やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序

 統計学は実用的な意味で,数理統計学と応用統計学の2つに分けることができる.これらのうち,数理統計学は数学理論が中心であり,応用統計学は医学系の場合,たとえば血液成分の分析や疫学調査などで得られた数値データや順序データを,どのような方法で分析し,結果をどのように解釈すればよいかを知るためのものである.しかし両者間には,はっきりとした区別がある訳ではなく,たとえば応用統計学に与えられた理論的根拠は,数理統計学によるものであるから,応用統計学を学習するには,最小限の数学的な知識が必要になる.
 また近年パソコンの急速な普及に伴って,統計解析用ソフトウエアが安価で入手できるようになり,パソコンでデータ処理する人達がほとんどになってきた.しかし著者らは,市販ソフトウエアのプログラムに欠点があって,正答が得られなかった事例を経験している.また本邦の医学系学術論文において適切でない分析手法を用いている例が多いことを報告している.このことは,分析方法のもつ意味をよく理解していなくても,データを入力しさえすれば,パソコンが自動的に答を出してくれるという,容易な考え方に対する警告である.
 以上の理由から,著者らは本書を医学系の学生が,確実に応用統計を実行できるような統計学入門書として,近年の医学統計学の趨勢を考慮して稿を改め,改正を加えた.以下に本書を活用するための要点を述べる.
 1.「1章 統計資料の整理」:学生が初めて実験や調査を行って,データをまとめるときの参考にしていただきたい.
 2.「2章 度数分布の特徴」:本書を含めて,すべての統計書を読む際に必要な統計用語の説明が中心になっている.統計学を理解するためには,繰り返し読む必要があろう.
 3.「3章 確率と確率分布,4章 標本分布」:数理統計学および応用統計学を学習するうえでもっとも必要な正規分布,χ↑2↑分布,t分布などの要点を説明した.熟読されることを望む.
 4.「5章 回帰と相関」:主に身長と体重との関係のような,2変量問題を取り上げた.2変量問題は,3変量,4変重,…,多変量問題へと展開されてゆく入口にあたる.この章では,相関係数や回帰係数のもつ意味を,十分に理解しておく必要がある.
 5.「6章 推定,7章 検定」:数値データの基本的な分析方法の大部分は,この2つの章の中にある.本書では,とくに「検定」の一層の充実を計る目的で,この章を初版よりも大幅に追加した.“検定ができなくて,他人に統計学を学習してきたといってはならない”といわれるほど,重要な部分である.この2つの章は,何度も学習を繰り返して,完全に身に付けておくようにしていただきたい.
 6.「8章 分散分析〜10章 標本調査法」:統計学入門の域をやや超えてはいるが,7章までの学習を終えていれば,内容の理解はそれほど難しいものではない.一層の研鑽を期待する.
 なお 巻末 注釈1では,日本規格協会の統計用実験セットによる,有限母集団の中心極限定理証明のための実験方法を紹介した.ただし,標準誤差(SE)の計算には,非復元抽出のものを用いたので,結果に若干の誤差がみられる.巻末 注釈2は,ある大学の研究室から依頼された,検定法による標本分布の正規性の証明方法である.参考にされたい.
 2002年10月
 著 者



 本書は,大学その他で行ってきた講義内容を,主に医学,看護学,栄養学および保健学領域の学生を対象にまとめたものである.
 一般に統計関係書は,数理統計学者が著したものでは一般的,抽象的説明に終始しがちであり,逆に応用統計学者が著したものでは,基本的な統計理論が省略され,いきなり例題から入るものが多い.しかしながら応用統計であっても,問題の解説を急ぐあまり統計理論を軽視して,直感または経験だけに頼って統計公式の機械的当てはめを行っているようでは,誤った結論を提示する危険性が大きい.本書では以上の点を考慮して,統計公式の理解に重点をおき,最小限必要な統計理論をこれに加えることにした.
 統計学の講義は,カリキュラムの都合上,一般教養科目のなかに組み込まれ,期間も半年または1年間としているところが多い.このような限られた時間に加え,高等学校卒業程度の数学的知識を有する学生が多いと考えて,統計学の学習上必要な基礎学力の基準を,高等学校の確率・統計および微分・積分において執筆した.ただし確率は,高等学校によっては履修の終えていないところもあるので,復習程度の内容とし,微分,積分についても,それぞれの概念が把握できていれば,十分に学習可能な内容とした.
 内容の構成は「統計資料の整理」に始まり「標本調査法」で結んだ.統計学を初めて学ぶ場合には,できるだけ順序どおり学習することが望ましいが,学生がある程度統計学の基礎知識を有する場合には,途中から学習を始めてもかまわないような構成にした.
 本書の最大の目的は,医療系の各分野でそれぞれの学生が,将来直面するであろう統計データの解析ができるようになることである.また,近年はコンピュータが普及し,多くの人が容易に大量データの解析を行うことができるようになった.しかし,途中の計算過程がブラックボックスになっているために,出力結果をどう解釈して良いかわからないという声もよく聞く.そのためには,できるだけ多くの練習問題を解き,統計学の考え方に馴れておく必要があろう.本書では,各章の終わりの部分に演習問題を用意しておいたが,これだけでは十分とはいえず,学生自らがデータを参考にして問題を作成し,これを解いてみる態度が望まれる.
 とはいうものの,統計学に対する意欲を削ぐ最大の原因は,計算の量と煩雑さにある.この問題の1つの解決手段として,統計用関数電卓(以下,関数電卓)やパソコンの表計算ソフトの利用がある.これらの使用によって平均値,標準偏差,相関係数などは,データを入力するだけで答えが得られるからである.また,普通の4則計算用電卓では,統計計算に必要な対数や累乗計算は不可能であり,加えて桁数も不足である.以上の理由から統計学の学習には,是非,関数電卓などの使用をお奨めする.
 最後にあたり,本書が読者にとってよりよき教科書,参考書としての価値をもってもらいたいと願うとともに,より多くの読者からご意見,ご指摘などいただければ望外の喜びである.
 なお,1章から7章-1-1までは佐藤敏雄が,7章-1-2から10章までは村松 宰がそれぞれ執筆を担当した.
 1995年4月
 著 者
1章 統計資料の整理
1-1 統計集団とデータ
1-2 統計表の作成
1-3 統計図表
 1-3-1 集団の質的構造をみるための図表
 1-3-2 集団の量的構造をみるための図表
 1-3-3 時系列的傾向をみるための図表
2章 度数分布の特徴
2-1 度数分布表
2-2 分布の特性値
2-2-1 代表値
2-2-2 散布度
2-2-3 分布の形
3章 確率と確率分布
3-1 確率と事象
 3-1-1 確率の概念
 3-1-2 事象と事象の計算
 3-1-3 確率の基礎定理
3-2 確率分布
 3-2-1 2項定理
 3-2-2 2項分布
 3-2-3 負の2項分布
 3-2-4 ポアソン分布
 3-2-5 多項分布
 3-2-6 一様分布
 3-2-7 正規分布
 3-2-8 対数正規分布
4章 標本分布
4-1 標本平均と標本分散の分布
 4-1-1 標本平均の分布
 4-1-2 標本分散
4-2 χ↑2↑ 分布(標本分散の分布)
4-3 t分布
4-4 F分布
5章 回帰と相関
5-1 単回帰
 5-1-1 回帰方程式
 5-1-2 回帰係数の推定
 5-1-3 回帰直線の信頼幅
 5-1-4 回帰直線による観測値 yの予測域
5-2 単相関
 5-2-1 相関関係
 5-2-2 相関係数
 5-2-3 順位相関係数
5-3 重回帰と相関関係
 5-3-1 重回帰方程式
 5-3-2 重相関係数
 5-3-3 偏相関係数
6章 推 定
6-1 点推定
 6-1-1 不偏推定量と不偏推定値
 6-1-2 一致推定量
 6-1-3 有効推定量
 6-1-4 最尤法(最尤推定法)
6-2 区間推定法
 6-2-1 信頼係数と信頼区間
 6-2-2 母平均μ の区間推定
 6-2-3 2組の正規母集団における母平均μ↓1↓,μ↓2↓ の差の区間推定
 6-2-4 母比率の区間推定
 6-2-5 母分散の区間推定
 6-2-6 母分散比の区間推定
 6-2-7 ポアソン分布の母数 λ の区間推定
 6-2-8 オッズ比ORの区間推定
7章 検 定
7-1 仮説検定
 7-1-1 仮説検定の考え方と方法
 7-1-2 検定の検出力と β の計算
7-2 適合度の検定
 7-2-1 母集団分布の母数が既知の場合
 7-2-2 母集団分布の母数が未知の場合
7-3 独立性の検定
 7-3-1 2×2分割表
 7-3-2 Fisherの直接確率法
 7-3-3 分布の同一性の検定
 7-3-4 マクネマー(McNemar)の検定
 7-3-5 分割表の検定方式
7-4 母平均に関する検定
 7-4-1 母分散が既知の場合の母平均の検定
 7-4-2 母分散が未知の場合
7-5 母平均の差に関する検定
 7-5-1 2標本が独立で母分散が既知の場合
 7-5-2 2標本が独立で母分散が未知の場合(対応がない場合)
 7-5-3 2標本間に対応がある場合
7-6 母分散に関する検定
 7-6-1 母平均が既知の場合
 7-6-2 母平均が未知の場合
7-7 母比率の検定
 7-7-1 母比率と標本比率との差の検定
 7-7-2 母比率の差の検定
7-8 相関係数の検定
 7-8-1 無相関の検定(ρ=0)
 7-8-2 標本相関係数(r)と母相関係数(ρ)の差の検定
 7-8-3 2つの標本相関係数の差の検定
7-9 グラブス-スミルノフの棄却検定法
7-10 オッズ比の検定
7-11 データの種類別にみた検定の適用方法
8章 分散分析
8-1 分散分析の考え方
8-2 一元配置法
 8-2-1 一元配置法のモデル
 8-2-2 一元配置分散分析法
 8-2-3 有意の場合の群間比較による検定
8-3 二元配置法
 8-3-1 二元配置分散分析法
 8-3-2 二元配置法のモデル
8-4 クラスカル―ウォリス検定
8-5 実験計画法の基本的な考え方
9章 ノンパラメトリック検定
9-1 ノンパラメトリック検定
9-2 ノンパラメトリック検定の基本的な考え方
9-3 対応がない場合の2標本の代表値の差の検定
 9-3-1 コロモゴロフ-スミルノフの検定
 9-3-2 マン-ホイットニー検定
 9-3-3 メディアン検定
 9-3-4 ランによるテスト
9-4 対応がある場合の2標本の代表値の差の検定
 9-4-1 ウィルコクソン符号付順位和検定
 9-4-2 符号検定
10章 標本調査法
10-1 標本調査法の基本的な考え方
 10-1-1 目的集団(対象集団)
 10-1-2 無作為抽出法と有意抽出法
10-2 標本抽出法
 10-2-1 無作為抽出の基本的方法
 10-2-2 乱数表による標本抽出の方法
 10-2-3 単純無作為抽出法の適用限界
 10-2-4 系統抽出法
 10-2-5 層別任意抽出法
10-3 標本数の決め方
 10-3-1 推定の精度
 10-3-2 母平均の推定
 10-3-3 母比率の推定
 10-3-4 1標本の場合の標本数の決め方
 10-3-5 2標本の場合の標本数の決め方
 10-3-6 比率の差の検定(χ↑2↑ 分布による場合)
 10-3-7 比率の差の検定(正規分布による場合)

演習問題解答
注釈1) 実験用具による中心極限定理の証明
注釈2) 標本集団の正規性についての正規分布検定
付表
 付表1 標準正規分布の上側確率
 付表2 χ↑2↑ 分布の α 点
 付表3 t分布の α 点
 付表4-1 F分布の α 点(α=0.050)
 付表4-2 F分布の α 点(α=0.025)
 付表4-3 F分布の α 点(α=0.010)
 付表4-4 F分布の α 点(α=0.005)
 付表5 相関係数の α 点(p=0)
 付表6 順位相関係数の α 点(1)―スピアマンの順位相関
 t表7 順位相関係数の α 点(2)―ケンドールの順位相関
 付表8 飛び離れたデータのGrubbs-Smirnov棄却検定のTn(α)の値
 付表9-1 Kolmogorov-Smirnov検定 1標本検定
 付表9-2 Kolmogorov-Smirnov検定 2標本検定
 付表9-3 Kolmogorov-Smirnov検定 2標本(両側検定)
 付表10 符号検定表
 付表11 1標本連検定法
 付表12 Mann-WhitneyのU-検定法
 付表13 Wilcoxonの符号付順位和検定のTα の値

 索引