やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序
 私がこの本の初版本に出会ったのは,米国のオハイオ州立大学大学院に留学中のことでした.初版はB5版のサイズで,約300ページと,今回翻訳した改訂第2版よりもずっとハンディで,どこへでも持ち歩け,修士論文の作成の際にも大変お世話になりました.その頃,このような本が日本にもあればいいと思っていました.改訂版が出たことを2006年の8月に知り,ぜひ翻訳して,日本の子どもとかかわるセラピストや教育現場の先生方にも知ってもらいたいと思いました.そこで,身近な先生方に声をおかけし,翻訳チームを立ちあげました.そのときの声かけの文書は,以下のようなものでした.
 この度は,いい加減な企画にご賛同いただき,誠にありがとうございます.「いい加減」というのは,「無理なく楽しみながら…」という意味合いを大切にしたくて,決して中身がいい加減ということではありません.楽しみながら英語と,子どもの手の発達について学ぶことを第一に,進めていきたいと思っています.また,原本の執筆者は,作業療法士17名,医師1名,理学療法士1名となっていますが,職種に関係なく,英語と子どもに興味のある方で,なおかつ本学と何らかの関係のある,身近な方々に声をかけさせていただきました.
 (中略)
 原著者の一言一言を大切にすることが,翻訳をする上で最も大切なことだと思います.
 (中略)
 私たちがこれから取り組もうとしている翻訳も,原著者が英語で書かれたことを,いかに忠実に日本語にし,日本のセラピストに間違いなく伝えるか,ということを大切にしたいと思います.そのためには,「原著本」という作品のもとで参加者全員がオープンマインドになって,「知っていること」を共有し,必要に応じてメンバー以外の方々からも助けを求めていければいいなと思います.
 このような呼びかけに賛同して下さった先生方で分担し,翻訳を進めてきました.途中,私が体調を崩したため,本当に座礁しかけましたが,医歯薬出版編集部の山中裕司氏のご尽力により,出版にまで至りました.
 また,留学の機会を与えて下さった木俣祐子先生,ならびに学校法人順正学園(旧高梁学園)に感謝いたします.
 本書の第19章を執筆されたJane Case-Smith先生は,私の大学院での指導教員でもあり,本書の訳出にあたり大変お世話になりました.同じく私の大学院の指導教官であった広島大学の清水一先生には,統計に関する質問に,的確にご回答いただき,大変お世話になりました.また,翻訳にあたっては,本学の社会福祉学部臨床福祉学科のSnyder先生にもお世話になりました.特に第17章の訳出にあたっては,宮崎江南病院の作業療法士,江藤優子さん,城戸あゆみさん,竹本志穂さん,そして医師の大安剛裕先生にお世話になりました.ここに記して感謝の意を表したいと思います.
 本書が,子どもとかかわる作業療法士や言語聴覚療法士,理学療法士だけでなく,臨床心理士や,保育園,幼稚園,小中学校,高校,そして特別支援学校や特別支援学級で,日々活躍されている先生方にもお役に立つことを期待しております.
 訳出にあたっては,細心の注意を払いましたが,誤訳などございましたら,ご指摘いただければ幸いです.
 2010年6月 監訳者を代表して
 岩城 哲

第2版への序文
 私たちは日々の作業活動の中で,手を非常によく使っている.しかし,これらの作業活動を行っているときに,私たちは自分の手が行っている膨大な種類の動き(action)に対して,思いを馳せることはほとんどない.手は,台にもなるし,万力や,あるいはフックにもなる.押す,突く,引く,ひねる,こする,撫でることもできる.フットボールやリンゴ,レーズンをもつこともできる.また,様々な道具の使用を可能にする.児童期の重要な課題は,このように幅広く多様な手の動きを発達させることである.子どもの手がうまく機能していない場合や,発達の遅れがある場合には,ものを使って遊ぶこと,服を着替えること,スプーンやハサミ,鉛筆などの道具を使うことといった,児童期の作業活動に悪影響が生じる.したがって,作業療法を行う際に,手の治療は介入の重要な焦点となる.
 この本,「子どもの手の機能」は,子どもの発達にとって手が重要であるにも関わらず,子どもの手の機能障害を取り扱った専門書の間に,大きな溝があるという認識から生まれてきたものである.第1版が出版されて10年が経つが,本書はいまだに,このトピックを網羅している唯一の成書である.この第2版も,子どもの手の機能の神経学的,構造的,および発達的基礎に関する詳細な情報をレビューしている.著者らは第1版に引き続き,動きのための道具として,またパフォーマンスのための器官としての手に焦点を当てており,熟練した手の使用の複雑さと,その完成までに必要な長期におよぶ発達の過程に注目している.急速に変化している領域の研究をレビューしている章が多いため,これらの章を更新することが,この改訂版の重要な目的であった.
 内容は,3つのパートで構成されている.第1部「手のスキルの基礎」は,手の機能についての解剖学的,神経学的,生理学的,および心理学的側面に関する情報を提供している.このセクションは,手─ものの相互作用との関連から,熟練した手の使用を可能にしているメカニズムについて説明しており,中枢神経系の中でのコントロールに関する最新の章で始まっている.次に,手の発生学,解剖学,運動学,および生体力学に関する章が続いている.第3章は,感覚のコントロールとその方法,すなわち,私たちがものの大きさや形,手触りによって,グラスプ(握ること)や,ものを持ち上げることをコントロールしている,その方法を詳しく調べ,説明している.次の章は,幼児や子どもの,ものやものの特徴を手で認識する能力の発達と,その評価を検証している.第5章は,環境内での運動のコントロールにおける視覚の役割に関する研究を更新し,児童期の視覚コントロールの発達について述べている.第1部の最後の章は,この改訂版で新しく加わった章であり,手のスキルの獲得とパフォーマンスに必要な認知過程に焦点を当てている.
 第2部,「手のスキルの発達」は,年齢とともに生じる手のスキルの変化について詳述している.第1章は,出生から2歳までの乳幼児のグラスプ,リリース(放すこと),および両手動作の初期の発達について,遊びという面から説明するように改訂されている.第2章は,出生から児童期を通してのものの操作について検証している.第9章,利き手とその発達は,新しい章であり,利き手の評価に加えて,利き手に関する研究の広範な文献レビューをしている.第10章,手の発達と関連のあるセルフケア活動の発達については,最近の測定方法,ならびに文化的な影響に関する追加情報を掲載している.
 治療的介入は,第3部に提示されている.手のスキルの治療全般,特別な問題の治療,ならびに介入の具体的な領域に焦点が当てられている.第12章と15章は,更新され改訂されている.このセクションの残りの6章は,新しく加わった章である.第13章は,どのようにすれば,幼稚園児が手の活動に取り組むようになるか,どのように治療活動を教室内に取り入れるか,ということに関するアイデアが提示されている.この次の章は,書字動作の困難さに関する問題をレビューし,フォーマルな評価とインフォーマルな評価が提示されている.第16,17および18章は,障害の具体的な領域と介入に焦点が当てられている.最終章には,手の機能を改善させる効果に関する研究のレビューを選んだ.
 手のスキルの神経学的な基礎,手のスキルの発達,および手のスキルに関連のある問題をもつ子どもへの介入に関する最新の情報を,1冊の成書の中に提示するという私たちの当初のビジョンは,第2版でも継続している.手の包括的な文献レビューが,学生や,現場で実践している小児のセラピスト,そして子どもとともに働いている他の人々にとって,大切な情報源と臨床上のガイドをもたらすことを願っている.

謝辞
 編者らは最初に,本巻への著者らによって寄せられた時間と専門的知識に対して,感謝の意を表します.これらの著者は,各自の領域において高い評価を受けており,私たちは彼らの章にもたらしている洞察と,実践的および理論的理解の貴重な資源に感謝しています.私たちは,ここに提示されたアイデアの多様性が,読者の理解を高め,人間の手の計り知れない複雑さと複数の次元,特に出生から青年期までを通して,日常生活におけるその重要性の進化を知っていただきたいと願っています.
 この本は,長期にわたってアイデアを提供していただいた多くの人々の努力の総決算です.この本の正式な開始は,米国健康と人間サービス省(U.S.Department of Health and Human Services),公衆衛生省の母子健康局(Maternal and Child Health Bureau)によって資金が提供された作業療法士と理学療法士のための一連のワークショッブの間に生じました.ワークショップは1988年と1991年の間,シカゴのイリノイ大学作業療法と理学療法学部によって主催されました.第1版の著者の数人が,それまでほとんど著作がない領域で情報を共有する必要性によって動機付けられ,子どもの手についての年1回の課題グループに参加しました.子どもの手のスキルについての包括的な本に関するアイデアが持ち上がったのは,これらのミーティングからでした.多くの専門家の同僚と,彼らのコメントによる第1版の評判が,この第2版を形にしました.
 私たちはまた,Elsevierの私たちの編集者であるKathy Falk氏の援助と支援に感謝したいと思います.彼女のサポートが,私たちの質問に答え,実行可能で適時のスケジュールによって,この本を作り出すすべての段階を促進させました.私たちのプロダクションマネージャーであるSarah Wunderlyと,その他のElsevierのスタッフにも,私たちの本の最終段階での支援に感謝します.
 最後に,私たちと私たちの著者らが,専門的実践と研究を通じて知り合ったご家族と子どもたちが,子どもの手の機能に関する私たちの最新の知識に多大な貢献をして下さったことを認めたいと思います.
 Anne Henderson
 Charlane Pehoski

初版への序文
 …人は,その手の使用を通して,心と意志によって取り組むに時に,自己の健康状態に影響を及ぼすことができる.
(Reilly,1962,p.2)
 手は,器用なグラスプ(握ること)とものの手指操作,そして様々な道具の機能を使うことができるものとしての両方で,私たちの物理的環境との相互作用の主要な媒介である.私たちの手によって達成される非常に多様な行為は,実践的なものから創造的なものまで広がっている.手は,信じられないほど用途が広い.それは,台にもフックにも,あるいは万力にもなることができる.それは,フットボールやハンマー,あるいは針を保持することができる.それは,ものを探索し,情緒を表現し,あるいは言語を伝えることができる.
 手は,この本の主題であり,特に,行為の道具としての,達成の器官としての手である.手の運動機能は,人間のすべての運動スキルの中で,最も複雑で進歩したものの1つである.手の使用は自発的であり,自覚のある精神のコントロール下にあり,そして感覚器官からのフィードバックによって制御されている.熟練した手の使用の複雑さは,その完成に長い発達期間が必要なことによって示されている.大人の効果的で精細なものを手指で操作する能力は,後期の児童期と初期の青年期を通じて向上し続ける.
 この本の計画は,手の機能不全の治療が,この専門職の始まりから,作業療法実践の重要な領域であったが,長年にわたって,小児の専門的な文献は,手指操作スキルよりも,神経生理学と粗大運動能力の発達が,大きく強調されているという認識から育ってきた.手指操作能力への注目の再開は,約15年前に始まり,Rhonda ErhartやReggie Boehm,Charlotte Exnerといったセラピストの著作によって先陣が切られ,手のスキルの発達的治療に関する専門的な文献が,それ以来増加した.同じ頃,手の運動スキルに対する研究の注目が,神経生理学と心理学の領域で増大した.児童期における手の発達と機能不全に関して,多くの未解決の問題があるが,最近知られていることを見直すには良い時機だと思われる.
 この本は,子どもの手のスキルに関する問題の最近の研究と治療に興味のある,専門家と学生を対象としているつもりである.本文は,神経行動と発達からのテーマを取り巻いて構成されており,子どもの手の機能不全についての理解と,介入のための助言に関連する情報とともに描かれている.手の機能は,神経生理学,神経心理学,認知心理学,発達心理学,および治療的介入の観点から再検討されている.
 本文は3つのセクションで構成されており,各々のセクションが,手の機能についてのいくつかの次元を提示している.セクションIには,手の機能の生物学的,心理学的基礎に関する章が含まれている.第1章は,熟練した手の使用に関する皮質のコントロールと,粗大運動スキルのコントロールとは異なるコントロールの特性を確認している.第2章は,様々な機能を容易にする手の解剖学的構造と機能を提示している.手の機能についての感覚の助言に関する2つの章が続き,1つはタッチ(接触)と固有受容覚,他の1つは視覚である.セクションIの他の2つの章は,手の知覚機能と,手の活動における認知の役割を含む,心理学のいくつかの部門からの知識を再検討している.
 セクションIIは,手のスキルの一般的および特殊な領域の両方に焦点を当てている.このセクションの2つの章は,基本的なスキルの発達に焦点を当てている.第1に,乳幼児のグラスプ,リリース(放すこと),および両手スキルの発達に関する研究を再検討し,第2に,ものの手指操作の発達を再検討している.他の章は,描画スキルやセルフケア,および手の優位性の発達といった具体的で複雑なスキルの領域を取り上げている.
 セクションIIIは,選ばれた小児の臨床実践領域からの知識が提示されている.5つの章のうち2つは,脳性麻痺とダウン症候群を伴う特定の集団についての機能不全と治療が述べられている.もう1つの章は,手のスキルの問題の治療に関する原理と実践を提示しており,第4は,書字動作の教育という具体的な領域に焦点を当てている.残りの章は,子どもの手の機能不全の治療にとって自然な媒体である多くのおもちゃが紹介されている.
 過去10年間における研究の加速にも関わらず,子どもの手の使用の発達と,手の機能不全の治療に関する研究は,初期段階である.私たちの希望は,手のスキルに関するこの情報を集めることが,正常および逸脱した手のスキルと,介入の効果に関する知識母体を増大させる研究プログラムの開発への関心を刺激することである.
 この教科書は,主に小児の作業療法士のために書かれており,大学院レベルの教科書として,あるいは入門レベルの教育の参考書として提供されるだろう.しかし,私たちは,幼稚園と小学校の教師,特殊教育者,早期介入の提供者,およびその他のセラピストを含め,幼児や,子どもとともに取り組んでいる誰にとっても価値のあるものであることを期待している.
 Anne Henderson
 Charlane Pehoski
 訳者一覧
 監訳者の序
 第2版の序
 初版の序
 執筆者一覧
第I部 手のスキルの基礎
 第1章 手-ものの相互関係の皮質による制御(Charlane Pehoski著/岩本壮太郎 訳)
 第2章 手の解剖学と運動学(James W.Strickland著/岩本壮太郎 訳)
 第3章 正確な握りにおける力の制御の正常および障害された発達(Ann-Christin Eliasson著/園田 徹 訳)
 第4章 手の知覚機能(Sharon A.Cermak著/田中睦英 訳)
 第5章 リーチと目と手の協調性(Birgit Rsblad著/岩城 哲 訳)
 第6章 認知と運動スキル(Ashwini K.Rao著/内藤健一 訳)
第II部 手のスキルの発達
 第7章 乳幼児の遊びの中での手のスキルの発達:出生から2年(Jane Case-Smith著/川俣直子 訳)
 第8章 乳幼児と子どものものの手指操作(Charlane Pehoski著/立石恵子 訳)
 第9章 子どもの利き手(Elke H.Kraus著/太田栄次 訳)
 第10章 セルフケアと手のスキル(Anne Henderson著/岩城 哲 訳)
 第11章 書字・描画スキルの発達(Jenny Ziviani,Margaret Wallen著/飯干紀代子 訳)
第III部 治療的介入
 第12章 手のスキルに問題のある子どもへの介入(Charlotte E.Exner著/岩城 哲 訳)
 第13章 就学前児のための巧緻動作プログラム(Carol Anne Myers著/岩城 哲 訳)
 第14章 書字動作の評価(Scott D.Tomchek,Colleen M.Schneck著/岩城 哲 訳)
 第15章 書字動作教授の原理と実践(Mary Benbow著/山田弘幸 訳)
 第16章 脳性麻痺における上肢への介入:神経発達学的アプローチ(Laura K.Vogtle著/柚木雅志 訳)
 第17章 小児のハンドセラピー(Dorit Haenosh Aaron著/川俣陽圭 訳)
 第18章 子どもの上肢のスプリンティング(Kimberly Brace Granhaug著/立石修康 訳)
 第19章 手の機能を促すための介入の効果(Jane Case-Smith著/岩城 哲 訳)

 用語集