やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 冨樫庸介
 岡山大学学術研究院医歯薬学域(医)腫瘍微小環境学分野,同病院呼吸器内科
 かつてミトコンドリアは,“細胞のATP産生を担うオルガネラ”という認識にとどまっていた.しかし近年の研究により,単なるエネルギー代謝の場ではなく,細胞の運命決定,シグナル伝達,そして免疫応答までを制御する中心的なハブであることがわかってきた.特に腫瘍微小環境(tumor microenvironment:TME)におけるミトコンドリアの機能変容は,がん細胞の生存戦略のみならず,免疫細胞の不均一性や機能不全を規定する決定的な因子として注目を集めている.
 がん細胞は,約100年前に報告されたワールブルグ効果に代表される代謝改変を通じて,TMEを低酸素,低栄養,酸性という免疫抑制的な環境へと作り変える.これに対し,腫瘍を攻撃すべきT細胞は,持続的な抗原刺激と代謝資源の奪い合いによってミトコンドリアの質的・量的異常をきたし,いわゆる“疲弊”状態へと陥る.一方,マクロファージをはじめとする骨髄系細胞においても,ミトコンドリアのダイナミクスや代謝産物が,表現型可塑性を精緻に制御していることが明らかとなってきた.
 さらに近年の驚くべき知見として,細胞間でのミトコンドリアの“伝播”があげられる.がん細胞が免疫細胞からミトコンドリアを奪取して自身の代謝能を強化し,同時に免疫系を無力化する,また,がん細胞のミトコンドリアが免疫細胞そのものを乗っ取ってしまうという,オルガネラレベルでの熾烈な攻防戦も報告されている.
 本特集では,こうしたミトコンドリアを軸とした腫瘍免疫の最前線について,基礎研究から,ミトコンドリア代謝を標的とした新たなゲノム編集療法や薬剤開発に至るまで執筆していただいた.本特集が,複雑ながん免疫応答の理解を深めるとともに,難治性がんに対する革新的な治療戦略を創出する一助となれば幸いである.
 本特集は,冨樫庸介と茶本健司(京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センター)が共同で企画した.
特集 腫瘍免疫とミトコンドリア
 はじめに(冨樫庸介)
 がんとミトコンドリア一般論(大澤 毅)
 T細胞のミトコンドリア機能と腫瘍免疫(波多江龍亮・茶本健司)
 骨髄系細胞におけるミトコンドリアの抗腫瘍応答での役割(大前 凌・冨樫庸介)
 T細胞老化とミトコンドリア(市丸昂樹・茶本健司)
 腫瘍微小環境におけるミトコンドリア伝播(石野貴雅・冨樫庸介)
 ミトコンドリアリプログラミングによるCAR-T細胞療法の最適化(近藤泰介・籠谷勇紀)
 ミトコンドリア機能を標的とした創薬の現状と展望─腫瘍免疫薬としてのミトコンドリア創薬の標的は(田中謙太郎)

TOPICS
 加齢医学 日本における老衰死の現状(井口昭久)
 免疫学 リソソームRNAストレスによる肝障害抑制メカニズム(佐藤亮太)

連載
医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(18)
 専門医制度への影響と課題(古川博之)

医療における生成AIとDX(10)
 生成AIと個人開発で加速する医療DXの現実解─小さく始めて確かめる医療の課題解決パラダイムシフト(福島裕介)

医療にいかす行動経済学(7)
 SDMと医療行動経済学:EBMの原点から新たなるその先(中山健夫)

FORUM
 人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(14) 人間と地球の持続可能な共存を目指すプラネタリーヘルス(渡辺知保)

 次号の特集予告