やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 小林佑介
 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室
 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)は,がん抑制遺伝子であるBRCA1/2遺伝子の病的バリアントによる機能喪失が顕性遺伝することで,乳癌,卵巣癌に加えて前立腺癌,膵癌の発症リスクが一般集団と比較して上昇する遺伝性腫瘍である.
 1990年代にBRCA遺伝子が同定されて以来,HBOCに対する診療経験や研究が着実に積み重ねられてきたが,特に昨今の研究成果による臨床現場の治療戦略の変化は,HBOC診療を取り巻く社会環境の変化と相まってめざましいものがある.BRCA1/2遺伝子の病的バリアントを認める癌ではpoly ADP-ribose polymerase(PARP)阻害薬の有効性が明らかとなり,乳癌と卵巣癌への臨床導入を皮切りに,その後は適応拡大と前立腺癌,膵癌への承認拡大と進み,各癌種での治療成績を大きく変えつつある.今後はBRCA遺伝子病的バリアントの有無だけにとどまらず,相同組換え修復異常に着目した治療戦略が検証されていくこととなるであろう.
 また,PARP阻害薬適用のためのコンパニオン診断の普及を背景にHBOCと診断される機会が急増しており,臨床現場ではこれまで遺伝診療に精通していなかった医療者も対応に追われている.さらにHBOC診療の趨勢を大きく変えたのが,2020年4月からのHBOC診療の一部保険収載である.これによりHBOC診療が今後さらに普及していくことは間違いないが,一方で遺伝医療における倫理と権利についても,われわれ医療者は熟知して診療にあたることが求められている.直近ではBRCA1/2遺伝子の病的バリアントにより胃癌,食道癌,胆道癌の3癌種の疾患リスクが高まることもわが国より報告され,今後,われわれはより多診療科での領域横断的な診療体制を構築する必要がある.
 本特集では上記のHBOCに関する研究,診療,社会環境の大きな変化を背景に,わが国のHBOC診療を次のステージへと進ませるべく,HBOC診療の各領域のフロントランナーの方々に最新の研究成果を解説いただいた.本特集がこれからHBOC診療に携わる方々の知識習得のためのバイブルとなり,またすでにHBOC診療に携わっている方々への最新の知見習得の機会となれば幸いである.
特集 遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)の必修知識─最新の研究成果を礎に,HBOC診療を次のステージへ
 はじめに(小林佑介)
 HBOC乳癌(宮原か奈・有賀智之)
 HBOC卵巣癌の治療と予防(志鎌あゆみ)
 泌尿器科領域のHBOC─前立腺癌について(小坂威雄)
 HBOCの新しい関連腫瘍(桃沢幸秀)
 PARP阻害薬 up to date(村井純子)
 HBOC診療の今後の診療体制を再考する─慶應HBOCセンターの取り組みを通して(小林佑介)
 HBOCとゲノム医療における倫理と権利のこれから(李 怡然・武藤香織)

連載
医療DX─進展するデジタル医療に関する最新動向と関連知識(8)
 眼底写真からAIが読み取る全身疾患の可能性(橋秀徳)

TOPICS
 整形外科学 C型ナトリウム利尿ペプチドの骨伸長促進作用と軟骨細胞内Ca2+シグナル(市村敦彦)
 脳神経外科学 COVID-19パンデミック下における当院での脳卒中診療の変化と現状(平山晃大)

FORUM
 グローバルヘルスの現場力(16) コロナ危機・ウクライナ危機下のパレスチナ難民─今グローバルヘルスに問われているもの(清田明宏)

 次号の特集予告