やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 橋爪真弘
 東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学,Planetary Health Alliance日本ハブ
 気候変動による健康影響が喫緊の課題であることは論を俟たず,広く世界で認識されている.2022年2月に公表された気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)第2作業部会第6次評価報告書では,気候変動によりすでに大きな健康影響が生じており,今後,気温の上昇に伴ってその影響は大幅に増加すると予想されることが報告された.健康への影響を回避,軽減するためには,医療システムの気候変動に対する耐性を強化し,水・大気・食料システムなど環境的決定要因を健全な状態に保つことが重要であることが強調された.また,緩和策と健康増進をともに進める健康コベネフィットは高い経済的利益を生むことが示唆され,全二酸化炭素排出量の約5%を占める医療分野におけるカーボンニュートラルを進めることの重要性が示された.
 2023年11〜12月にアラブ首長国連邦(UAE)・ドバイにおいて開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)では,世界保健機関(WHO)とUAE政府の主導によりはじめて“健康の日(Health Day)“が設けられ,各国の保健大臣による関連会合が開かれた.気候変動に強い医療システムの構築,そのための資金の確保などを強調した“COP28気候と健康に関するUAE宣言”が,日本を含む123カ国の賛同により採択された.COP28に先立つ2023年10月には,気候変動および生物多様性の損失は世界的な緊急事態といえる深刻な健康問題であり,WHOに対し緊急事態宣言の発出を求める共同論説が,『BMJ』誌,『Lancet』誌,『N Engl J Med』誌などの200以上の医学誌で同時に掲載された.わが国では,2023年3月に日本医学会が発表した“未来への提言”で,気候変動対策において人の健康を常に優先的に考慮するべきであることが明記された.
 このような国内外の流れを受け,本特集では,気候変動が及ぼすさまざまな健康影響とその対策(緩和策,適応策,コベネフィット)について,わが国の状況を概観する.人新世の時代における医療従事者の使命と役割を新たな次元で捉え直す機会となることを期待したい.
特集 気候変動と医療
 はじめに(橋爪真弘)
 熱中症の現状および将来とその適応策(岡 和孝)
 わが国における気候変動と感染症媒介蚊(葛西真治)
 気候変動と救急医療(三宅康史)
 気候変動により変化する大気汚染の健康影響(上田佳代)
 医療従事者ができる気候変動対策─緩和策と適応策(梶 有貴)
 医療サービスのカーボンフットプリントと脱炭素(南齋規介)

TOPICS
 疫学 アフリカにおける妊婦の口腔衛生と出産リスク(有馬弘晃)
 医用工学・医療情報学 生きた心筋活性を散乱光で測る(渡邉朋信)

連載
臨床医のための微生物学講座(18)
 ウイルス性出血熱(加藤康幸)

緩和医療のアップデート(13)
 進行がんにおける食事摂取と食に影響する症状と食に関する苦悩のアセスメントとマネジメント(天野晃滋)

自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(5)
 無脊椎動物Toll受容体による非自己と自己に対する免疫応答(三浦正幸)

FORUM
 死を看取る─死因究明の場にて(19) 死因究明の実践(2)(大澤資樹)
 数理で理解する発がん(13) 分子進化の中立説(中林 潤)

 次号の特集予告