やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 藤田直也
 公益財団法人がん研究会がん化学療法センター
 現在,がんそのものを標的とするだけでなく,がんを取り囲む微小環境を標的とした治療法の開発が盛んに行われるようになってきている.Douglas Hanahan教授とRobert A Weinberg教授が2000年に『Cell』誌に発表した“The hallmarks of cancer” 1)でも,腫瘍組織内に包含される血管内皮細胞や間質細胞などのバイスタンダー細胞が腫瘍増殖に大きな影響を与えていると記述されている.こうした腫瘍増殖におけるがん微小環境の重要性は,Stephen Paget医師により『Lancet』誌で発表された,がんの転移先臓器選択性には転移先臓器の環境が重要であるとの仮説“Seed and soil theory” 2)が発表された100年以上前からすでに知られていた事例でもある.解析技術が当時は追いついておらず,がん微小環境がもたらす腫瘍増殖への関与の分子機序は永らく不明であったが,近年の1細胞解析技術をはじめとする技術革新や数理科学によるシミュレーション技術の発展などにより,腫瘍組織に含まれる免疫細胞・間質細胞との相互作用や,細菌叢を含めた臓器連関などによる腫瘍増殖誘導機構が次々に解明されており,改めて腫瘍増殖におけるがん微小環境の重要性がクローズアップされている.そのため,“The hallmarks of cancer”も“The next generation” 3),そして“New dimensions” 4)へとupdateされ,がん微小環境に関する新たなホールマークも追加されている.
 技術革新に伴うがん研究の発展は,がん微小環境を標的とした新規がん治療法開発へとつながっている.本特集では,がん微小環境に関する最新の知見とその知見に基づいた治療法開発の現状と今後の展望について,技術的な面も含め,第一線で活躍されている専門家の方々に解説いただいた.がん微小環境の研究が今後のがん治療をどのように変えていくのか,その最前線についてご理解いただければ幸いである.

 文献
 1)Hanahan D,Weinberg RA. Cell 2000;100:57-70.
 2)Paget S. Lancet 1889;133:571-3.
 3)Hanahan D,Weinberg RA. Cell 2011;144:646-74.
 4)Hanahan D. Cancer Discov 2022;12:31-46.
特集 がん微小環境の統合的解明と治療への応用
 はじめに(藤田直也)
 がん微小環境における制御性T細胞の新たな機能と治療標的としての可能性(前田優香)
 自然免疫によるがん微小環境の制御(早川芳弘)
 腸内細菌関連因子の肝移行による肝がん微小環境の変化(大谷直子)
 腫瘍間質制御によりがん免疫療法の効果改善を目指す治療戦略(千場 隆・石本崇胤)
 臓器連関から紐解く腫瘍進展機構の解析(近森正智・他)
 がん微小環境の再構築と薬剤スクリーニング(橋祐生)

TOPICS
 薬剤学 核酸・mRNAのドラッグデリバリーシステムと製剤化(小川昴輝・他)
 呼吸器内科学 中皮腫における薬物治療の現況と今後の展望(武口哲也・藤本伸一)

連載
臨床医のための微生物学講座(9)
 クラミジア(宮下修行・他)

緩和医療のアップデート(4)
 進行性疾患患者の呼吸困難の緩和(山口 崇)

フォーラム
 世界の食生活(17)(最終回) カラハリ砂漠に暮らす先住民サンの食(池谷和信)
 死を看取る─死因究明の場にて(10) 死亡診断(2)(大澤資樹)
 数理で理解する発がん(10) 進化論の基礎(中林 潤)

速報
 SLEなど自己免疫性疾患血清中に頻繁に検出されるリポ蛋白リパーゼの自己抗体検査法の問題点(白川尚史・他)

 次号の特集予告