やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 赤司浩一
 九州大学大学院医学研究院病態修復内科学,同生命科学革新実現化拠点長
 2019年に,標準治療が終了した固形がん患者に対する分子標的選択の手段として,遺伝子パネル検査が保険収載された.一方で日本血液学会では2017年頃から,固形がんとは別立てで,造血器腫瘍に特化した遺伝子パネル検査が必要であることを,丁寧に厚生労働省に説明してきた.造血器腫瘍においては,診断・治療法の選択・予後予測など実臨床につながる遺伝子異常情報が集積しており,固形がん遺伝子パネル検査ではそれらの遺伝子がカバーされていないこと,造血器腫瘍における分子標的として重要な融合遺伝子を網羅的に検出できないことなどがその理由である.これを受けて大塚製薬は,国立がん研究センター,京都大学,九州大学,名古屋医療センターなどと共同で造血器腫瘍遺伝子パネル検査の開発に取りかかり,2024年9月20日に造血器腫瘍遺伝子パネル検査(体外診断用医薬品,医療機器プログラム)“ヘムサイト(R)”がようやく薬事承認され,2025年3月1日には保険適用にこぎ着けた.
 日本血液学会ではパネル開発に先んじて,“ゲノム医療委員会”を立ち上げ「ゲノム検査ガイドライン」を作成し,疾患や病期ごとに,診断・治療法の選択・予後予測における遺伝子パネル検査の臨床的有用性と推奨度を提案した.また,それに続いて厚生労働省科学研究「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の提供体制構築およびガイドライン作成」班を立ち上げ,「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査体制のあり方とその使用指針」として,保険診療下での使用指針を提案した.結果的にそれがほぼ認められる形で保険収載され,特に初診時からの検査が可能になったことは画期的なことである.また,1つの遺伝子パネル検査が国民皆保険下で標準化されたことにより,今後の新知見や新薬情報を取り入れて全国レベルで同期して治療方針をアップデートできる.これは欧米と比べても明らかなアドバンテージであると考える.
 本特集では,上記の日本血液学会ゲノム医療委員会委員,厚生労働省科学研究班員の方々から,造血器腫瘍遺伝子パネル検査の全体像,必要性,実施体制などを概説していただいた.本特集が,新時代に入ったわが国の造血器腫瘍プレシジョンメディシンを理解する一助となれば幸いである.
特集 造血器腫瘍の遺伝子パネル検査の臨床的意義─診断精度向上,予後層別化,個別化治療への応用
 はじめに(赤司浩一)
 総論
 造血器腫瘍を対象とした遺伝子パネル検査の開発(片岡圭亮)
 造血器腫瘍遺伝子パネル検査の臨床的意義(前田高宏)
 造血器腫瘍に関連する生殖細胞系列の病的バリアント(加藤元博)
 造血器腫瘍ゲノム医療におけるエキスパートパネルのあり方(遠西大輔)
 パネル検査の臨床実装における課題(伊豆津宏二)
 各論
 骨髄系腫瘍診療におけるパネル検査の臨床的有用性(南谷泰仁)
 リンパ腫診療におけるパネル検査の臨床的有用性(坂田(柳元)麻実子・末原泰人)
 多発性骨髄腫診療におけるパネル検査の臨床的有用性(李 政樹)
 造血幹細胞移植とパネル検査(吉永則良・諫田淳也)
 パネル検査と微小残存病変測定(真田 昌)

TOPICS
 加齢医学 老化細胞におけるACLYを介したクエン酸代謝の役割(衞藤 貫・中尾光善)
 環境衛生 UAVと画像認識AI技術を活用した,アフリカのマラリア媒介蚊幼虫源管理(LSM)の効率的アプローチ(梅田昌季)

連載
細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(22)
 パーキンソン病に対する細胞移植治療(土井大輔)

ケースから学ぶ臨床倫理推論(13)
 緩和的鎮静のケース(今長谷尚史)

イチから学び直す医療統計(5)
 臨床試験のデザイン(長島健悟・他)

FORUM
 司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(8) 医療観察法による手続きの始まりと精神鑑定(茨木丈博)

 次号の特集予告