やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 矢部大介
 京都大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌・栄養内科学
 近年,2型糖尿病の治療法はめざましい進化を遂げており,個人の病状や併存疾患,生活習慣や好みに応じた治療薬の選択が可能になりつつある.特に,2010年以降に日本で使用がはじまったGLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬や,2023年に使用がはじまったGIP(glucose-dependent insulinotropic polypeptide)/GLP-1受容体作動薬など,インクレチンの作用に基づく治療薬は,血糖値の改善や体重減少だけでなく,心血管疾患,糖尿病関連腎臓病(diabetic kidney disease:DKD),代謝性機能障害に伴う脂肪肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)などへの追加的な利益(additional benefits)が期待されている.これらの効果は非臨床研究だけでなく,高品質の臨床研究によっても実証されつつある.また,顕著な体重減少効果を持つこれらの薬剤は,特に若年層で増加している肥満症の治療薬としても注目され,減量・代謝改善手術に匹敵する効果があるとされる.しかし,嘔気や嘔吐,下痢などの消化器関連有害事象に加え,胆道系疾患や高齢者のフレイル・サルコペニアのリスクも指摘されている.さらに,インスリン依存状態の人がこれらの薬剤を使用開始後にインスリン注射を中止し,死亡する事例もある.
 これらの点から,均質な被験者に基づく治験結果だけでなく,実臨床で収集されたデータを含め,慎重に治療薬の適用を判断する必要がある.本特集では,インクレチン研究をリードする研究グループに加え,心血管疾患,DKD,MASLD,フレイル・サルコペニア,肥満などの併存疾患の専門家に執筆を依頼させていただいた.本特集を通して,GLP-1受容体作動薬やGIP/GLP-1受容体作動薬の最新の研究成果と使用上の注意点を理解し,糖尿病治療の質の向上に貢献できることを目指している.
特集 GLP-1受容体作動薬・GIP/GLP-1受容体作動薬─非臨床・臨床のエビデンスと実臨床における注意点
 はじめに(矢部大介)
 インクレチン研究のあゆみと新たな展開(山崎裕自・清野 裕)
 受容体作動薬の分類と血糖改善・体重減少効果のメカニズム(稲垣暢也)
 心血管疾患に対するGLP-1受容体作動薬の効果(沢見康輔・他)
 糖尿病関連腎臓病におけるGLP-1受容体作動薬とGIP/GLP-1受容体作動薬の腎保護作用に関する非臨床・臨床からのエビデンス(藤田浩樹・山田祐一郎)
 NAFLD/NASH合併糖尿病に対する非臨床・臨床のエビデンス(竹下有美枝・篁 俊成)
 高齢者糖尿病におけるGLP-1受容体作動薬の使用の意義と注意点(荒木 厚)
 糖尿病治療におけるリアルワールドエビデンス─J-DREAMSからの知見を含め(大杉 満)
 肥満症に対するエビデンスと注意点(小幡佳也・他)

TOPICS
 血液内科学 抗凝固療法とその中和のポイントを知る(朝倉英策)
 細菌学・ウイルス学 麻疹ウイルスによる中枢神経感染メカニズム(佐藤裕真・橋口隆生)

 連載
臨床医のための微生物学講座(7)
 黄色ブドウ球菌(松井秀仁)

緩和医療のアップデート(2)
 わが国の緩和ケアがユニバーサル・ヘルス・カバレッジに組み込まれるための今後の課題(M野 淳)

FORUM
 世界の食生活(16) 極北の実り─西シベリアの先住民族・ハンティの野生ベリー採集(大石侑香)
 死を看取る─死因究明の場にて(8) 脳死(3)(大澤資樹)

 次号の特集予告