やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 横溝岳彦
 順天堂大学大学院医学研究科生化学・細胞機能制御学講座
 “生体膜“は細胞内外,あるいは細胞内の区画の仕切りを担う構造体であり,古くから,解剖学,生化学,細胞生物学などの複数の学問領域において重要な研究対象とされてきた.生体膜はリン脂質,コレステロール,スフィンゴ糖脂質を中心とした脂質二重膜と,そこに埋め込まれた膜貫通型タンパク質,あるいは膜に緩く結合する表在型膜タンパク質から構成されている.リン脂質やスフィンゴ糖脂質には脂肪酸鎖の長さや不飽和度が異なる多数の分子種が存在し解析を困難にしていたが,近年の質量分析計の進化や,脂質を認識する新規プローブの開発のおかげで,これまで不可能であった脂質分子の組成や局在の解析が可能になりつつある.また,高度な折り畳み構造や糖鎖修飾のために構造解析が困難であった膜貫通型タンパク質も,クライオ電子顕微鏡の高性能化に伴って続々と構造が明らかになってきている.まさに技術の進歩が“生体膜”研究に新しい切り口をもたらしつつあるのである.
 こうした背景を受けて,2023年4月に東京で開催された第31回日本医学会総会において,「生体膜バイオロジーの医学・医療への応用」というシンポジウムを企画する機会に恵まれた.この時発表を行っていただいた4名の演者(進藤,鈴木,森下,白根)に加え,新たに3名の著者にご協力をいただき,本号の『医学のあゆみ』に“生体膜研究の基礎と応用”という特集として掲載していただけることになったのは望外の喜びである.いずれの著者も,比較的若手でありながら日本が誇る世界的な成果を上げた生体膜研究者である.生体膜の最大の特徴ともいえる脂質の非対称性をもたらす酵素群の分子同定から,2016年の大隅良典博士のノーベル生理学・医学賞受賞で一躍有名になったオートファジー,さらにがんや神経変性疾患の発症や進行における生体膜脂質の新しい役割の解明など,最先端の生体膜研究の成果をお楽しみいただければ幸いである.
特集 生体膜研究の基礎と応用
 はじめに(横溝岳彦)
 生体膜リン脂質生合成酵素の新展開とLPLAT命名法提案(進藤英雄)
 リン脂質スクランブラーゼによる脂質非対称性の変化と生理的な役割(茂谷小百合・鈴木 淳)
 膜を壊す─オルガネラ膜消去のメカニズム(森下英晃)
 膜を象る─三次元光-電子相関顕微鏡法によるオートファゴソームの形態解析(小山-本田郁子・高橋 暁)
 膜をみる─膜脂質プローブの開発(田口友彦)
 脳の脂質異常と神経変性疾患の関連(白根道子)
 リンパ腫におけるsPLA2による脂質修飾細胞外小胞の機能─悪性化における新規作動メカニズム(金森 茜・他)

連載
医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(19)
 医療におけるQOL測定の新たな展開(山本洋介)

遺伝カウンセリング─その価値と今後(9)
 小児科領域における遺伝カウンセリング(小川真紀)

TOPICS
 神経精神医学 高齢者は頭頂部の脳脊髄液腔が加齢に伴い狭くなる?─高齢者の認知機能低下に関連する加齢性脳形態変化(日洋介・他)
 公衆衛生 ICT機器利用における健康障害とその予防(立道昌幸)

FORUM
 世界の食生活(8) サツマイモ(梅ア昌裕)
 数理で理解する発がん(6) 二項分布(中林 潤)

 次号の特集予告