やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 栗原裕基
 東京大学アイソトープ総合センター,熊本大学国際先端医学研究機構
 19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した米国の建築家ルイス・サリヴァンは,“Form ever follows function.(形態は常に機能に従う)”という理念を提唱し,鉄骨構造による建築の高層化によって近代建築の基礎を築いた.自然界でも,生物の形態はその機能に最適化するよう進化してきたように見える.たとえば鳥の翼や魚の流線型の体など,枚挙に暇がない.機能獲得を目標として生物が進化したわけではないことは自明にしても,こうした合目的的で美しい生物の形態をみるとき,それはあたかも,神様がルイス・サリヴァンの言葉通りにつくりだした賜物のようである.
 生物の進化は,形態形成の基本設計図となるボディプランがさまざまの段階で発生拘束として働きながらも,さまざまな環境変化に対して新たな機能的多様性を獲得し,適応していく過程である.こうした制約を内的要因としながらも多様な進化を遂げていく生物の歴史は,形態と機能の密接な関係を共有し,両者の適応と創造性が共存する点で建築の発展と似ているようにも思われる.そして,進化と発生が造りだす生体の造形美や,再生による機能と形態の再建といった世界が展開されていくのを眺めていくと,生命科学と建築学は案外と近いものに思えてくる.
 本特集では,主にわれわれヒトを含めた脊椎動物を中心に,生物における形態形成の分子メカニズムや多細胞動態から,形態形成に関する理論生物学と進化生物学,形態形成と種々の病態や疾患との関わり,さらにはオルガノイドによる新たな疾患研究に至るまで,基礎科学から臨床医学にわたるさまざまな分野で活躍されている第一線の研究者に執筆をお願いした.広い分野との関連や融合をイメージしながら,いわば生物の建築学ともいえる形態形成の分野が,医学・生命科学研究においてどのように位置づけられ,どのように発展し続けているかを感じていただければ幸甚である.
 はじめに(栗原裕基)
形態形成の分子メカニズム
 多能性幹細胞を用いた初期ヒト胚モデルの構築(大久保 巧・島康弘)
 内臓の左右軸を決定する左側特異的カルシウムシグナル創成のメカニズム(田中庸介)
 アクトミオシンによる形態恒常性の維持機構(進藤麻子)
 モルフォゲン研究からみえてきた発生ロバストネスの分子基盤(石谷 太)
 形態形成におけるメカニカルな力の役割(小山宏史・他)
形態形成と多細胞動態
 流体可視化解析から読み解く両側性ボディプラン(淺井理恵子)
 血管新生における血流による物理的力の役割(花田保之・西山功一)
 筋腱相互作用による骨格筋形態形成(乾 雅史)
 血管による臓器の形態形成メカニズム(高野晴子・他)
形態形成の理論と進化
 データ駆動型アプローチによる器官形態形成研究─組織変形動態の定量解析を起点に形態形成則の解明を目指して(森下喜弘)
 細胞集団運動・組織形成とトポロジー(川口喬吾)
 血管構造構築の数理モデリング(林 達也)
 生命のかたちを捉えるデータ解析─トポロジカルデータ解析(織田遥向)
 口唇口蓋裂に表れる進化の足跡(東山大毅)
 フェレットを用いた大脳の形態形成と進化の研究(河ア洋志)
形態形成と病態・疾患
 顎顔面形成の分子機構とヒト先天性疾患─神経堤の発生分化を中心に(栗原由紀子)
 心室と大血管の連絡関係を支える分子機構(八代健太)
 造血系と形態形成(劉 孟佳・中野 敦)
 臓器形成と代謝─シグナル分子として代謝産物(中野治子・中野 敦)
 上皮幹細胞-細胞外マトリックス相互作用(矢野智樹・佐藤俊朗)
 神経オルガノイドによってみえてくるヒト脳組織の形態形成および病態再現(坂口秀哉)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  ヒト胚モデル
  細胞競合
  遺伝的補償
  鳥類胚
  粒子画像流速測定法(PIV)
  用語解説(Rap1遺伝子・Rap1,基底膜,インテグリン)
  中上顎骨
  用語解説(フェレット,子宮内電気穿孔法)
  HOX-DLXコード
  心臓の発生
  神経オルガノイドの用語
  神経オルガノイドのELSI