やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 益崎裕章
 琉球大学大学院医学研究科内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座(第二内科)
 生活習慣病(lifestyle-related disease)という言葉は1996年頃,故・日野原重明先生が産みの親となった日本固有の用語であり,WHOをはじめ,海外ではnoncommunicable diseases(NCDs)という表記に統一されている.
 古典的には疾病につながる代表的生活習慣として,運動習慣の不足,食習慣の乱れ,喫煙習慣,過剰な飲酒習慣の4つがあげられてきたが,近年ではこれらに加え,睡眠の質・量の悪化や心身のストレス,生活リズムの不規則性,さらにはライフコースを見据えたホルモン作用のバランス異常なども広義に考慮される傾向にある.
 人類未曽有の人生100年時代が現実化しつつあるわが国において,生活習慣病に関連する医療費は総医療費の約30%,生活習慣病に関連する死亡は全死亡者の約50%に達している.当然ながら,寿命が延びるほど,さまざまながんに罹患する割合も増加する.一方,毎年,続々と投入される生活習慣病関連新薬の臨床治験では基本的に担がん者は除外されており,生活習慣病とがんの併存病態に関する科学的エビデンスは決して十分とはいえない.
 生活習慣病とがんの関連性を示すプロトタイプのひとつは2型糖尿病である.21世紀の国民病ともいわれる糖尿病(推定患者数1,000万人以上)の死亡原因の第1位はもはや血管合併症ではなくなり,がんである.がん細胞はミトコンドリア機能不全の結果,エネルギー産生効率が高い酸化的リン酸化から効率の悪い解糖系にシフトせざるを得ない状況にあり,慢性的な高グルコース環境(=糖尿病)はがん細胞にとっては願ってもないアドバンテージとなる.この原理は約100年前にノーベル医学・生理学賞を受賞したワールブルク効果として有名であり,がんの転移や広がり,悪性度を精密に評価するPET-CT検査として臨床の現場で汎用されている.栄養過剰や慢性炎症を基盤とするimmunometabolism(免疫・代謝連関)のバランス異常は,肥満症やMAFLD(metabolic dysfunction-associated fatty liver disease)を背景に生じるがんのメカニズムにも共通する部分が少なくないと考えられている.
 本特集では,がんと生活習慣病に関する最新知見に関して,各領域の当代随一のエキスパートの先生方から斬新な切り口で解りやすく解説していただき,サイエンス,アート,プラクティスの3段階から“知っているようで知らなかった“がんと生活習慣病の“現在”と“近未来”を感じ取っていただけるよう創意工夫を凝らしていただいた.編集の趣旨を十分に汲み取っていただき,すばらしいコンテンツを提供していただいた執筆者の皆様に深甚の感謝を申し上げるとともに,本特集が読者の皆様の日々の臨床や基礎・臨床研究の御役に立つことを切に期待してやまない.
 はじめに(益崎裕章)
慢性疾患とがん
 糖尿病とがん─疫学と国際動向(添田光太郎・植木浩二郎)
 糖尿病とがん─分子メカニズム解明の最前線(桜井賛孝・山内敏正)
 糖尿病治療薬とがんリスク(川北恵美・金ア啓造)
 肥満症とがん─病態連関・鍵となる分子イベント(喜多俊文・下村伊一郎)
 Onco-Cardiology─がんと心血管疾患が共有する危険因子,機序,直接的な相互作用(門脇 裕・他)
 慢性腎臓病(CKD)とがん─疫学・病態解明の進歩(金子惠一・他)
 がん治療における腎障害(大張靖幸・久米真司)
 MAFLDとがん─SGLT2阻害薬の可能性(堤 翼・他)
生活習慣・食習慣とがん
 喫煙習慣に関連するがん─肺がんにおける疫学・病態を中心に(古堅 誠・山本和子)
 がんと微生物との関連を免疫・環境要因から考察する─病態解明の進歩(内藤裕二)
 身体活動量低下とがん発症の関連(門脇 聡・他)
 塩分摂取過剰とがん発症の関連─最新知見と病態解明(長澤 肇・他)
 赤身肉・加工肉・超加工食品の過剰摂取と発がんリスク(脇 昌子)
 心身ストレスとがん発症との関連(角谷 学・小山英則)
トピックス
 女性における閉経後肥満とがんの病態連関(川合汐里・橋本貢士)
 生活習慣病とがん─病態モデルマウスからの最新知見(竹田安孝・熊代尚記)
 肥満症に対する減量介入とがんリスク低減─適切な減量治療の確立への課題(北本 匠・横手幸太郎)
 Metabolic Oncology─糖尿病と血液悪性腫瘍(仲地佐和子・他)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  Giusti-Hayton法
  キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞療法
  KRAS変異肺がん
  女性ホルモン補充療法と発がんリスク