やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 市原淳弘
 東京女子医科大学内科学講座
 2023年に推定されている日本の出生率は1.39で,世界227国中の215位である.つまり,1人の女性が生涯を通じて産む子どもの数が1.39人であり,夫婦2人の間に生まれる子どもの数が“2”に届かなければ,必然的に人口は減少する.人口が減少すれば経済活動は緩やかになり,二酸化炭素排出量が減少して地球温暖化に歯止めがかかるとともに,世界的食料不足難を無理なく回避できるようになるかもしれない.しかし,出生率の低下は若い世代の割合の減少を意味し,社会における労働力不足や社会保障費の負担増といった問題が表面化する.また,国内需要の減少による経済規模の縮小と財政の危機,それに伴う国際競争力の低下,自治体の担い手の減少など,さまざまな社会的・経済的な課題が深刻化する.そのため少子化対策は必要不可欠であり,政府は(1)経済的支援,(2)保育サービス,(3)働き方改革を3本柱として対策を掲げている.これらの問題のなかでわれわれ医療人ができることは,安全で安心な妊娠と出産を医学的にサポートすることである.
 本特集では,妊婦の約20人に1人の割合で起こり,母児ともに危険な状態となりうる妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy:HDP)に焦点を当てて,その予防,治療,管理について各分野の専門家に最新情報を含めて詳述していただく.2018年にHDPの定義・分類が改訂され,「妊娠時に高血圧を認めた場合,妊娠高血圧症候群とする.妊娠高血圧症候群は妊娠高血圧腎症,妊娠高血圧,加重型妊娠高血圧腎症,高血圧合併妊娠に分類される」となった.つまり,妊娠前から高血圧である女性が妊娠した場合もHDPと診断される.1人でも多くの女性がHDPとならないように,HDPとなっても危険な状態とならないように,またHDP後も健康で子育てに従事できるように,本特集の読者がHDPに関心を持って医療を実践されることを希望する.
特集 妊娠高血圧症候群(HDP)の予防・治療・管理
 はじめに(市原淳弘)
 プレコンセプションヘルスケア─HDP予防の観点から(三戸麻子)
 腎疾患患者における妊娠(大塚智之・他)
 妊娠と二次性高血圧(安田麻里絵・林 香)
 新しいエビデンスに基づいたHDPの診断(山口宗影・近藤英治)
 HDPの治療UPDATE(松井遥香・入山高行)
 IoTを活用した妊婦の血圧管理(目時弘仁)
 妊娠高血圧症候群を発症した女性における産後の健康管理─インター・ポストコンセプションケアの観点より(牛田貴文)
 HDP診療指針2021の成果と今後の課題(渡辺員支)

連載
医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(15)
 医療機関のQI(Quality Indicator)(國澤 進)

遺伝カウンセリング─その価値と今後(5)
 遺伝カウンセリングを提供する人材とその養成(佐々木元子)

TOPICS
 免疫学 スペルミジンによる脂肪酸酸化の調節と老化T細胞の抗腫瘍効果の回復(廣瀬修平・茶本健司)
 糖尿病・内分泌代謝学 食事性肥満から肝炎発症に関わる制御因子の同定(北野(大植)隆司・木村郁夫)

FORUM
 世界の食生活(4) ピグミー系狩猟採集民(中部アフリカ熱帯林)(彭 宇潔)
 戦後の国際保健を彩った人々(3) 島尾忠男─結核の系譜(山本太郎)

 次号の特集予告