やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 近藤博史
 日本遠隔医療学会会長,協立記念病院院長
 日本ではオンライン診療の保険収載,コロナ禍での非対面によるテレビ会議利用の普及により,一挙に施設間のICT(information and communication technology;情報通信技術)利用が盛んになり,遠隔医療,医療デジタルトランスフォーメーション(digital transformation:DX)の言葉をよく聞くようになった.しかし,世界と比較すると日本の10年間の遅滞,誤解を感じる.たとえば,ビッグデータは単なる標本数が大きいだけではない.標本数の増大は統計精度を上げるだけである.“これまで保存・処理できなかった膨大なデータ”を保存し,他のデータと統合して高速処理できるクラウド技術により得られる新たなエビデンスに価値がある〔例:ターゲティング広告(targeted advertising)〕.
 10年前,電子カルテ(electronic medical records:EMR)からEHR(electronic health record)移行時に情報の統合をせず,他院のEMRを“見える”だけにした.データ統合による漏洩の危惧が理由であった.一方,統合された海外のEHRはパーソナルヘルスレコード(personal health record:PHR)の時系列表示(PHR表示)も可能である.日本では別途PHR形成がいわれるようになった.北欧では,EHRからPHRサービス,EHRデータを匿名化して大規模診療データベース構築がはじまっている.
 DXは単にデジタル化された情報をアナログ情報時代よりも迅速的に“見える化”するだけではない.DXは音楽や出版分野でコンテンツがデジタル化され,それにより販売構造,社会構造を変革したことで使われだした.医療においても2000年以降にコンテンツのデジタル化が進み,医療全体を変革する時期にきている.
 モバイルヘルス(mobile Health:m-Health)は携帯電話とクラウドサーバの技術で,ビッグデータを扱い,入院中や外来受診以外の平時の生体情報を取得してこれまでのデータと統合し,新たなエビデンスを得ることでタイムリーに医療介入するという,新たな医療を創生する.また,糖尿病などの生活習慣病の未病段階での介入も可能にする.
 人工知能(AI)のIBM Watsonは,膨大なデータベースを使った高速処理により可能になった.Deep learningも膨大なデータと高速GPU(graphics processing unit)により可能になった.5Gのような高速通信は膨大なデータの転送により,これまで取り扱えなかった遠隔地や移動する個人のデータを扱えるようにした.
 以上はテレビ会議で“見える化”されることだけでなく,大量データの保存と処理が鍵である.コンピュータが処理するためにはデータ統合が必要で,日本でよく使われる見える化ではできない.セキュリティに注意が必要なデータの統合が日本では遅れており,最近話題のサイバー攻撃の対策の遅れもその意味で同源といえる.
 本特集では,遠隔医療分野で注目を浴びる分野の第一線の専門家から著述いただいた.ご協力をいただいた諸先生方には,ここに厚く御礼申し上げます.
特集 遠隔医療,オンライン診療の現在と未来
 はじめに(近藤博史)
 総論:遠隔医療,オンライン診療の現況─医療DX,技術基盤,セキュリティ(近藤博史)
 遠隔医療の制度や政策からの視点(長谷川高志)
 オンライン診療の現状と将来(山下 巌)
 精神科領域のオンライン診療とAI利用(木下翔太郎・岸本泰士郎)
 わが国における遠隔ICUの今後の歩み(高木俊介)
 デジタル療法とSoftware as a Medical Device(SaMD)(野村章洋)
 電子処方箋が変える薬局・薬剤師のあり方(狭間研至)
 テレナーシング(亀井智子)
 遠隔心臓リハビリテーション(木村 穣)

連載
医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(12)
 財政学からみた医療費の将来(加藤弘陸・諸富 徹)

遺伝カウンセリング─その価値と今後(2)
 遺伝カウンセリングモデル(有田美和)

TOPICS
 神経精神医学 ダイヤモンド・プリンセス号隔離期間における乗船者のメンタルヘルス(太刀川弘和)
 病理学新しい成人型浸潤性膠腫統合診断の実践(里見介史・柴原純二)

FORUM
 戦後の国際保健を彩った人々(2) ロン・オコナーと岩村昇(山本太郎)
 世界の食生活(2) 食は万病のもとか?─カナダ・イヌイット社会における食生活の変化(岸上伸啓)

 次号の特集予告