やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 長年,病院と在宅訪問で呼吸療法を実践してきた著者が,在宅で生活している呼吸器疾患の方への治療などをわかりやすく,実践的,具体的かつ論理的にまとめています.
 たとえば,「肺気腫では呼吸苦を感じて動作を中止してから回復するのに2〜3分かかる」,「排便後の立ち上がりまでに2分以上休憩して」などと具体的な数字で,「健康人では一日呼吸をするのに36〜72kcalしか必要でないが,慢性呼吸不全患者では430〜720kcalと約10倍のカロリーを要する」,「低栄養を避ける食事では,II型呼吸不全では炭水化物の代わりに脂質を多く摂取する」と論理的に食事摂取の注意点を説いています.
 そして,臥床でのリラクゼーションの方法,玄関での靴の着脱の工夫,などちょっとしたヒントも随所にちりばめられています.
 労作性呼吸苦を軽減するために,正常時の感覚では呼気をとめて動作を行う傾向がありますが,「呼吸と動作の同調」を頻回に強調し,「呼吸苦=酸素が足りない」と短絡的になりがちなところを「高炭酸ガス血症に陥る」点に注意を向けるよう説いています.
 自宅で暮らしていると,本人の自己管理に任せられる部分は大きく,自己流に陥る傾向があるので,そうならないよう,要所で具体的に注意を促しています.
 そして,技術的に聴診,打診の重要性,スクイージングなどの治療方法を具体的に,かつ論理的背景となる基礎知識を体系的に説明しています.
 さらに,臨床に即して屋外レベル,屋内レベル,臥床レベルに分けた呼吸器疾患の代表例を提示して,どこに注目し評価,治療したらよいかの内容と同時に,「一般のリハビリテーションのイメージは『歩行すること』が目標となりやすいが,本来歩行は移動するための手段であるので,目標は『昼食だけでも食堂で食べる』の方が妥当」と日常生活のなかでの動きを具体的に提起しています.理学療法士としての力(理論,治療,助言など)が随所に発揮され,理学療法士という職種が独立する時代が近いことを予感させられます.
 ところで,高齢者および障害者のなかには,病院ではなく自宅で暮らす人々が増加しています.筆者が訪問している人々には,慢性呼吸不全で酸素を吸入している人,パーキンソン病で頸部,胸郭が固くなっている人,高齢で誤嚥性肺炎にかかりやすい人,など呼吸器系の病気を伴う様々な疾患をもつ人々が多くいます.
 そのような人々を前にどう対応したらよいか,筆者のような医師だけでなく多くの人が悩んでいると思われます.このような時期に本著が発刊され,在宅リハビリテーションの経験豊富な著者による呼吸器疾患のある人への評価の方法,治療方法,本人,家族への説明の仕方などは参考になることが多く,しかもポケットサイズになっているので,携帯できて日常的に困ったときに気軽に読み返せるのも魅力的です.
 呼吸療法の実践的治療をしている理学療法士,作業療法士はもちろん,呼吸器疾患で悩んでいる当事者,家族,彼らに関わり現場で苦労している医師,看護師,介護職などにぜひ読んでいただきたい書であります.
 2010年1月
 桜新町リハビリテーションクリニック
 長谷川 幹

まえがき
 本書は呼吸器疾患患者の訪問治療,もしくは慢性期病棟で治療を行うときに参考にしていただくことを目的にまとめました.訪問で関わる呼吸器疾患の方は,当然慢性呼吸不全患者の場合が多くなります.しかし各呼吸リハビリテーションの指導書は急性疾患を踏まえて記載されていることが多いため,訪問の現場では入院や外来時に行う呼吸リハビリテーションと同様の内容では受け入れられなかった経験があります.急性期に対してと慢性期に対してでは,行う内容の重み付けが異なっているからです.
 病院では我々の「場所」に患者(利用者)様が入ってくるために,呼吸苦が伴うこと,内容を十分理解していないことでも行ってくれますが,在宅では患者(利用者)様の「場所」に我々が入ってゆくので,意にそぐわないことは行ってくれません.病院のように24時間医療従事者が管理することもできないため,強制することも困難です.現在の病態に体が順応しようとするため,急性期にはみられない慢性期ならではの特徴も多くみられ,在宅という環境も影響し,急性期と同様な指導では非効果的となってしまう場合もあります.
 訪問指導における呼吸リハビリテーションでは,呼吸法と体操,筋力強化を主に指導している話をよく聞きますが,それが果たして在宅指導に適しているのかどうかに疑問をもちます.
 たとえば,リウマチの患者様が在宅で暮らす場合,訪問リハで提供するのは関節可動域練習や筋力強化も当然必要ですが,ADLの改善,生活範囲の拡大のために多くの指導時間を割きます.便器から立ち上がれないような場合には,筋力強化をして遠い将来に可能になる指導よりも,「手すりの検討」「便座の補高」など具体的な生活改善を図り,日常生活を円滑に送れるようにします.それが活動範囲の拡大につながり,廃用症状の予防や改善につながるように指導します.
 呼吸器疾患も同様ではないでしょうか.呼吸体操や筋力強化,排痰手技等も当然大切ですが,楽に動く方法を指導することが最優先すべき指導内容と思います.日常生活の活動範囲を確保しておくことが運動療法につながると考えます.そのために現在生活を行っている在宅(施設でも同様ですが)というフィールドを有効に使い,呼吸と同調した生活動作指導,つかまる場所や休憩を入れるタイミング,福祉用具や改造指導を行うことで活動範囲を維持し,体操を行うことではなく,生活を行うことで廃用症状を予防,改善させることが大切です.当たり前のことですが生活で活動範囲が確保できていて,それでは活動量が少ない場合には,筋力強化などを積極的に行うことは重要です.機能レベルに合わせて検討してください.
 本書は,呼吸器疾患に対してあらゆる評価,手技をまとめたものではなく,訪問指導を行うさいに最低限必要な内容や上記のような考え方に基づきまとめたものなので,訪問リハで呼吸器疾患の方に対応されるさいにはぜひ携帯し,治療の参考にしていただければ幸いと思っております.
 2010年1月
 日産厚生会玉川病院リハビリテーション科 理学療法士
 千葉哲也
 推薦のことば(長谷 幹)
 まえがき
1 訪問開始前の準備
 1-情報収集
 2-訪問時の持ち物
2 訪問時の評価
 フィジカルアセスメント
  1.視診・触診 2.聴診 3.打診 4.その他の評価
3 訪問時の治療
 1-コンディショニング
  (1)姿勢修正 (2)リラクゼーション (3)呼吸法 (4)呼吸訓練機/ (5)呼吸筋体操 (6)呼吸補助筋のストレッチングやマッサージ (7)脊椎関節の可動性を出すためのストレッチ
 2-運動療法
  (1)筋力強化 (2)動作方法(呼吸と動作の同調) (3)日常生活動作指導
 3-気道クリアランス
  (1)体位排痰法 (2)percussion (3)squeezing・呼吸介助法 (4)吸引手技
4 日常生活動作,住宅改修のアドバイス
 1.排泄・トイレ 2.入浴・浴室 3.歩行・廊下 4.食事・食卓 5.洗面・洗面所 6.階段 7.玄関
5 呼吸器疾患に対しての基礎知識
 1.呼吸とは 2.呼吸器とは 3.気管支の働き 4.肺胞の働き 5.呼吸筋の解剖 6.I型呼吸不全 7.II型呼吸不全 8.閉塞性換気障害 9.拘束性換気障害 10.酸素療法 11.薬物療法
6 慢性呼吸不全の特徴
 1.肺機能検査 2.加齢による呼吸器への影響 3.喫煙による呼吸器への影響 4.身体障害と内部障害の相違点 5.高次脳機能障害 6.側臥位への恐怖 7.在宅人工呼吸(HMV) 8.福祉サービス
7 具体的な治療の進め方
 症例1 肺気腫であるが,外出が可能な症例
  1-評価
  2-治療
 症例2 I型呼吸不全で屋内移動を何とか自力で行っている症例
  1-評価
  2-治療
 症例3 呼吸困難感が強く,屋内移動が何とか可能である症例
  1-評価
  2-治療
 症例4 痰が多く,臥床中心,人工呼吸器装着の症例
  1-評価
  2-治療
8 Q&A
 Q1 呼吸体操を指導してもなかなか行ってくれません.
 Q2 スクイージングがうまくできません.強く行うと肋骨が折れそうで不安です.
 Q3 呼吸苦が強くて自分で酸素流量を変更してしまいます.
 Q4 上肢を固定すると,なぜ呼吸苦が軽減するのでしょうか?
 Q5 スクイージングと呼吸介助法は何が違うのですか?

 索引