やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに

 漢方は,1800年前に成立した医学体系です.これを,古くさいものと感じる人もいるでしょう.しかし,1800年の長きにわたり連綿として受け継がれてきたということは,この医学に一定の価値を見いだしている人がいるからにほかなりません.多くの漢方書は,「この症状には○○湯を使う」と書かれています.しかし,これでは漢方医学の真のすばらしさを伝えることはできません.姉妹篇である『これであなたも漢方通』や本書では,漢方医学の根底に根ざす「精神」や「考え方」について書いてみました.漢方医学の究極の目的は「未病(みびょう)を治(す)」ことです.漢方の原型を作った張仲景は,「病気になってから治療するのではなく,病気にならない身体づくりをすることが名医のなすべき仕事である」と述べています.周王朝の身分制度を記した『周礼(しゅらい)』にも,医師の中で最も身分が高いのは食事指導をして病気にならない身体にする食医で,病気になってから治療する内科医や外科医の身分は低いとされています.このように,漢方医学は予防を重視してきました.これが現代の「医食同源」や「薬食同源」という考えにつながっています.抗生物質の開発により,現在医学は飛躍的な進歩を遂げました.しかし,病気にならないための方策は示されていません.漢方医学には身体を守る薬が数多くあります.ディフェンスの医学としての漢方も堪能していただければ幸いです.

本書を利用するにあたって

 前著『これであなたも漢方通』は,漢方医学の考え方に重点を置いた総論として,本書はその考えを実践するための各論としての体裁をとっています.また,現在医学が弱いとされる慢性の疾患,特に炎症性疾患の治療に重点を置きました.予防医学としての漢方を理解していただくと,今後も漢方医学の果たす役割が大きいことを理解していただけると思います.本書は,寺澤捷年著『症例から学ぶ和漢診療学』,藤平健著『漢方臨床ノート・論考篇』・『漢方腹診講座』,北海道薬科大学漢方薬物学教室編『漢方医薬学』,中村謙介編著『傷寒論演習』,大塚敬節著『臨床応用傷寒論解説』・『金匱要略(きんきようりゃく)講話』,山本巌著『東医雑録』,矢数格著『漢方一貫堂医学』を参考にさせていただいたり引用させていただきました.これらの著作は後世に残る名著です.さらに漢方医学の理解を深めたい方は,これらの書物に進んでください.
漢方医学の考え方
 I 西洋医学と東洋医学は,まったく異なる医学体系である.漢方の診断には,漢方医学的なものさしを組み合わせる
 II 漢方医学の代表的なものさし……寒・熱,燥・湿,表・裏,虚・実,陰・陽
漢方方剤の成り立ち
 コラム 四獣神と日本
 コラム 真武湯に近い方剤
気血水による病態把握
 気
 人参湯類
 建中腸類
 コラム 白朮と蒼朮
 血
 お血
 駆お血薬の応用
 駆お血薬の病位
 月経困難症と駆お血薬
 代表的な駆お血薬
 水
 治水の代表薬・五苓散とその関連方剤
 細胞内脱水・血管内脱水
 コラム 頭痛の漢方治療
 五苓散を含むエキス剤
 下痢の漢方治療
 水滞と腹候
六病位による病態把握
 太陽病期の治療
 少陽病期の治療
 肝
 コラム 柴胡桂枝乾姜湯と加味逍遥散
 肺
 コラム 麻黄と石膏
 心下
 コラム 瀉心湯はどの方角?
 陽明病期の治療
 陰証
五行論による病態把握
 肝
 腎
 コラム 易疲労感と八味地黄丸
 腰痛
 耳鳴り
 しびれ
 脾
 便秘
 コラム 原南陽と乙字湯
疼痛疾患の漢方治療
 I 急性期と慢性期
 II 気血水
 III 芍薬
 IV 上肢と下肢
 VI 駆お血薬
 V 慢性関節リウマチの治療成績
 慢性関節リウマチに漢方薬を用いる意義
 コラム 日本人の柴胡好き
漢方一貫堂医学の世界-予防医学としての漢方-
 時代背景
 一貫堂の三大体質
 解毒証
 臓毒証……防風通聖散
 お血証……通導散
 耳鼻咽頭科と解毒薬
アトピー性皮膚炎の漢方治療
 アレルギー疾患と体表
 標治と本治
 漢方薬による入浴療法
 ステロイドの中止法
黄耆
附子
 コラム 吉益東洞と附子
服薬指導・丸剤の製法
 I 漢方薬で便が緩くなることがあることを説明しておく
 II エキス剤の服用法
 III 煎じ薬の服用法
 IV 服用時間
 V 生薬の量を考慮して,水の量を指導する
 VI 当院の薬局に寄せられた苦情
 丸剤の製法
 地域の調剤薬局との連携

 あとがき
 参考文献
 索引