やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

上梓に寄せて

 昭和大学薬学部生薬学・植物薬品化学教授
 伊田喜光

 小太郎漢方製薬株式会社の雑誌「漢方研究」に生薬の解説がのせられているのを知ったのはそれほど古いことではない.モノグラフ形式のおもしろい記事だとは感じたが,もっぱら生薬の成分が最大の関心事で,元来無精な私は執筆者にまで気をまわさなかった.執筆者が鳥居塚和生氏であることを知ったのは,恥ずかしいことに,「生薬の成分研究をするからには日本の伝統文化と化している漢方にも目を向けないといけない」と彼を助教授に迎えてからである.
 鳥居塚氏は,千葉大学薬学部時代から漢方に親しみ,漢方に関して古典から最新の科学的研究までをコツコツと調査しながら,一方では漢方の薬理学的側面を天然物化学的手法をも取り入れながら,生薬・漢方薬に関する研究を続けてこられた.
 そうした彼から数十部にのぼる別冊を頂戴したのは,彼がようやく研究室に慣れたころのことだったと思う.入念に調べ上げられた生薬の薬理活性を中心に,その来歴から漢方における臨床応用までがキチンとまとめ上げられていた.研究のかたわら,こうした努力を6年もの間続けてきた氏の努力には素直に頭が下がるものを感じた.その一部ではあるが,「モノグラフ 生薬の薬効・薬理」として上梓されるに至ったことは誠に喜ばしい限りである.
 上梓にあたって,富山医科薬科大学副学長・病院長の寺澤捷年先生とともに監修をお願いされた.しかし,浅学非才な私にとっては字句の訂正が精一杯であり,勉強させられることのみに終始した感が強く,監修の責からはほど遠い.
 本書は,50個の生薬についてではあるが,その一つひとつについて故事来歴をはじめ,最近の研究成果や臨床面における漢方処方の薬理を中心として丹念に記述されたもので,既存の生薬関連専門書にはみられない特長をもっている.特に,漢方に関心をもつ医師や薬剤師にとっては座右の書の一つに加えられるに違いない.

監修のことば

 富山医科薬科大学副学長・病院長
 寺澤捷年

 わが国の伝統医学である「漢方医学」に対する国民の期待は,年々,高まっている.昭和51年(1976年)に医療用漢方製剤が健康保険に大幅に採用されたが,これによって漢方医学の治療手段が標準化され,普遍的なものとなった.
 このような国民の要請を背景に,医学・薬学教育にも新たな動きが起こっている.すなわちコア・カリキュラムの策定である.平成14年度からスタートした医学教育コア・カリキュラムには,「和漢薬を概説できる」が明記され,医師になるための必須の知識として位置づけられた.また薬学教育コア・カリキュラムにも,漢方医学の基本概念,漢方製剤とその構成生薬に関する知識をもつことが組み入れられている.
 ここで問題となるのは,このコア・カリキュラムに対応したテキストの作製である.社団法人・日本東洋医学会では,「漢方医学入門」を平成14年に出版し,これに対応したところである.しかし「漢方医学入門」は,コアとなる事項を概説したものであり,生薬に関する記述は簡略なものとなっている.
 このたび畏友・鳥居塚和生君が「生薬の薬効・薬理」を出版することになったが,本書は薬学教育・医学教育のコア・カリキュラムの教材として,誠にふさわしいもので,時宜を得た出版であると考えている.
 本書の特色は,生薬の薬効についての伝統的・古典的理解についてきっちりと記述し,しかも最近の化学的・薬理学的研究について網羅している点であろう.漢方医学の基本的概念を修得し,しかも化学的研究にも精進している鳥居塚君の他にはなしえない作業である.
 編著者・鳥居塚君は,千葉大学薬学部の卒業で,生薬学の大学院(修士課程)を修了しているが,学生時代から東洋医学研究会に所属し,漢方医学の基本を学んだ私の仲間である.このご縁で,私どもが富山医科薬科大学附属病院に和漢診療部を立ち上げたときに,病院薬剤師として尽力してくれた大恩人である.その後,同君は,北里研究所・東洋医学総合研究所を経て現職にある.この経歴は,同君が漢方医学の基本的概念をしっかりともった生薬学者であることを示すに十分であろう.
 本書の原型は,「漢方研究」誌(小太郎漢方製薬)に連載されたものであるが,これをぜひ,単行本にするように勧めたのが私であり,こうして監修の栄に浴している次第である.本書の出版を心より祝し,監修の言葉としたい.

自 序

 『漢方処方は複数の生薬の組み合わせからなる複合剤であるが,単なる寄せ集めではなく組み合わせのいかんによって使用目標が異なったり,思いがけない作用が出現することがある.すなわち方剤として一つの人格ともいうべき“方格”を備えているといわれている.
 このようなことは臨床家のみならず基礎研究の面でも経験することがある.実験動物など正常の状態では作用は現れないが,病的な状態になるとめざましい作用を示すことや,単一の生薬では作用がみられないものでも,複数の生薬が組み合わさることで薬効が発揮される場合がある,などである.これはオーケストラになぞられ説明する場合もある.オーケストラの広がりのあるハーモニーを生み出すためには楽器の質も演奏者の技量も優れていなくてはならない.また単に一つひとつが優れているだけでなく,個々のパートでの役割をそれぞれがきちんと果たしてこそ,まとまりのある演奏になるわけである.さらに個々の楽器の性格を正しく理解する指揮者がいて,優れたハーモニーを奏でることができるわけである.
 わが国の生薬学,天然物化学に関する研究は世界的に高い水準にあり,個々の生薬の化学成分や薬理作用が数多く報告されているが,漢方処方としての解析は必ずしも多くはない.本シリーズは,主としてオーケストラの楽器ともいうべき生薬と,それを含有する方剤の薬理学的な基礎研究を中心として概説したものである.生薬および漢方方剤の“方格”の理解の一助になれば幸いである.』
 上記は,「漢方研究」誌の1997年1月号に記載した文章である.これより毎月1つの生薬を取り上げ,生薬およびそれを含有する漢方処方に関する薬理学的な研究報告を中心に整理し,解説するシリーズを開始した.8月号と12月号は休載であるため,1年間に10生薬を取り上げたことになるが,有難いことに継続し,現在で60余回目を数えるに至った.すでに6年を経過したことになる.今回,監修いただいた伊田喜光先生,寺澤捷年先生のお勧めもあり,若干の加筆を行い,1〜50回までの生薬をモノグラフ形式にまとめたのが本書である.
 このように1冊の本としてまとめられてみると,多くの先生方が本当にたくさんの優れたご研究を発表していることに驚嘆する.それとともに,そのような先生方のご業績に支えられて,拙文を書くことができた有難さを改めて痛感した.引用させていただいた先生方のご業績に敬意を表すとともに,この場をかりて厚く御礼申し上げる.
 文章の拙さや著者の理解度の不足など,粗い箇所ばかりが目につき,当初に書いた目的などとうてい果たせていないと自責の念にかられている.ただ現時点でどのような点が研究されているのかなどを概観するには,ある程度のお役に立てるのではないかとみずからを慰めている次第である.できるだけ最新の情報を盛り込むように努めたつもりであるが,寡聞にして掌握しきれていない点や,紙面の都合から割愛した点,浅学のため正しく理解していない点も多々あると思われる.それはもとより著者の責任に帰するところであるが,原論文などを参照いただき,誤解や訂正などがあれば,ご教示,ご叱咤賜れば幸甚である.
 今回の出版にあたり,ご多忙のところ監修を快くお引き受けいただき,有益なご助言,ご指導を賜った昭和大学薬学部伊田喜光教授ならびに富山医科薬科大学 副学長・病院長寺澤捷年教授に衷心より御礼申し上げる.また昭和大学薬学部 薬用植物園の平井康昭先生のご理解とご協力をいただいた.同じく磯田 進先生には基原植物の写真を提供いただき,厚く御礼申し上げる.北里研究所東洋医学総合研究所の山田陽城先生ならびに花輪寿彦先生にも,多大のご理解とご助力を賜った.深謝申し上げる.
 「漢方研究」誌に連載の機会を与えていただいた小太郎漢方製薬の鈴木五郎 氏,編集の佐久間仁氏には,本書の制作にあたりご快諾と温かい励ましを頂戴した.改めて深甚の謝意を表したい.本書の校正などにご尽力賜った医歯薬出版の板橋辰夫氏に深く御礼申し上げる.
 平成15年4月8日
 鳥居塚和生
延胡索
黄耆
黄 ■(おうごん)
黄柏
黄連
葛根
甘草
桔梗
杏仁
桂皮
紅花
厚朴
呉茱萸
五味子
柴胡
細辛
山梔子
山茱萸
山椒
山薬
地黄
紫根
芍薬
朮(蒼朮・白朮)
生姜・乾姜
升麻
石膏
川 ■
蘇葉(紫蘇)・紫蘇子
大黄
大棗
沢瀉
知母
陳皮
当帰
桃仁
人参
麦門冬
薄荷
半夏
茯苓
附子・烏頭
防已
防風
牡丹皮
麻黄
木通
■苡仁(よくいにん)
竜胆
連翹
生薬名・方剤名索引
植物学名索引
植物和名索引

〈参 考〉
昭和大学のホームページ上の薬学部生薬学・植物薬品化学教室および薬用植物園では薬用植物の写真と簡単な解説を掲載しています.
http://www10.showa-u.ac.jp/~ppchem/
http://www10.showa-u.ac.jp/~mpgarden/