使えなければもったいないですよね.
 そして,平易な言葉と多くの素敵なイラストで,シーティング等の世界を紹介しています.とくに特徴的な姿勢をしっかり評価するために,対象者のどこに手を当て,どのように動かし判断するかなど具体的に案内しています.ですから,身体の不自由な対象者と接する経験が少ない方でも,本書ならきっとすぐに,対象者の身体に触れ評価することが可能になっているはずです.
 本書は,対象者に関する情報収集,車いすやシーティングについての情報提供,二分脊椎などのさまざまな病気に対する配慮,実践報告といえる物語,役に立つ用語解説などから構成されています.これにより読者は,本書を通じて,シーティング等に関する知識だけなく,対象者の姿勢評価などをステップアップすることができます.対象は,理学療法士などの医療スタッフ,介護福祉士などの福祉スタッフ,支援学校教員などの教育スタッフなどですが,姿勢評価の入門書として学生にも最適だと思います.
 私自身,前職でいろいろな椅子などを木工室で作製しました.個々の子どもたちに合わせた椅子などの作製は面倒くさい作業ですが(いけませんね!),その際に職場の先輩たちから盗んだ方法が本書にはすでに盛り込まれており,ありそうでなかった書籍といえるでしょう.読者の皆さんが本書を参考にして,「合わない靴」を履かせることなく,対象者から喜んでもらえれば監訳者としてもうれしいかぎりです.
 監訳にあたりできるだけ読みやすさを心がけました.また,専門用語は,日本リハビリテーション工学協会の3 つのSIGによる『車いす・シーティング用語集』に準拠しました.なお,誤訳や不適切な用語がありましたらご教示いただければうれしく思います.最後に,本書出版に労をいとわず尽力くださった医歯薬出版株式会社編集部担当者およびご協力いただいた関係者の方々に深くお礼申し上げます.
 2012 年3 月
 監訳者代表
 上杉雅之


 20年前シーティングの研修会で,Jean Anneは私に,メキシコの地方の対象者のためにモジュラー型シーティングを設計する手助けをしてほしいと依頼してきました.メキシコでシーティングの問題を解決するためにブレーンストーミング(訳注:グループ問題解決のテクニックの1 つ)をして作業をするうちに,私たちはチームになりました.本書には,Jean Anneと私の幸せに満ちた共同作業の過程がイラストで紹介されています.それは障害者の身体的・機能的ニーズを理解する人がデザイナーと話し合い,そのニーズを器具に取り入れることができる過程です.もしあなたが,身体および対象者が表現するものの両方に耳を傾けることに十分な時間を費やしたなら,対象者の人生を豊かにする器具の設計とフィッティングは成功するとJean Anneと私は知っています.これはシーティングにおける直感的な側面です.この直感的な経験を通して,評価の基本と適切な技術をどのように創造し,選択するかを理解しなければなりません.
 Jean Anneと私は,スタンフォードのルシール・ソルター・パッカード小児科病院のリハビリテーション工学センターと,ニューメキシコ,メキシコ,イギリス,旧ソ連でともに働きました.この間,私たちはシーティングの評価,作製,設計,教育に携わり,先進諸国と発展途上諸国で働き続けました.私のアプローチと意見は彼女に強く影響を受けました.彼女の著した初版は世界中のスペシャルシーティングサービスで広範囲に活用され,当然のようにあちらこちらで彼女の名が聞かれるようになりました.
 長年にわたって,障害児のご両親とともに,理学療法士,作業療法士,デザイナー,義肢装具士,技術者のような多岐にわたる専門家が障害者の予後に寄与してきました.本書の改訂はそれらの価値ある貢献を反映しています.私は本書の改訂を歓迎し,世界中の人々が彼女の本から多くの恩恵を受けることを確信しています.それが大切なことですよね? 人々の人生がより豊かになりますように!
 Jamie Noon,シーティングデザイナー/トレーナー

 Jean Anne Zollar氏は,学生,セラピスト,関連業者と障害児・者にとって価値あるツールとなっている初版 Special Seating: An Illustrated Guide(OttoBock,MN,1996)を改訂し,その内容を充実させました.この改訂版はさまざまな疾患などをもつ対象者のための特別な考慮点が述べられている新しい章が追加され,最新の情報とイラストが取り入れられています.そして初版と同様に読みやすい文章で書かれ,座位と移動に介入するための評価の過程と発案をデモンストレーションする明瞭なイラストが描かれています.
 Jean Anneは,対象者の身体的,機能的,心理的,認知的,精神的な本質とシーティング介入のバランスをとる必要性を述べています.より高度な技術の貢献を認めながら,全体的アプローチ,観察に集中すること,ハンドリングテクニックを伝えることを続けています.Jean Anneは,シーティングは批判的思考と分析だけではなく,対象者のニーズを直感的に理解する芸術と科学であると一貫して強調しています.本書はシーティングにかかわるセラピストの蔵書として価値ある1 冊となるでしょう.そして障害児・者とその家族,学生,デザイナーと関連業者のあいだで分かち合う喜びとなるでしょう.
 Jessica Presperin-Pedersen,MBA,OTR/L,ATP

はじめに
 シーティングへの旅立ちの前に,セラピストとしての私のアプローチを共有したいと思います.私は多大な尊敬と思いやりと好奇心をもって一人ひとりにアプローチしています.治療あるいはシーティングの評価と準備でも,個人対個人で協力を得ながら参加していることに誇りを感じています.世の中で多数の外部システムとバランスをとりながら,多くの内部システム―身体的,知的,情緒的,精神的―の影響を受ける人間は,驚くべき,信じられない情報の宝庫であると考えています.それぞれの人間としての素晴らしい精緻さの前で,私は答えを知っているふりはしません.知っていると思えば,私は正直ではないでしょう.私は自分を,人々が答えを探す手助けをする案内役,進行役,調査員であると思っています.
 シーティングの評価および設計の過程は,構成と構図を考えて下絵を描くように進めていきます.下絵がなかったら何も表現できません.そして下絵を超えた創造的な可能性を待ち受ける見えないキャンバスが存在します.未知のものを探求するためには,私たちはシーティングの基本について自信に満ちた確実な理解力をもつことが必要であると信じています.
 シーティング/移動器具を提供している世界中の人々はもっとシーティングの評価と設計の過程を学ぶ必要があると思い,本書を書きました.私たちが素晴らしい気づきと理解をもってシーティングにアプローチし,障害児・者に最適なシーティング/移動器具を提供することが私の夢です.
 初版は,人とプロジェクトが資金と資源を欠く世界での私の経験に基づいています.シーティング/移動器具をもたない対象者,あるいは不適切な装置などをもっている対象者が多くいました.スペシャルシーティングの可能性を知らない専門家と障害児・者も多くいました.これらの国々のほとんどの脊髄損傷患者は,褥瘡が原因で受傷後1 年以内に死亡します.さらにより裕福で,より技術的に進歩している地域にいる私たちがもっとトレーニングされることが必要だと認識しました.多くの技術的な選択が可能なアメリカ合衆国でもしばしば,シーティングのパーツとシステムが不適切に使用されています.標準的なトレーニングプログラムや方法論がほとんどないので,シーティングと移動器具に関連した教育とトレーニングを受けることが難しいのです.だから私の経験が基本とされるのだと思います.
 私がシーティングに携わり始めたころ,シーティングの評価と問題解決の過程を導くようなマニュアルを見つけることができませんでした.文献,セミナー,カンファレンス,そして最も重要な障害児・者の経験が,パズルを組むようにシーティングアプローチの開発を助けてくれました.
 シーティングは芸術的で創造的な問題解決の過程であり,それを教えることは難しいことです.これには生体力学的な法則,人間工学的な法則,そして神経発達学的な法則が取り入れられますが,論理的,分析学的な思考過程は創造的で直観的な心に統合されるに違いありません.ある対象者のためにシーティングを準備しているとき,右脳(創造的)と左脳(分析的)のあいだで活発なやりとりが起きています.チームがともに作業をするとき,直観的スキルを駆使する人(しばしばセラピスト)は,具体的な技術情報を必要とする人たち(通常は技術者や納入者)とスムーズに話し合う必要があります.本書は,シーティングについて,感覚的情報と機械的側面のあいだに起こるコミュニケーションのギャップを埋めることができるように,質問に対して説明する形式で書かれています.メキシコとニカラグアのリハビリテーションプロジェクトの担当者たちは,直観力の大切さを私に強く確信させてくれました.十分な教育を受けておらず,シーティングやセラピーを専門的に学んだことがない担当者たちは,一般的な感覚と直感を頼りに,革新的で適切なシーティングを作製していました.
 この直感的な過程では,さまざまな姿勢サポートや,重力に対する対象者の反応を感じ,識別し,観察するために私たちの手と体を使うことが中心となります.あなたの手と感覚に従うことが本書の本質です.
 シーティングは経験と実践によって豊かになる芸術です.対象者はサポート・圧力・感触・運動の調整に対してさまざまな反応をします.対象者のニーズを理解する最善の方法はすべての感覚に従うことと触れることです.常に初心者のようにシーティングにアプローチしていると,個々の対象者のさまざまなニーズを知ることができます.製作のために常に考慮すべき,あるいは妥協すべき要因が多くあります.シーティングは挑戦であり,楽しみであり,非常に重要な作業です.真剣に受け止めて大いに笑ってください.シーティングへの旅がうまくいきますように!
 監訳者の序文
 原著者紹介
 献辞
 謝辞
 序
 はじめに

 緒言
  A 本書の目的について
   本書は誰のために書かれていますか?
   スペシャルシーティングとは何ですか?
   なぜシーティングと移動が重要ですか?
   本書の目的は何でしょうか?
   このシーティングの書籍には何が書かれていますか?
   本書は他のシーティングの書籍とどのように違いますか?
   難しい言葉について
   ISO標準について
   改訂版と初版はどのような点で違いますか?
   触れましょう
   注意:性別に関する代名詞について
   特別な物語
  B シーティングの利点について
  C 姿勢について
   1.姿勢,動きおよび機能の関係について
   2.ニュートラルポスチャーについて
  D 骨盤と脊柱の連結を理解しましょう
   1.骨盤を感じましょう
   2.骨盤のニュートラルについて
   3.骨盤の位置の重要性について
   4.仙骨について
第1部 評 価
 第1章 背景に関連する情報収集
  A シーティング評価の考え方
  B 障害に関連する健康上の問題点
  C 環境の問題
  D 輸送手段の問題
  E 現在のシーティング/移動器具の評価
  F 支払基金の問題
 第2章 身体的評価:姿勢,運動,機能
  A 現在のシーティング/移動器具での姿勢
  B 現在のシーティング/移動器具での機能的能力
  C 関節と筋の可動性
  D 座位におけるバランスと姿勢コントロール
  E 座位における評価:可動性と姿勢サポート
  F 座位における重力の影響
  G 圧力
  A 現在のシーティング/移動器具での姿勢
   1.骨盤/腰背部
   2.体幹
   3.股関節/脚
   4.膝関節
   5.足関節/足部
   6.頭部/頸部
   7.肩甲帯
   8.腕
   9.要約
  B 現在のシーティング/移動器具での機能的能力
  C 関節と筋の可動性
   1.骨盤/腰背部の可動性
   2.体幹(胸背部,胸椎と胸部)の可動性
   3.股関節の可動性
   4.膝関節の可動性
   5.足関節/足部の可動性
   6.頭部/頸部
   7.肩甲帯の可動性
   8.腕の可動性
  D 座位におけるバランスと姿勢コントロール
  E 座位における評価:可動性と姿勢サポート
   1.骨盤/腰背部
   2.体幹
   3.股関節/脚
   4.膝関節
   5.足関節/足部
   6.頭部/頸部
   7.肩甲帯
   8.腕
  F 座位における重力の影響
  G 圧力
   1.シート面の危険エリア
   2.圧力を測定する
 第3章 シミュレーションと計測
  A ハンドシミュレーション
  B 手からの情報を言葉に翻訳する
   1.脳性麻痺のアリシア:骨盤
   2.脊髄損傷で四肢麻痺のアルフォンソ:体幹
  C シーティングのプレシミュレーションの目標
   1.脳性麻痺のアリシア:骨盤サポート
   2.脊髄損傷で四肢麻痺のアルフォンソ:体幹サポート
  D 計測
   計測のヒント
  E 器具を使用したシミュレーション
  F シミュレーションしたシーティング上での機能的能力
 第4章 目標を明確にする
  A 対象者と器具の目標を一致させる
   1.アルフォンソの姿勢および機能の目標
第2部 シーティングをデザインする
 第5章 シーティングの一般的ガイドライン
  A バックサポート
   1.バックサポートの目的
   2.スタイル
   3.バックサポートの高さ
  B シートクッション
   1.シートクッションの目的
   2.スタイル
   3.シート奥行
  C デザインの選択肢
   1.統合姿勢支持装置
   2.姿勢支持ユニット
   3.姿勢支持ユニットのパーツ
   4.シーティング 固定された土台vs. 車輪のついた土台
第3部 特殊な姿勢の問題のためのシーティングサポート
 第6章 骨 盤
  A 骨盤が後方に回っている(骨盤後傾)または前方に滑っている
   1.バックサポート
   2.シートクッション
   3.バックサポート角度
   4.骨盤前方サポート
   5.ティルト(傾斜)
  B 骨盤が前方に回っている(骨盤前傾)
  C 骨盤が側方に傾斜している
  D 骨盤が回っている(骨盤回旋)
   モールドの利点
   モールドの欠点
 第7章 体 幹
  A 体幹が前方に弯曲している(後弯)
   1. バックサポート上部,また,バックサポート上部とバックサポート下部との関連
   2.体幹前方サポート
  B 体幹が側方に弯曲している(側弯)
  C 体幹が前方に回っている(回旋)
  D 体幹が後方に反り返っている(伸展)
 第8章 股関節/脚
  A 股関節/脚が閉じて(内転),内側に回っている(内旋)
  B 股関節/脚が開いて(外転),外側に回っている(外旋)
  C 両脚が同側に倒れている(ウインドスエプト肢位)
  D 股関節/脚が曲がっている(屈曲)
  E 脚が常に動いている(不随意運動)
 第9章 膝関節
  A 膝が曲がっている(屈曲)
  B 膝が伸びている(伸展)
 第10章 足関節/足部
  A フットサポート・レッグサポート間角度
  B レッグ/フットサポート(足関節/足部サポート)
 第11章 頭部/頸部
  A 頭部が後方に落ちている,または後方に押している(伸展)
  B 頭部が側方に落ちている(側屈),側方に回り押している(回旋)
  C 頭部が前方に落ちている,または前方に引かれている(屈曲)
  D 頭部にあらゆる方向で過度な動きがある
  E 頭部が大きい場合
  アジムの物語:調節式ヘッドサポート(アジャスタブル・チェンジブルヘッドサポート)
 第12章 肩甲帯
  A 肩をすくめている(挙上)
  B 肩が前方に引かれ内側に回っている(前方突出と内旋)
  C 後方に引かれ外側に回っている(後退と外旋)
 第13章 腕
  A 一側の腕が伸びて(伸展),他側の腕が曲がっている(屈曲)
  B 一側の腕が強く,他側の腕が弱いか硬い
  C 両腕が硬く曲がっている(屈曲)
  D 両腕が硬く伸びている(伸展)
  E 腕が常に動いている
  F 一側の腕の機能改善のために他側を固定させる
  G 自傷行為
 第14章 除圧クッション
  A 外部要因と内部要因
  B 圧力
  C 組織を健康に保つためのアドバイス
  D クッションの品質
  E クッションカバー
  F クッションの種類
   1.流体
   2.ゲル
   3.フォーム
   4.モールド
   5.コンタークッション
   6.複合型
 第15章 車いすの考慮点
  A 前座高
  B 車いす/移動器具の幅
  C 移動器具におけるシーティングの位置
  D アームサポート
  E レッグサポートおよびフットサポート
  F クッションカバー
  G 傾斜機構
   1.ティルト式
   2.リクライニング
   3.調節式側方傾斜
   4. 前方傾斜(前傾)
  H シーティング/移動器具の移動
第4部 すべてを総合して
 第16章 要 約
  要 約
  A 対象者の姿勢と機能的目標
  B シーティングの目的
  C 移動器具の目的と他の考慮点
  D シーティングのパーツと特徴
  E 移動器具に関連するシーティング
  F 身体の計測値をシーティングのパーツに変換する
  G フィッティングへの示唆
第5部 特別な考慮点
 第17章 代表的な疾患などのためのシーティングと移動器具のガイドライン
  A 一般的な考慮点
  B 脳性麻痺
  C 脳外傷
  D 整形外科的問題
  E 骨形成不全症
  F 筋ジストロフィー症
  G 疼痛
  H 多発性硬化症
  I 下肢切断
  J 高齢者
  K 片麻痺
  L 脊髄損傷
  M 二分脊椎
第6部 物 語
 第18章 物 語
  A マルティータの物語
  B デーヴィッドの物語
  C キョウの物語
  D トーマスの物語
  E ナディアの物語
  F リチャードの物語

 用語解説
 推薦文献

 付 録
  付録 Aシーティング評価表(標準版)
  付録 Bシーティング評価表(簡易版)
  付録 Cシーティングパーツの測定
  付録 Dシーティング評価表(標準版)

  協力者
  日本語索引
  数字・外国語索引

 アーロンの物語
  アーロンの紹介
  現在のシーティング/移動器具での姿勢
  現在のシーティング/移動器具での機能的能力
  背臥位における関節と筋の可動性の評価
  座位における評価:バランス,可動性および姿勢
  アーロンの姿勢の目標
  シーティングのプレシミュレーションの目標
  器具を使用したシミュレーション
  シミュレーションしたシーティング上での機能的能力
  シーティング/移動器具の追加目標
  アーロンのシーティングおよび移動器具