やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 金子佳代子
 国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科
 プレコンセプションケアとは,20年前ごろから世界保健機関やアメリカ国立衛研究所などにより提唱されはじめた概念で,“妊娠前の女性とそのパートナーに将来の健康のためのケアを提供すること”と定義されてきた.妊娠前からの母体の栄養状態や風疹などの感染症,高血圧・糖尿病などの慢性疾患が早産や児の先天異常などの産科合併症の原因になりうること,そしてこれらの要因をあらかじめ治療し改善しておくことにより,妊娠転帰の改善のみならず,将来の母と子の健康増進にも寄与することが示されるようになり,その重要性が世界的に認識されている.
 本概念は,わが国においても諸先輩方のご尽力により注目されるようになった.また,昨今の少子化対策の下に,多くの自治体がプレコンセプションケアの啓発に力を入れるようになっている.
 プレコンセプションケアの概念の普及に伴い,その対象は妊娠を希望する女性とそのパートナーのみならず,学童期や前思春期,青年期など生殖能力を有する,またはこれから生殖能力を持つ可能性があるすべての世代へと広がった.しかし一方で,その概念の広さゆえに,現場においてどのように実践したらよいのか,対象は誰なのか,その実態がわかりにくくなっているという課題も生じている.
 また,“プレコンセプションケア=将来の妊娠のためのケア”という側面が注目されるばかりに,男性や子ども,思春期の男女,精神疾患合併または既往歴のある女性,知的障害のある方々,そして性的マイノリティの方々などへの対応はまだ十分には行われていないのではないだろうか.
 今回の特集では,読者の先生方が,ご自分の診療現場においてプレコンセプションケアをより実践していただきやすい内容となるよう,プレコンセプションケアをあえて“性と生殖に関する正しい知識,そして適切な医療を提供することにより,個人の尊厳を守り,身体的・精神的・社会的に健やかな生活を送るためのサポート”と位置づけてみた.そうした観点から,各分野に精通した先生方にご執筆をお願いしている.
 誰一人取り残さない社会のために,本特集を先生方のご診療のなかでお役立ていただけましたら幸いである.そして,これまでプレコンセプションケアの礎を築いてこられた先輩方に,あらためて心からの敬意を表したい.
特集 プレコンセプションケアの現状と課題
 はじめに(金子佳代子)
 産科合併症既往がある女性へのプレコンセプションケア(三井真理)
 内科的慢性疾患に対するプレコンセプションケア(藤田太輔)
 精神疾患を抱える女性へのプレコンセプションケア(根本清貴)
 知的障害者に対するプレコンセプションケア(門下祐子)
 プレコンセプションケアにおける妊娠と薬(後藤美賀子)
 男性へのプレコンセプションケア(前田裕斗)
 LGBTQに対するプレコンセプションケア(池田裕美枝)

TOPICS
 医用工学・医療情報学 医療DXの価値向上に向けた設計(葛西重雄)
 救急・集中治療医学 集中治療患者の状態悪化を人工知能で予測する─機械学習モデルを用いたリアルタイムの診療支援(木下喬弘)

連載
臨床医のための微生物学講座(24)
 RSウイルス(大宜見 力)

緩和医療のアップデート(19)
 救急・集中治療と緩和ケア統合の現在と今後の展望(石上雄一郎)

自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(11)
 免疫とグライコーム─グライコームの1細胞解析技術(舘野浩章)

FORUM
 死を看取る─死因究明の場にて(25)(最終回) 死因究明の実践(8)(大澤資樹)
 数理で理解する発がん(15) ライト・フィッシャーモデルの期待値・分散と固定確率(中林 潤)

 次号の特集予告