やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序
 日本をはじめとする先進諸国では,高齢者の保健医療福祉に関する諸問題が重要課題として取り上げられている.オーストラリアでは,1985年,高齢者ケアに関する施策の基本方針が「施設収容型の介護」から「地域ケア重視の制度」へと大きく転換され,その後,順調に成果をあげて来ている.わが国が公的介護保険制度の導入を検討する際,国民1人当りの医療費と国民所得との関係や高齢者人口比率などの点で最も実情が近いとされていることから,こうしたオーストラリアの高齢者ケアシステムがモデルにされたという経緯もある.このように,高齢者ケアで一歩先を行くオーストラリアのシステムと,そこにおける実践活動から学ぶべきことは多い.
 本書は,こうしたオーストラリアにおける高齢者ケアを理学療法士の立場から実践しているMeg MorrisとAdrian Schooによって編集された.彼らが一貫して持ち続けているのは,実践の積み重ねからエビデンスを構築し,それに基づいて実践の理論的裏づけを確立し,さらに洗練された実践を展開して行くという姿勢である.筆者は,1998年,オーストラリアに留学した際,Meg Morrisのもとでこうしたポリシーに基づいたインタープロフェッショナルな高齢者ケアを垣間見てきた.
 運動や体操を規則的に励行することは健康やQOLを高めるうえで重要であり,それは老年期においても例外ではないだろうということは衆目の一致するところと思われる.本書では,そうした老年期における身体活動の有効性について包括的なエビデンスが提示されている.そして,高齢者の健康に関する最新の知見やガイドラインについて言及し,さまざまな障害を持った高齢者のニーズや,最適な治療方法についても示されている.さらに,高齢者のための運動療法やトレーニング方法に関する“エビデンスに基づいたアプローチ”を明解に分かりやすく例示するとともに,実用的な実践方法についても紹介されている.こうした点が本書の最大の特徴といえよう.
 具体的な内容としては,高齢者が運動や体操を行う際の注意と禁忌事項,高齢者に対する筋力強化の効果,骨粗鬆症・変形性関節症・糖尿病性の筋力低下・足部の障害・骨折などへの取り組み,二重課題の悪影響とその克服方法などが盛り込まれており,理学療法士や作業療法士をはじめとして,健康運動指導士,保健師,看護師,一般開業医,そしてそれぞれの分野の学生など,高齢者ケアに関わるすべての人にとって貴重な情報が提供されている.
 本書の翻訳を始めたのは2005年の初夏であったが,用語や表現の統一といった編集作業が難航し,出版に至るまで実に3年という期間を費やしてしまった.この間,木村真由美,金沢善智,秋元博之の3氏の転出など翻訳分担者にも異動があり,新たなスタッフとなった藤田俊文,赤池あらた,成田大一の3氏には校正作業を引き受けて頂いた.
 このようにして多くの方々のご協力により,この「エビデンスに基づく高齢者の理想的な運動プログラム」というすばらしい実践の書の日本語版を上梓することができた.これまでお力添え頂いた方々に深く感謝するとともに厚くお礼申し上げる.
 2008年7月
 對馬 均
 監訳者の序
 原著者一覧
序論 高齢化する人々に必要な身体活動,運動そして健康
 文献
第1章 高齢者にとっての身体活動の健康上の利点─エビデンスへの疫学的アプローチ
  Adrian Bauman(若山佐一)
 身体活動の健康上の利点解明のために使われる疫学的方法のレビュー
 活動的になる健康上の利益のための概念モデル
 身体活動の生理学的影響
 高齢者における心血管系疾患および慢性疾患の予防
 身体活動,筋骨格系障害と転倒予防
 身体活動とQOL,機能的状態および改善された精神衛生
 記述疫学の利用-いかにして高齢者を活動的にするか
 要約と結論-疫学の役割
 文献
第2章 活動的なおばあちゃん:高齢女性における身体活動の利点と障害,そして最善の改善方法
  Wendy J Brown and Christina Lee(岩田 学)
 なぜ高齢女性の身体活動を促進させるのか?
 身体活動と健康な高齢女性
 高齢女性の身体活動に対する理解
 高齢女性への身体活動介入の効果
 結論
 文献
第3章 医療専門職が高齢者の身体活動や運動練習を促進するには
  Colette Browning, David Menzies and Shane Thomas(岩田 学)
 健康行動変容のモデル
 自己管理
 臨床と地域における高齢者の身体活動と運動練習遵守の促進
 高齢者への身体活動介入のデザイン
 結論
 文献
第4章 高齢化する労働者の運動と健康
  John Carlson and Geraldine Naughton(對馬 均)
 運動不足
 傷害
 職場と身体活動
 職場における運動プログラムの成功例
 結論
 文献
第5章 活動的生活様式を維持するうえでの生体力学的および神経筋的な考慮点
  Bruce Elliott,David Lioyd and Tim Ackland(石田水里)
 はじめに
 身体活動と骨粗鬆症
 身体活動と変形性関節症
 術前・術後の身体活動
 転倒予防
 要約
 文献
第6章 骨粗鬆症のリスクを減じるための運動と食事の方法
  Shona L Bass, Caryl Nowson,Robin M Daly(金沢善智)
 はじめに
 骨粗鬆症の予防における運動練習の役割
 骨粗鬆症の予防における食事の役割
 文献
第7章 高齢者のための筋力強化
  Karen J Dodd, Nicholas F Taylor and Scott Bradley(對馬 均)
 はじめに
 研究の特定と抽出
 研究の質
 プログラムの内容
 環境要因
 個人的要因
 筋力トレーニングの逆効果
 身体機能の変化
 身体構造の変化
 活動面の変化
 社会参加面での変化
 結論
 文献
第8章 高齢者における筋機能の減退-運動による損失の修復
  Dennis R Taaffe(石川 玲)
 筋量,筋機能,身体能力における変化
 筋の量と機能に加齢変化をもたらす因子
 筋機能を回復するうえでの運動の役割
 運動処方
 結論
 文献
第9章 高齢者の骨折後リハビリテーションのための運動療法ガイドライン
  Nicholas F Taylor and Tania Pizzari(秋元博之)
 はじめに
 骨折した高齢者のための運動処方ガイドライン
 骨折後の可動域の改善
 骨折後の筋力増強運動
 結論
 文献
第10章 変形性関節症患者の身体活動と運動
  Adrian MM Schoo and Meg E Morris(対馬栄輝)
 疫学,病因,症候
 変形性関節症の管理における運動療法
 臨床的推奨
 結論
 文献
第11章 高齢者において通常の身体活動や運動練習を阻害する一般的な足部障害:予防と治療
  Hylton B Menz(尾田 敦)
 はじめに
 高齢者における足部障害の有病率
 足部障害が活動性に及ぼす影響
 足部に対する加齢の影響
 一般的な足部障害とその治療
 足部障害は予防できるか?
 足部障害の治療は活動性とQOLを向上しうるか?
 結論
 文献
第12章 身体活動と転倒予防
  Keith Hill and Kate Murray(尾田 敦)
 高齢者の転倒の疫学
 転倒と骨折の外因性および内因性リスク因子
 転倒予防における筋骨格系のリスク因子の重要性
 高齢者の転倒リスクを軽減するための身体活動の選択肢
 高齢者の転倒リスクを軽減するための身体活動-エビデンス
 高齢者の転倒による骨折のリスクを軽減するための身体活動
 転倒リスクの軽減において最も重要な身体活動の特質は何か?
 転倒を減少させる身体活動プログラムを開発するための基準
 身体活動プログラムへのバランスおよび体力トレーニングの導入
 生活様式の修正
 参加と継続
 他の環境における身体活動
 要約
 文献
第13章 健常高齢者と動作障害を伴う高齢者の姿勢コントロール,動作,身体活動に対する二重課題干渉の影響
  Sandra G Brauer and Meg E Morris(對馬 均)
 はじめに
 バランス,動作,身体的活動は注意力を必要とする
 二重課題干渉に影響する要素
 健常高齢者の二重課題干渉
 バランス障害のある高齢者の二重課題干渉
 運動障害のある高齢者の二重課題干渉
 二重課題干渉の臨床評価
 高齢者において二重課題干渉を減少させるためのアプローチ
 文献
第14章 呼吸循環器系や筋骨格系の症状をもつ高齢者が運動練習を行う際の注意と禁忌
  Helen McBurney and Jill Cook(木村真由美)
 循環器系症状
 筋骨格症状
 薬物療法
 環境
 要約
 文献
第15章 高齢2型糖尿病患者に対する運動トレーニング
  Scott Bradley(吉田英樹)
 はじめに
 2型糖尿病の診断
 2型糖尿病の合併症
 2型糖尿病の病因論
 身体活動によるIGTおよび2型糖尿病の予防
 身体活動によるIGTの是正と2型糖尿病の治療
 身体活動による耐糖能改善のメカニズム
 2型糖尿病患者に対して推奨される運動練習
 運動練習のリスクと合併症
 運動練習の取り入れおよび継続に影響する諸要因
 運動練習指針の要約
 結論
 文献

 別表
 索引