やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 荒木信夫
 埼玉医科大学名誉教授,よみうりランド慶友病院院長
 自律神経の概念は1898年にLangley 1)により創出され,胸・腰髄(または脳幹部・仙髄)から起始する植物神経の末梢線維を自律神経と命名したが,運動神経と感覚神経が中枢線維と末梢線維をあわせてそうよばれていることを考慮すると,自律神経には中枢線維が存在しないという定義であり,妥当でなかった 2).近年では,自律神経の中枢は中枢自律神経線維網(central autonomic network:CAN)とよばれる神経ネットワークであることが確立している.
 自律神経系は,内臓諸器官とともに全身の血管,汗腺にも分布し,内臓諸器官の機能調節,血圧の調節,体温の調節を行っているきわめて重要な神経系である.そのため,その研究分野は非常に多くの領域にわたっており,血圧や脈拍の変動,呼吸の調節,消化管や肝臓の活動,排尿や排便,体温の調節,ホルモンの分泌,生殖活動,そして瞳孔の調節など多岐にわたる.そして,現在の自律神経学の最も重要な研究対象は,それらの活動を統合的に制御する神経性・中枢性の制御機構である.このように多くの器官に関わる自律神経系の研究は,基礎医学から臨床医学まで広い分野に及ぶ.基礎医学の立場からは,生体の機能を全体的に統合する自律神経機構の先端的研究が世界的に進められており,それは脳科学・神経科学の分野でも重要な領域となっている.また臨床医学においても,脳神経内科学,消化器病学,循環器病学,内分泌代謝学,泌尿器科学,眼科学など,さまざまな学問領域にわたる.また,西洋医学だけでなく東洋医学(漢方,鍼灸)にも関連が深く,さらに生物学,薬学,心理学,体育学などを含んだ生命科学の広い領域とも密接に関係している.
 このように自律神経系の支配は中枢から全身の各臓器,血管,皮膚まで及んでおり,いわゆるhomeostasisの本幹に関わるシステムであることがわかる.本特集では,この自律神経に関わる最近のサイエンスとしての考え方を各分野で活躍中の研究者の皆さんにまとめていただいた.読者の方々にこの自律神経の世界を堪能していただけたら幸いである.

 文献
 1)Langley JN. J Physiol(Lond)1898;23:249-70.
 2)田村直俊.自律神経2019;56:64-9.
 はじめに(荒木信夫)
自律神経の中枢制御
 視床下部―自律神経系と神経内分泌系の統合中枢(丸山 崇・上田陽一)
 自律神経系と予測処理機能(朝比奈正人・梅田 聡)
 情動と自律神経(田村直俊)
体温調節と自律神経機能
 体温調節と発熱の中枢司令の基本原理(中村和弘・中村佳子)
 自律性体温調節と行動性体温調節の相互作用―環境の温度刺激に対する応答からの考察(永島 計)
血圧と自律神経
 血圧調節における自律神経の役割(岩瀬 敏)
 腎交感神経による血圧・体液調節機序(桂田健一・苅尾七臣)
消化管と自律神経
 脳腸相関を介するストレスによるコレシストキニンの増幅作用(山口菜緒美・屋嘉比康治)
 腸-肝臓-脳ネットワークによる腸管恒常性維持機構(寺谷俊昭・他)
 迷走神経がつなぐ脳による腸管バリア機能調節(奥村利勝)
 胃電図による消化管自律神経機能の解析(荒木信之)
パーキンソン病における自律神経機能障害
 パーキンソン病に伴う心血管系の自律神経機能障害(山元敏正)
 パーキンソン病に伴う自律神経障害―排尿・排便障害(山本達也)
 パーキンソン病に伴う心臓交感神経障害(竹ノ内晃之・中村友彦)
多岐にわたる自律神経の役割
 発汗調整機構と発汗障害(大田一路・中里良彦)
 睡眠と自律神経(藤田裕明・鈴木圭輔)
 自律神経と排尿機能(朝倉博孝・篠島利明)
 自律神経によるエネルギー代謝制御(中里雅光)
 交感神経によるリンパ球動態の制御―その分子機構と生理的・病理的意義(鈴木一博)
 眼自律神経障害からみたcomputer vision syndrome―生活習慣病としてのデジタル機器による視覚への影響(原 直人)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  アロスタシス(allostasis)
  エーラス・ダンロス症候群(EDS)の情動・自律神経機能異常
  動静脈吻合(AVA)
  カプサイシン
  視床下部室傍核(PVN)
  パーキンソン病(PD)と多系統萎縮症における起立性低血圧(OH)の病態の違い
  ドパミントランスポーターシンチグラフィ(DAT)
  レム睡眠行動異常症(RBD)
  レストレスレッグス症候群(RLS)
  テクノストレス症候群