やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 三村維真理
 東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科
 慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)を罹患する国民の数は超高齢社会に伴って増加の一途をたどり,今や8人に1人の割合といわれている.糖尿病を原疾患とするDKD(diabetic kidney disease)だけでなく,長年の高血圧による腎硬化症,慢性糸球体腎炎の患者も増加している.
 従来,CKDに対する治療薬はアンジオテンシン変換酵素(angiotensin-converting enzyme:ACE)阻害薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blocker:ARB)以外,エビデンスのあるものがほとんどなかった.しかし近年,腎性貧血の新たな治療薬として,低酸素誘導因子-プロリン水酸化酵素(hypoxia inducible factor-prolyl hydroxylase:HIF-PH)阻害薬や,CKDに対する適応が新たに承認されたSGLT2阻害薬,アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(angiotensin receptor-neprilysin inhibitor:ARNI)などのCKD治療薬候補が新たに臨床応用され,CKD治療は多様化している.
 このような新規治療薬の実用化には,CKDをきたす病態の解明が不可欠である.CKDは糖尿病や高血圧を原疾患とするケースが多いが,一方で,急性腎障害(acute kidney injury:AKI)を罹患した患者がその後,CKDを発症する頻度が有意に高いということも臨床研究の結果,知られている.全身麻酔下の手術など,特に身体にとって侵襲が大きく,全身の血行動態が変化する場合には,腎機能が正常であっても,高血圧や糖尿病などの併存疾患のある高齢者にとっては腎血流が低下しやすく,AKIに陥りやすい.さらに,その後も脱水など腎前性腎不全によるAKIをたびたび発症すると,AKIを繰り返し起こすほどCKDへ移行する病態(AKI-to-CKD transition)が臨床の現場で多く認められる.AKIto-CKD transitionはCKDへの移行のみならず,老化,オートファジーなどさまざまな疾患と関連することが報告されている.
 本特集では,それぞれの領域の専門家にAKI-to-CKDが引き起こす病態のメカニズムを紹介していただき,その理解を深めることで,日常診療で留意すべき点,考察すべき事項を学んでいく.
特集 AKI-to-CKD transition
 はじめに(三村維真理)
 AKIとCKDのクロストーク(北井悠一朗・柳田素子)
 AKI-to-CKD transitionに対する新たな治療標的としてのepigenetic memoryの可能性(種本史明・他)
 腎尿細管細胞の動態からみたAKI-to-CKD transition(田口顕正・深水 圭)
 近位尿細管上皮細胞の細胞老化とAKI-to-CKD transition(岸 誠司)
 オートファジーによるAKI-to-CKD transitionに対する治療応用(南 聡・他)
 AKIおよびAKI-to-CKD transitionに対する一酸化炭素デリバリーシステムの有効性(前田仁志・他)

連載
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 見逃してはいけない腰背部痛―転移性脊椎腫瘍の診断から治療(山中卓哉・松村福広)

医療システムの質・効率・公正―医療経済学の新たな展開(10)
 医療・介護の経営人材育成と組織文化(田中将之・今中雄一)

TOPICS
 輸血学 次世代製剤として期待される冷蔵保存血小板(小池敏靖)
 医療行政 こども家庭庁と少子地域医療(伊藤隆一)

FORUM
 数理で理解する発がん(3) 確率論の基礎・連続型の確率変数(中林 潤)

 次号の特集予告