やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 下畑享良
 岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野
 近年,マイクロ・ナノプラスチック(micro-and nanoplastics:MNPs)による環境汚染が世界的な関心を集めている.プラスチックは海洋から大気,土壌,飲料水,食品,さらには室内空気に至るまで広範に存在し,日常生活において回避困難な曝露因子となりつつある.MNPsは単なる環境汚染物質ではなく,生体内に侵入し,蓄積し,炎症,酸化ストレス,免疫調節異常といった生体応答を惹起する可能性が指摘されている.その科学的理解は,毒性学,免疫学,材料科学,生化学といった基礎領域から進展してきたが,近年は人体レベルの実証的知見が蓄積しつつある.2023年の『N Engl J Med』誌における前向き研究では,頸動脈内膜切除術標本の58%からポリエチレンを含むMNPsが検出され,MNPs陽性例では心筋梗塞や脳卒中などによる死亡リスクが有意に上昇した.また2025年には,認知症患者の脳組織に高濃度のMNPsが蓄積していることが『Nat Med』誌で報告され,中枢神経への影響も現実的な懸念となっている.さらに,大気中MNPsの吸入を介した肺胞レベルでの曝露は慢性炎症や線維化を増悪させる可能性が示されており,呼吸器領域においても重要な課題となっている.
 本特集では,MNPsの基礎知識,免疫毒性,生体への侵入経路,細胞傷害機構を概説したうえで,脳,心血管,呼吸器における臓器別病態の最新知見を紹介する.さらに,曝露低減に向けた行政的取り組みも取り上げ,多角的かつ実践的な視座を提示する.本特集が,MNPsを全身疾患の新たな危険因子として再認識し,基礎研究,臨床医学,公衆衛生政策をつなぐ契機となることを期待する.
特集 全身疾患の新たな危険因子としてのマイクロ・ナノプラスチック
 はじめに(下畑享良)
 総論─マイクロ・ナノプラスチックの基礎知識と問題点(芳賀優弥・他)
 マイクロ・ナノプラスチックに含まれる化学物質と毒性(小川久美子・他)
 マイクロ・ナノプラスチックの人体への侵入とその機序(金子昌平・酒井康行)
 マイクロ・ナノプラスチックの表面性状と細胞障害性(辻野博文)
 マイクロ・ナノプラスチックの心血管系への影響(曾和裕之)
 マイクロ・ナノプラスチックの脳梗塞,認知症への影響(下畑享良)
 大気中マイクロ・ナノプラスチックの呼吸器系への影響(和田百合花・石原康宏)
 環境省のマイクロ・ナノプラスチックへの取り組み(環境省水・大気環境局環境管理課,環境省水・大気環境局海洋環境課プラスチック汚染対策室)

TOPICS
 感染症内科学 HIV感染症の現状:病態理解と治療の進歩,早期診断の課題(照屋勝治)
 内科学/心身医学 心因性発熱:経過観察は解決策ではない.積極的に治療すべき高体温症(岡 孝和)

連載
医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用(13)(最終回)
 「ヘルスプロモーションプランナー」実現に向けた分散型ネットワークとデジタルツイン活用のスポーツ医学の発展:『次世代コンディショニング提供システム』構築(中田 研・他)

医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(12)
 医師の有給休暇の取り扱い(林 篤志)

医療における生成AIとDX(4)
 生成AIを用いた診断応用の現在地と課題(沖山 翔・他)

医療にいかす行動経済学
 はじめに─「行動経済学」という用語を聞いたことがあるだろうか?(水野 篤)

医療にいかす行動経済学(1)
 医療行動経済学のすすめ(大竹文雄)

FORUM
 人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(8) 気候変動と健康の未来(橋爪真弘)
 書評『微生物世界の探究 生命誕生の謎へと至る四〇〇年』(鈴木哲也・丹羽正美)

 次号の特集予告