やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 駒場大峰
 東海大学医学部 腎内分泌代謝内科学
 リンは生命の営みに欠かせない元素であり,その重要性は生物の進化を振り返ることでもわかる.たとえば,7億年前の地球は“全球凍結(スノーボールアース)“とよばれる氷河時代にあり,地球全体が氷に覆われていたことが知られている.その後,火山活動が活発化し,二酸化炭素が大気中に放出されて急速に温暖化が進み,爆発的な生物の多様化が起こった.これは“カンブリア爆発”とよばれ,火山活動によって海洋に豊富なリンが供給され,海水中のリン濃度が上昇したことが一因とされる.
 リンはカリウムや窒素と並ぶ植物の三大栄養素のひとつであり,肥料の成分として農業の発展にも深い関わりがある.19世紀には,海鳥などの糞が長期間堆積して化石化した“グアノ”がやせた土地を劇的に改善することがわかり,その所有権をめぐって戦争が起きたこともあるそうだ.その後,リン鉱石を原料にした肥料が登場し,農業で広く利用されるようになった.地球規模での人口増加と食糧生産の増加に伴い,肥料としてのリンの需要はますます高まっており,将来的にリン資源をめぐる争奪戦も懸念されている.
 リンという物質の存在がはじめて明らかになったのは1669年,ドイツの錬金術師ヘニッヒ・ブラントによるもので,彼は大量の尿を煮詰めて発光する物質を発見し,ギリシャ語の“phos(光)“と“phoros(運ぶもの)”から“phosphorus”と名づけた.このエピソードで注目すべきは,リンは尿から発見されたという点である.まさに,腎臓がリンの調節機構の中心を担っていることを示すエピソードと思われる.
 リン代謝に関する研究は,FGF23(fibroblast growth factor 23;線維芽細胞増殖因子23)-Klotho系の解明などを契機に2000年代に大きく進展したが,近年,ふたたび新たな転機を迎えつつある.骨細胞や尿細管細胞によるリン感知機構,テナパノルの登場により注目を集める腸管細胞間リン輸送,ブロスマブの登場により新時代を迎えたくる病・骨軟化症の治療など,新たな知見が相次いでいる.
 本特集ではリン代謝研究の最新知見を紹介し,日々の診療や今後の研究への関心を深める機会としたい.
特集 リン代謝研究の最新動向と臨床的意義
 はじめに(駒場大峰)
 尿細管リン酸イオン再吸収機構の最新知見(小池 萌・他)
 腸管リン酸吸収機構の最新知見(松井 功)
 生体のリン感知機構(士祐一)
 高リン血症が骨代謝に及ぼす影響─二次性副甲状腺機能亢進症を伴う慢性腎臓病における骨病態(長谷川智香・他)
 高リン血症と血管石灰化・生命予後(後藤俊介)
 改定版ガイドラインと透析患者の高リン血症治療(山田俊輔・他)
 腎移植後低リン血症の病態と自然経過(岡田 学)
 FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症の病態と最新治療(今西康雄)

TOPICS
 生理学 褐色脂肪組織におけるMAFBの役割:マクロファージを介した交感神経と熱産生の調節(濱田理人・他)
 腎臓内科学 IgA腎症の新病態:メサンギウム細胞を標的としたIgA型自己抗体の発見(二瓶義人)

連載
ケースから学ぶ臨床倫理推論(19)
 子どもの自己決定をいかに尊重するか(笹月桃子)

イチから学び直す医療統計(11)
 相関と回帰(長島健悟・他)

医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用
 はじめに(山田憲嗣)

医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用(1)
 医療DXを支えるWeb3技術の基礎(宮西七海・山田憲嗣)

FORUM
 司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(14) ドメスティック・バイオレンスと精神医療(森田展彰)

 次号の特集予告