やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 漢方を本格的に学んでみたいという医師や薬剤師,医薬学生,医薬関連の研究者がずいぶんと増えてきた.それにともなって,漢方の関連書籍を読んだり,講演会やセミナーに参加したり,専門施設で研修を受けたりして,漢方に関する基本的な知識を身につける機会も豊富になってきている.しかし,漢方医学には陰陽や虚実,気血水,五臓といった独自の概念や理論があるために,異国の文化を学ぶときと同じような苦労がある.実際,漢方の講演を初めて聞いたある知人は「知らない国の言葉を聞いているようだった」という感想をもらしていた.
 本書は,西洋医学という自国の言葉と文化の中で育った人に,漢方医学という異国の文化をできるだけわかりやすく解説することを目的に執筆された.疾患を診断して治療するのが西洋医学の文化だとすれば,証(=漢方医学的病態)を診断・治療するのが漢方医学の文化である.漢方医学の文化は独特だが,西洋医学の文化を否定するものではない.異国の文化を学ぶことが自国の文化を見直し,今までより視野を広げることにつながるのと同じように,漢方の考え方を学ぶことで病人をより広い視野でみることができるようになる.
 証を中心とする漢方医学の考え方は,生命活動や生体反応を陰陽や五臓といった独自の概念を使ってシステム論的に認識するところから生まれている.陰陽や五臓とは生体内を探せば見つかる「もの」ではない.生きること,活動すること,反応することといった多くの「こと」が有機的に集合した生命システムが陰陽や五臓なのである.また,この生命システムの活動や反応は気血水によってエネルギー的,物質的に支えられている.本書は気血水と陰陽の病態を解説することを通して,漢方医学の生命システム理論を紹介したものでもある.
本書の構成
 本書は,断片的になりがちな漢方の医学の診察(四診)・診断(病態)・治療(方剤)についての知識をできるだけ体系的に解説することを目的としている.具体的には,漢方理論を学ぶ際に鍵となる漢方医学的な病態の捉え方について,各章毎にテーマを選んで解説し,病態診断に必要な診察や病態に適応となる方剤についても取り上げる.
 ただし,漢方医学的な病態について理解するためには,気血水や五臓,陰陽,虚実といった漢方医学独自の概念についての基礎的な知識が前提となる.
 そこで,基礎講座・病態講座・四診講座・方剤講座というように全体を4つに分けて構成し,内容的には連携させながら解説するというスタイルにした(表1).

 表1 「やさしい漢方理論」の構成
 1.基礎講座 病態を理解するための基礎的事項について解説
 2.病態講座 病態の中から各章毎にテーマを選んで解説
 3.四診講座 病態の診断に必要となる診察について解説
 4.方剤講座 病態に適応となる方剤について解説
 本書の内容は,数多くの漢方書籍から学んだことがベースになっている.特に,病態については「症例から学ぶ和漢診療学」(寺澤捷年著,医学書院)を,生薬については「漢薬の臨床応用」(神戸中医学研究会訳・編,医歯薬出版)を参考にさせていただいた.
第1部 血と水

 第1章 気血水理論,お血(おけつ)の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.細胞病理説と気血水理論
   2.細胞レベルの生命現象と気血水
   3.器官レベルの生命現象と五臓・気血水
  病態講座
   1.お血(おけつ)の病態
   2.お血(おけつ)の成因
   3.お血(おけつ)の症候
  四診講座
   1.臍傍部,回盲部,S状部の抵抗・圧痛
  方剤講座
   1.桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
   2.当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
   3.桃核承気湯(とうかくじょうきとう)
 第2章 水の移動と代謝,水滞の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.水の移動
   2.水の代謝
   3.五臓による水の制御
  病態講座
   1.水滞の病態
   2.水滞の症候
   3.水滞の4タイプ
  四診講座
   1.水滞の舌候
   2.胃部振水音
  方剤講座
   1.猪苓湯(ちょれいとう)
   2.五苓散(ごれいさん)
 第3章 闘病反応,虚実・血虚・血熱
  はじめに
  基礎講座
   1.発病過程と回復過程
   2.闘病反応のプロセス
  病態講座
   1.虚実の病態と治療原則
   2.お血(おけつ)病態の虚実
   3.血虚の病態
   4.血熱の病態
  四診講座
   1.虚脈と実脈
   2.腹力
   3.舌の色調
  方剤講座
   1.四物湯(しもつとう)
   2.黄連解毒湯(おうれんげどくとう)

第2部 陽と陰

 第4章 陽気・陰液・五臓の概念,寒熱・燥湿の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.人体の構成
   2.陽気と陰液の概念
   3.五臓の概念
  病態講座
   1.陽気・陰液の不足
   2.陽気・陰液の過剰
   3.寒熱・燥湿の病態と適応方剤
   4.生薬の気味と寒熱・燥湿の病態
   5.気血水の病態と寒熱・燥湿の病態との関係
  四診講座
   1.皮膚の状態と寒熱・燥湿
   2.舌候と寒熱・燥湿
  方剤講座
   1.白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)
   2.真武湯(しんぶとう)
 第5章 生体防御反応,陽の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.ストレス反応と生体防御反応
   2.生体防御反応における交感神経系の役割
   3.生体防御反応における視床下部─下垂体─副腎皮質系の役割
  病態講座
   1.陽の病態と3つの病期
   2.病期別の症候と適応方剤
   3.太陽病期の治療
  四診講座
   1.浮脈と沈脈
   2.緊脈と緩脈
   3.数脈(さくみゃく)と遅脈
   4.大脈と小脈
  方剤講座
   1.麻黄湯(まおうとう)
   2.桂枝湯(けいしとう)
 第6章 闘病反応と五臓の働き,小陽病期の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.闘病反応の4タイプ
   2.闘病反応は諸刃の剣
   3.闘病反応と五臓の働き
  病態講座
   1.少陽病期・心下痞こう(ひこう)型の病態と治療
   2.少陽病期・胸脇苦満型の病態と治療
   3.少陽病期における虚実の病態
  四診講座
   1.胸脇苦満
   2.少陽病期・胸脇苦満型の腹候
  方剤講座
   1.半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
   2.小柴胡湯(しょうさいことう)
 第7章 五臓の陽気と陰液の働き,陰の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.気・血の産生と人参(にんじん)の薬理作用
   2.五臓の陽気と陰液の働き
   3.五臓の陽気を活性化する温裏きょう寒(きょかん)薬
  病態講座
   1.陰の病態
   2.太陰病期の病態と治療
   3.少陰病期の病態と治療
   4.厥陰(けっちん)病期の病態と治療
  四診講座
   1.小腹不仁
   2.正中芯
  方剤講座
   1.八味地黄丸(はちみじおうがん)
   2.麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)

第3部 気

 第8章 気の分類,気虚の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.後天の気と先天の気
   2.営気と衛気
   3.動的活動と静的活動
   4.弛緩型疲労と緊張型疲労
  病態講座
   1.気虚の病態と症候
   2.気虚の治療─弛緩型疲労を呈する場合
   3.気虚の治療─緊張型疲労を呈する場合
  四診講座
   1.アトニー症状
   2.腹直筋攣急
  方剤講座
   1.人参湯(にんじんとう)
   2.小建中湯(しょうけんちゅうとう)
 第9章 気の循行と生体機能,気欝の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.気の循行による機能の発現
   2.気の循行する経路と肺の働き
   3.機能の発現を制御する肝の働き
  病態講座
   1.気欝の病態と症候
   2.気欝の原因とタイプ分類
   3.気欝のタイプ別の治療
  四診講座
   1.言語・音声
   2.咽中炙臠(しゃれん)
  方剤講座
   1.半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
   2.香蘇散(こうそさん)
   3.四逆散(しぎゃくさん)
 第10章 肝・心・腎の陽気, 気逆の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.肝・心の陽気と精神・運動機能
   2.腎・心の陽気と精神・運動機能
  病態講座
   1.気逆の病態と症候
   2.肝陽亢進タイプの気逆とその治療
   3.腎陽衰退タイプの気逆とその治療
  四診講座
   1.手足の温度
   2.手足の湿度
   3.臍上悸
  方剤講座
   1.三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)
   2.桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
   3.苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
 第11章 胃気と脾気,痰飲・秘結
  はじめに
  基礎講座
   1.胃気と脾気の働き
   2.消化管内容物の移動と胃気
   3.栄養素・水分の輸送と脾気
  病態講座
   1.胃気の失調
   2.胃の痰飲とその治療
   3.大腸の秘結とその治療
  四診講座
   1.心下痞こう(ひこう)
   2.腹満
  方剤講座
   1.小半夏加茯苓湯(し○んげかぶくりょうとう)
   2.大承気湯(だいじょうきとう)
 第12章 対人行動と五臓の働き,否定的感情と心理的葛藤の病態
  はじめに
  基礎講座
   1.出力情報処理機構による対人行動の制御
   2.入力情報処理機構による対人行動の制御
   3.対人行動における五臓の働き
  病態講座
   1.否定的感情の病態と適応方剤
   2.心理的葛藤の病態と適応方剤
  四診講座
   1.心理状態の把握
   2.性格の把握
  方剤講座
   1.加味逍遥散(かみしょうようさん)
   2.抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)

索引