やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 伊藤泰介
 浜松医科大学医学部皮膚科
 今回,本誌では,人の体の中でも極めてユニークな組織である“毛包組織”をテーマに,基礎から臨床に至る最新の進歩を特集した.毛包は発生段階におけるひとつの器官形成過程を経て生み出され,組織幹細胞を有し,自律的に毛周期を繰り返すという,他の組織にはみられない特徴を備えている.また,特異な免疫環境を保持し,ホルモンの影響を強く受ける点も大きな特徴であり,多様な脱毛症の病態理解や診断にも深く関わっている.近年では,発生学,再生医療,幹細胞生物学,遺伝学,毛包免疫学,臨床医学,植毛学など,幅広い学問領域が毛包を中心に融合しながら進展している.
 本特集は,こうした多面的な毛包研究の最前線を一冊で俯瞰できる貴重な機会である.筆者自身,毛包免疫を中心に研究を続け,特に自己免疫反応が関与する円形脱毛症をライフワークとしてきた.20年以上前にドイツで芽生えた研究の着想が,15年以上の歳月を経てJAK阻害薬の臨床応用へと結実したことは,研究者として深い感慨を覚える.
 毛包組織は単なる細胞の集合ではなく,立体的な構造を成してこそ機能する.したがって個々の細胞解析だけでは見えない,生体組織としての統合的なダイナミズムがある.毛包を対象とした臨床モデルは限られており,研究を進めるには多くの工夫と情熱が求められるが,その分,免疫,再生,老化,そして心身の健康に至る広い生命現象を理解する糸口を与えてくれる.
 本特集を通じて,読者の皆さまが毛包という一見ニッチながらも奥深い研究領域の魅力と将来性を感じ,次世代の研究者が新たな視点と情熱を注ぐ契機となること,さらに毛髪疾患に悩む多くの方々に希望をもたらす成果が生まれることを心より願っている.
特集 脱毛症─研究と診療の進歩
 はじめに(伊藤泰介)
 毛包器官再生の新たな展開(豊島公栄・他)
 毛包幹細胞を中心とした毛包老化と脱毛症のメカニズム(滝嶋宏章・西村栄美)
 円形脱毛症モデルマウス(C3H/HeJモデル)の理解(橋本惠以)
 遺伝性毛髪疾患のアップデート(下村 裕)
 瘢痕性脱毛症の診断と治療─最新の診療マネジメント(内山真樹)
 円形脱毛症の病態に基づくJAK阻害薬による治療の展開(福山雅大)
 男性型脱毛症の病態と治療(影山玲子)
 植毛手術を継ぐもの(栁澤正之)

TOPICS
 神経精神医学 情動と手綱核(久良木悠介)
 薬理学・毒性学 ヒスタミン代謝酵素阻害薬によるナルコレプシーの新規治療効果の検討(長沼史登・他)

連載
医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用(12)
 Web3を活用したAIとプログラム医療機器(新岡宏彦)

医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(11)
 医師の働き方改革における自己研鑽支援の現状と今後の展望─専門職としての継続教育の位置づけと国際比較からの示唆(伊野美幸・望月 篤)

医療における生成AIとDX(3)
 精神医学領域における生成AI活用の可能性と課題(松井健太郎・不破真衣)

FORUM
 ノーベル生理学・医学賞2025 制御性T細胞の発見─一筋の研究の軌跡(山崎小百合)
 人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(7) 社会保障と健康(橋本英樹)

 次号の特集予告