やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

■監訳者の序
 筋,靭帯,骨,関節,神経などの組織・器官はそれぞれ独自の構造・機能をもつが,それらがお互いに密接に連携して機能的連合を構成したものは「筋骨格系」と呼ばれ,身体運動を担う「運動器」のバックボーンをなしている.この運動器こそが生物,とくに動物の原動力そのものであり,人はそれを活用して,起立・歩行能力を獲得し行動範囲を広げ,さらに自由になった手でものを創作・工夫することによって,次第にその能力を開発し,現在の文明・文化を創造・発展させてきた.
 運動器の障害は生活機能の破綻と直結しており,そのため運動器の保全は人生の生き甲斐や生活・人生の質(QOL)と密接に関連している.また運動器の障害は長期的で深刻な痛みや身体の機能障害をもたらす大きな原因でもあり,人々の充実した生活を阻害し,経済的・精神的負担を強いることも多い.こうしたことを踏まえ,数々の原因による運動機能障害からの解放を目指す「運動器の10年」世界運動が,2000年から地球規模で展開されている.この運動では運動器障害のよりよい治療や予防策を推進するだけでなく,市民自らが運動器の健康管理に積極的に参加するように呼びかけている.わが国でも日本整形外科学会や日本リハビリテーション医学会などの筋骨格系障害に関わる多くの学会・団体が中心となって運動が推進されている.
 本書はこうした時代的要請のなかから必然的に生まれた初めての,しかも本格的な筋骨格系に関する運動学の専門書である.著者は,米国の理学療法士であり,MilwaukeeにあるMarquette大学理学療法部助教授Neumann,D.A博士である.現在,彼は米国における運動学教育・研究の第一人者であり,強力なリーダーでもある.本書はほぼ30年にわたる彼の運動学の教育・研究の集大成であり,その意味で彼の理学療法士としての歴史そのものであるといって過言ではない.
 運動学は,筋骨格系解剖学,神経筋生理学,そしてバイオメカニクスの3つの自然科学的観点からの運動研究のことであり,人間の運動・動作を解析するために使用される「準拠の枠組み」となるものである.とくにバイオメカニクスは,力と運動の関わりをわれわれに着目させてくれる多くの科学的根拠を提供してくれる.リハビリテーション医学,とくに理学療法や作業療法は,この「準拠の枠組み」を基盤として多くの臨床的な問題を科学的に解決することができる.さらに運動学の知識を背景に,健康科学,スポーツ科学,人間工学,環境科学などさまざまな領域・分野へとその研究手法を拡大・発展させることも可能である.
 本書は,運動器障害における運動・動作分析の「準拠の枠組み」となるべく,多くのレベルの高い,しかもアップデートな筋骨格系に関する豊富な運動学的情報が研究データをもとに,カラフルで明快かつ緻密な650以上のイラストや表とともに理路整然と包括的に記述・提供されているのが大きな特長である.
 本書は大きく4部から構成されている.第1部は運動学の必須トピックス,第2部は上肢の関節,第3部は体軸骨格,そして第4部では下肢の関節を取り扱っている.第2部〜4部の四肢・体軸骨格の関節では,骨の形態,関節構造,筋と関節の相互作用という3つの大きな骨組みでほぼ統一・構成され,読者にとって各主要関節のポイントとなる運動学的知識の整理を容易にしている.また本書を通して,筋骨格系における形態学と運動・動作との密接な関連性,構造と不可分な機能との連携の重要性をより深く理解することができる.「SPECIAL FOCUS」は,その章で取り上げたテーマのなかから,読者が関心を寄せるだろうトピックスや重要事項を取り上げ,これをさらに深く,かつ詳細に掘り下げ考察するとともに,その関連情報や臨床応用例を提示することで読者の学習の便宜を図っている.また各部の終わりにはそれぞれ付録が設けてあり,とくに筋の起始や停止,神経支配が一覧・レビューできるようになっている.
 監訳にあたり,できるだけ語句や文体・語調の統一をはかり,さらに文意を損なうことなしに文章を簡潔にし,日本語としての読みやすさを優先課題とした.本文中の重要語句については訳語の後に括弧で原語を記載し,読者の勉学の便宜をはかった.また本文中の難解な専門用語や言い回しについては必要に応じ訳注を加え補足した.なお一部の訳語については適切な日本語がみあたらず,原語とともに監訳者なりの日本語訳を記載した点をお許しいただきたい.誤訳や不適切な語句があれば広くご教示願えれば幸いである.
 最後に本書出版に労をいとわれなかった医歯薬出版株式会社編集担当者に深甚なる謝意を表する.
 2005年4月
 監訳者
 嶋田智明
 平田総一郎
 ・監訳者の序
 ・著者紹介
 ・共著者紹介
 ・査読者
 ・まえがき
 ・はしがき
 ・謝辞

第1部 運動学の必須トピックス
 第1章 はじめに
  トピックス一覧
  序論
   身体運動学とは何か?
  (狭義の)運動学(KINEMATICS)
   並進と回転
   骨運動
   関節包内運動
  運動力学(KINETICS)
   筋骨格系の力
   筋骨格系のトルク
   筋と関節の相互作用
   筋骨格系のてこ
  付録
  まとめ
  文献
 第2章 関節の基本的構造と機能
  トピックス一覧
  はじめに
  関節の分類と記述
   解剖学的構造と運動能力に基づいた関節の分類
   機械学的相似に基づいた滑膜性関節の分類
   滑膜性関節の分類の単純化:卵型と鞍関節
  回転軸
  関節内の結合組織を構成する生物学的素材
   線維
   素地となる物質
   細胞
  関節構成体を形成する結合組織のタイプ
   密で不規則な結合組織
   関節軟骨
   線維軟骨
   骨
  加齢の効果
  不動が関節結合組織の強度に与える効果
  関節病理
  まとめ
  文献
 第3章 筋:身体における究極の力源
  トピックス一覧
  はじめに
  骨格系の安定器としての筋:与えられた長さで
  適切な力を発生させること
   筋の形態学:形状と構造
   筋の構造
   筋と腱:力の発生装置
   等尺性筋力:内的トルク-関節角度曲線の発生
  関節運動の力源としての筋:力の調節
   求心性および遠心性活動における
   力の調節:力と速度の関係
   神経系による筋の活動調節
   筋疲労
   筋電図:筋の神経活動調整をのぞく窓
  文献
 第4章 生体力学の原則
  トピックス一覧
  はじめに
  ニュートンの法則:運動分析への応用
   ニュートンの運動法則
  運動分析入門:その基礎
   生体計測
   自由身体ダイヤグラム
   力の表現
  運動分析入門:定量的分析方法
   静力学的分析
   動力学的分析
  文献
 付録I
  付録IA:人体計測データ
  付録IB:右手の法則
  付録IC:三角法の基礎
第2部 上肢
 第5章 肩複合体
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   胸骨
   鎖骨
   肩甲骨
   近位から中間部にかけての上腕骨の形態
  関節構造
   胸鎖関節
   肩鎖関節
   肩甲胸郭関節
   肩甲上腕関節
   外転時の肩の包括的運動学
  筋と関節の相互作用
   肩複合体の筋と関節の神経支配
   肩の筋の作用
   肩甲胸郭関節の筋
   腕を挙上する筋
   肩を内転および伸展する筋
   肩の内旋と外旋筋
  文献
 第6章 肘と前腕複合体
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   中央から遠位端にかけての上腕骨
   尺骨
   橈骨
  関節構造
   第1部:肘の関節
   第2部:前腕の関節
  筋と関節の相互作用
   神経解剖の概略
   肘と前腕の筋と関節の神経支配
   肘の筋の機能
   回外筋群と回内筋群の機能
  文献
 第7章 手根
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   遠位前腕
   手根骨
   手根管
  関節構造
   関節構造および手根の靭帯
   手根の運動学
   手根不安定症
  筋と関節の相互作用
   手根の筋と関節の神経支配
   手根における筋の機能
  文献
 第8章 手
  トピックス一覧
  はじめに
  用語
  骨
   中手骨
   指節骨
   手のアーチ
  関節構造
   手根中手(CMC)関節
   母指の手根中手(CMC)関節
   中手指節(MP)関節
   指節間(IP)関節
  筋と関節の相互作用
   手の筋,皮膚,関節の神経支配
   手の筋の機能
   指の外在筋と内在筋の相互作用
  効果器としての手
   関節リウマチによる関節変形
  文献
 付録II
  パートA:上肢筋の神経髄節支配
  パートB:神経髄節(C5-T1)の機能テストのためのキーマッスル
  パートC:上肢の筋の付着と神経支配
第3部 体軸骨格
 第9章 体軸骨格:骨と関節構造
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   体軸骨格の基本的構成
  関節構造
   典型的な椎間結合
  脊柱の局所的運動学
   頭頚部
   胸部
   腰部
  脊柱で生ずる運動の要点
  仙腸関節
   解剖学的考察
   運動学
   機能的考察
  文献
 第10章 体軸骨格:筋と関節の相互作用
  トピックス一覧
  はじめに
  体幹と頭頚部に存在する筋と関節の神経支配
   前枝神経支配
   後枝神経支配
  体幹と頭頚部
   体幹と頭頚部の筋の作用
   体幹の筋-セクションI:解剖と個々の筋の作用
   体幹の筋-セクションII:筋間の機能的相互作用
   頭頚部の筋-セクションI:解剖と個々の筋の作用
   頭頚部の筋-セクションII:頭頚部に存在する筋間の機能的相互作用
  リフティングにおける生体力学的論点:
  背部損傷の軽減に焦点
   リフティング中の腰部伸展運動の筋力学
   リフティングテクニックにおける注目点
   まとめ:安全なリフティングに寄与する要因
  文献
 第11章 咀嚼と換気の運動学
  トピックス一覧
  第1部:咀嚼
   骨と歯
    局所的表面解剖
    個々の骨
    歯
   関節構造
    骨性構造
    関節円板
    関節包と靭帯構造
    骨運動
    関節包内運動
   筋と関節の相互作用
    筋と関節の神経支配
    筋の解剖と機能
   顎関節障害
  第2部:換気
   関節構造
    胸郭
    胸郭内の関節
    換気中の胸腔内容量の変化
   換気中の筋活動
    安静吸息の筋
    強制吸息の筋
    強制呼息の筋
  文献
 付録III
  パートA:体幹の筋
  パートB:頭頚部の筋
  パートC:その他:腰方形筋
  パートD:咀嚼筋
  パートE:舌骨上筋群
  パートF:舌骨下筋群
  パートG:主要呼吸筋
第4部 下肢
 第12章 股関節
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   寛骨
   大腿骨
  関節構造
   股関節の機能解剖
   骨運動
   関節包内運動
  筋と関節の相互作用
   筋と関節の神経支配
   股関節の筋機能
   股関節疾患の例
  文献
 第13章 膝関節
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   大腿骨遠位部
   脛骨と腓骨の近位部
   膝蓋骨
  関節構造
   解剖と骨の配列(アライメント)の一般的考察
   関節包とその関連構造
   脛骨大腿関節
   脛骨大腿関節の骨運動
   脛骨大腿関節の関節包内運動
   膝蓋大腿関節
   側副靭帯
   前・後十字靭帯
  筋と関節の相互作用
   筋や関節への神経支配
   膝関節の筋機能
   膝関節の異常アライメント
  文献
 第14章 足関節と足部
  トピックス一覧
  はじめに
  骨
   基本的な用語と概念
   足関節と足部を構成する骨
  関節構造
   運動と肢位に関する用語
   回転軸
   足関節に関係する関節構造と機能
   歩行の立脚相における距腿関節の漸進的な安定化
   足部と関連する関節の構造と機能
  筋と関節の相互作用
   筋と関節の神経支配
   筋の解剖と機能
  文献
 第15章 歩行の運動学
  トピックス一覧
  はじめに
  歩行分析の歴史的視点
  空間的・時間的指標
   歩行周期
   立脚相と遊脚相
  体重心の偏位と制御
   体重心の移動
   運動エネルギーと位置エネルギーの考察
  関節運動学
   矢状面の運動学
   前額面の運動学
   水平面の運動学
   体幹と上肢の運動学
   エネルギー消費を最小にするための運動学的方略
  エネルギー消費
  筋活動
   股関節
   膝関節
   足関節と足部
   体幹
  歩行の運動力学
   床反力
   圧中心の軌跡
   関節トルクと関節パワー
   関節と腱の力
  歩行障害
  文献
 付録IV
  パートA:下肢筋の神経髄節支配
  パートB:神経髄節(L2-S3)の機能テストのためのキーマッスル
  パートC:下肢の筋の付着と神経支配

 ・日本語索引
 ・外国語索引