やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 私自身,線維筋痛症の患者さんを診察する機会が徐々に増え始めたのは一五年位前からですが,実際には激しい原因不明の疼痛に苦しみ続けられた患者さんは,全国的に見てかなり以前から数多く存在していたのではないかと思います.
 診断や治療が容易でない数多いリウマチ性疾患のなかでも,線維筋痛症はきわめて多彩で特異な臨床像を呈します.一九九〇年にACR(米国リウマチ学会)から診断基準こそ発表になりましたが,その妥当性も決して十分とはいえず,現状は全身の結合組織の激しい疼痛という以外にほとんど他覚的な異常を把握できず,疾患の認知度も低いため,推定一〇〇万人といわれる患者さんたちは極めて深刻な状況におかれています.
 特に若年発症者は,疼痛と他覚所見の曖昧さから「不登校」や「いじめ」,成人では「出社拒否」や「慢性疲労」等,現在私達をとりまくさまざまな社会問題との関わりが根底にあり,この疾病の発症と密接に関わっていることが最近の調査で明らかとなってきました.原因不明の痛みによって人並みの社会生活を奪われ,周囲の無理解もあって不安と激痛に悩まされている多くの患者さんは,種々の診療科を渡り歩いています.早急な対策が必要なことは言うまでもありません.
 検査データで見ても,とくに異常な所見も見当たらないのに,ただ日夜に及び激しい痛みだけが続く.しかも,痛みさえとれれば何の問題もない,いわば「痛み」そのものが疾病なのです.症状も多彩で,重度の患者さんでは,聴診器を当てただけで激痛を訴える場合もあります.
 高度に細分化された医療システムの狭間に置き去られている疾患の一つが線維筋痛症です.私自身を含めて,線維筋痛症の患者さんの抱える問題点は,医療に関わる多くの人々に種々の問題点を提起しています.
 一方で痛みは最も重要な生体防御反応の一つです.その「痛み」が極端に過剰に発現されているのが線維筋痛症の患者さんの主な症状です.なぜこのように激しい「痛み」が全身に拡がってしまうのかを考えると,患者さんの多くが生体防御の機構に何らかの異変が起こっていることを感じます.我々の研究センターでは,「痛み」を生体防御反応の一つとして捉え,その認識のメカニズムの解明に向けて,多くのスタッフが取り組んでいますが,その成果は画期的な治療薬の開発につながるものと確信しております.
 一方,実際の臨床の現場では,リウマチ医のみならず精神医学や整形外科,心療内科,あるいはリハビリテーション科等さまざまな医師との協力が必要不可欠です.
 しかし,何よりも前に本書を手にとった方が「線維筋痛症」と呼ばれる「疾病」があり,患者さんがどんなに苦しんでおられるかという認識を持っていただければ,本書の発刊の主な目的は果たされたといっても過言ではありません.
 冒頭に述べましたように,線維筋痛症の患者さんたちは,心身共に疼痛による著しいQOLの低下を招いており,経済的にも苦しい生活を強いられています.数多くの患者さんと接しこの現状を放置できず,行政側の理解も得て少しでもその対策を推進したいと思っています.本書は患者さんや医療関係者など,多くの方々の協力により出版することができました.執筆者を代表して御礼申し上げます.
 また本書はこれまでの医学書にない斬新な構成であり,発行にあたり取材に快くご協力頂いた患者さんや先生方,そして精力的にデータを収集し再編成するのに尽力された草地,中村両氏の名を記して感謝の意を表します.
 二〇〇四年三月
 聖マリアンナ医科大学教授・難病治療研究センター長
 西岡 久寿樹
線維筋痛症とたたかう 未知の病に挑む医師と患者のメッセージ 目次

 はじめに

第一章 わが国の線維筋痛症患者の実態
 検査は異常ないのに,患者は激痛を訴え続ける
 医療から見放され,孤立無援の患者たち
 ケース1 病名が付くまでに三〇年の歳月が 線維筋痛症友の会代表 橋本裕子さん
 ケース2 うつ傾向がみられない線維筋痛症 高橋菜の子さん
 ケース3 医原性で疼痛が増悪 金子知香さん

第二章 未知のに出会った医師たち
 原因不明の「痛み」に取り組んだ歳月
 西岡久寿樹教授(聖マリアンナ医科大学・難病治療研究センター長)の場合
  未知の領域の痛みへ,新たな問いが
 西海正彦医長(国立病院東京医療センター内科)の場合
  痛みからみるか,疲労感からみるか
 松本美富士教授(山梨県立看護大学短期大学部人間・健康科学)の場合
  ACRの定義に一致した瞬間
 行岡正雄院長(行岡医学研究会行岡病院理事長)の場合
  整形外科医が出会った線維筋痛症
 浦野房三医長(厚生連篠ノ井総合病院リウマチ膠原センター・リウマチ科)の場合
  数年来の疑問
 村上正人科長(日本大学医学部内科講師・同大附属板橋病院心療内科)の場合
  裏づけのない痛みを持った患者と出会う

第三章 線維筋痛症の診断と治療へのアプローチ
 線維筋痛症研究の歴史
 臨床症状
  1.筋・骨格系症状
  2.筋・骨格系外症状
 臨床症状の出現頻度
 米国における疫学調査
 カナダにおける疫学調査
 わが国の疫学調査
  1.二つの研究班による共同疫学調査
  2.調査方法
  3.中間結果報告
 検査方法
 検査所見
  1.一般検査では異常なし 抗核抗体は弱陽性
  2.軽度の低補体血症
 病型
  1.一次性線維筋痛症と二次性線維筋痛症
  2.急性発症型
 診断
 鑑別診断
  1.慢性疲労症候群と線維筋痛症は同じ疾患か
  2.全身性エリテマトーデスとの鑑別診断
  3.精神疾患との鑑別の重要性
  4.整形外科における鑑別診断
 病因
  1.中枢部位脊髄および脳の異常
  2.遺伝
  3.心理社会的要因と外傷・手術歴
 治療
  1.まず患者と周囲の人々に対する啓発・教育を
  2.他科との連携による治療
  3.薬物療法
  4.非薬物療法
 予後
  1.線維筋痛症患者のQOL
  2.線維筋痛症の予後と経過

第四章 これからの患者支援のあり方
 医療関係者への認知が最優先
 患者のシンプルな願いとは
 急がれるコメディカルの教育
 必要な人に必要な公的支援を
 患者とどう向き合うか
 専門医たちが患者に情報を発信しはじめた
 引用文献

あとがき