やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 川合謙介
 自治医科大学脳神経外科
 てんかんは古くから知られる代表的な神経疾患であり,わが国には人口の約0.8%にあたる100万人前後の患者が存在するとされる.その原因は周産期脳障害,海馬硬化,皮質形成異常,腫瘍,感染,外傷,遺伝性チャネル病など多岐にわたり,さらに超高齢社会の進展により脳卒中や認知症を背景とした高齢発症てんかんが急増し,発症年齢分布は二峰性を示すようになった.近年では自己免疫を介したてんかんの存在も明らかとなり,免疫学的視点からの診断・治療が新たな可能性を拓いている.
 診断においては,脳波解析や画像診断の精緻化が進む一方,非けいれん性てんかん重積の正確な診断,失神や心因性非てんかん発作(psychogenic non-epileptic seizures:PNES)との鑑別は,救急・一般外来を担う非専門医にも必須の実地知識である.小児期に特徴的な症候群の理解も深まり,個別化医療の実装が加速している.治療面では,多様な新規抗てんかん発作薬の登場により薬物療法の選択肢が拡がったが,依然として約3割は薬剤抵抗性を示す.このため,外科的切除術やニューロモデュレーション治療といった外科的アプローチが発展し,適切な術前評価とともに臨床現場で積極的に導入されている.また,包括的なてんかんケアの概念が普及し,精神心理的サポートや社会的支援を含む多職種連携体制の重要性が強調されている.
 本特集「てんかん診療のパラダイムシフト」では,定義と分類の最新知見を皮切りに,成人・小児の診断学の進歩,薬物療法・外科療法・ニューロモデュレーションといった治療の新展開,さらに包括ケアや診療体制の整備まで,多角的に取り上げた.いずれもわが国を代表する専門家に執筆をお願いし,日常臨床に直結する内容から将来の展望に至るまで網羅されている.
 本特集が,診断・治療・ケアを統合的に捉える新たな視座を提供し,てんかん診療のさらなる発展と患者QOLの向上に資するとともに,臨床のみならず研究や教育の発展にも寄与することを期待したい.
特集 てんかん診療のパラダイムシフト─診断・治療・ケアの進歩
 はじめに(川合謙介)
 てんかんの定義と分類─Up to date(重藤寛史)
 成人てんかん診断の進歩(此松和俊・神 一敬)
 小児てんかん診断の進歩(本田涼子)
 てんかん内科的治療の進歩─抗てんかん発作薬,重積治療含む(白石秀明)
 てんかん外科治療の進歩─定位手術の導入と低侵襲化(岩崎真樹)
 てんかんニューロモデュレーション治療の進歩(國井尚人)
 てんかんの包括ケア(西田拓司)
 てんかん診療体制の進歩(渡邊さつき)

TOPICS
 神経内科学 認知症診療における医科歯科連携─counterpartとしての歯科の意義(眞鍋雄太)
 小児科学 幼少期の感情制御と腸内細菌叢との発達的関連(明和政子)

連載
ケースから学ぶ臨床倫理推論(26)(最終回)
 総論:臨床倫理の歴史と臨床倫理コンサルテーションの展開(新井奈々)

イチから学び直す医療統計(18)
 因果推論(長島健悟・他)

医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用(8)
 日本における医療データの生成AI利用の課題およびブロックチェーンが拓く「患者主義」の医療データ流通基盤(落合渉悟)

医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(7)
 兼業(外勤)先の取り扱い(齋藤 繁)

FORUM
 人間社会の未来─専門家が予見する人類の行方(3) 少子化とライフコースの行方(岩澤美帆)

 次号の特集予告