やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 今中雄一
 京都大学大学院医学研究科ヘルスセキュリティセンターセンター長
 近年,地球的な気候変動の影響もあり,世界で自然災害が増えている.2020年からは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックをも経験した.毎年,わが国でもどこかで風水害や土砂災害が生じ,2024年に能登半島地震が起き,地震災害も頻発化している.健康危機に対し命と健康を確保していくことが極めて重要な社会課題となっている.突発的な災害が生じると,救急医療体制の確保や生活インフラ整備の急速な展開が求められる.加えて,健康を守れる環境の整備,感染症の予防・対策,避難所の設営や運営,要配慮者のケア,生活不活発病の予防など,課題が山積する.一方で,薬剤耐性の蔓延(サイレントパンデミック)や,人口減少社会で静かに進む社会保障財源や医療財源の逼迫も大きな健康危機である.
 これらの課題解決に体系的に取り組んでいくためには,臨床医学からは救急医学,感染制御学,臨床検査学,安全管理学など,基礎医学からは微生物学,免疫学,ゲノム解析,そして健康を守る環境づくりに取り組んできた公衆衛生的なアプローチも多様な側面から対応していく必要がある.保健医療福祉の多専門領域,多職種の協働が求められる.医学系のみならず理学・工学・情報学を基盤とした防災学,経済学・社会心理学などを含む社会科学などとの協働も,問題解決のために必要となる.
 また,保健医療介護や防災の社会の制度および仕組みのみならず,人々のセルフケアや協働する力,そして地域社会のレジリエンスを高めていくことも求められている.これらは平時からの健康な生活や安心安寧の社会づくりにもつながっていく.
 以上を背景に,本特集では健康危機に関する多様な専門領域の各視点から,それぞれをリードする第一人者に玉稿をいただき,将来に向けて社会や社会システムの望ましいあり方,および今後の対策について提言しつつ,研究や活動などの成果,振り返り・教訓,技術や制度の課題,重要な知見をまとめる.今後の健康危機管理の展開のひとつの礎としていただければ幸いである.
 はじめに(今中雄一)
感染制御・救急災害医療など危機管理の視点から
 感染制御と臨床検査の観点からみたCOVID-19パンデミックと健康危機管理の課題(長尾美紀)
 救急・災害医療から健康危機管理へ(大鶴 繁)
 医療安全管理と災害・健康危機リスク管理の連続性(松村由美)
 健康危機における医療管理─医療専門職人材の機能限定性に着目して(加藤源太)
 感染症危機管理─感染症対策を超えて(齋藤智也)
基礎医学の視点から
 ヒト病原性ウイルス研究から考える次のパンデミックへの対策(木村香菜子・他)
 わが国における新規ワクチン開発のためのヒト免疫モニタリングシステム構築の重要性(上野英樹)
 劇症化する細菌感染症(中川一路)
社会と健康の視点から
 健康危機におけるリスクコミュニケーション(蝦名玲子・中山健夫)
 健康危機管理への予防医療学的なアプローチ─AEDを活用した危機管理体制の構築とPHRによる救急災害医療DXへの展望(石見 拓)
 パンデミックに備える急性期,回復期,維持期リハビリテーションシステムの構築(青山朋樹)
 健康危機に対する地域保健と公衆衛生看護(塩見美抄)
 危機時の“健康の社会的決定要因”(近藤尚己)
災害対応・防災の視点から
 災害医療支援活動(近藤久禎)
 甚大な健康危機に対するグローバルな備えと対応(國井 修)
 総合的な危機管理(牧 紀男)
 災害時の保健医療福祉に関する政策研究の動向と人材育成(冨尾 淳)
社会・経済・制度政策の視点から
 健康危機に向けたわが国の政策(佐々木昌弘)
 健康危機への対応と法治主義(山田哲史)
 文化的デフォルトとパンデミック対応(内田由紀子・中村沙椰)
 日本の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が消費行動へ与えた真の影響(谷 直起)
 ヘルスセキュリティと健康医療介護の社会システム(今中雄一)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  ハザードとリスク
  災害フェーズ
  研修と訓練・演習
  統括DHEAT
  明治時代の感染症対策(新旧千円札の北里と野口)
  法治主義と法の支配
  相互独立と相互協調
  原因帰属の文化差