やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 波多野 将
 東京大学医学部附属病院循環器内科,同高度心不全治療センター
 肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)の診断,治療はこの20年間で大きく進歩した.肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)においては,当初はプロスタサイクリン製剤しかなかった治療薬も,エンドセリン受容体拮抗薬,ホスホジエステラーゼ5阻害薬,可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬(リオシグアト),IP受容体アゴニスト(セレキシパグ)などの薬剤が次々と登場し,その予後は劇的に改善した.慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension:CTEPH)においても,事実上日本発の治療といってよいバルーン肺動脈形成術(balloon pulmonary angioplasty:BPA)の普及に加え,リオシグアトおよびセレキシパグによる薬物療法の有効性も示され,多くの症例で肺動脈圧の正常化を得ることができるようになっている.
 このように一見円熟期に入っているようにみえるPH診療であるが,治療選択肢が増えたがゆえに,十分な鑑別診断が行われないまま誤った治療が行われているケースも少なくない.PHはその成因により1群から5群に分類され,1群のPAHはさらにその中でも原因は多岐にわたる.原因が異なれば当然治療は異なってくる.本特集では基本に立ち返ってその鑑別を確実に行うことができるよう,各分野のエキスパートに解説をお願いした.また心筋症などにおいてもそうであるように,近年,PHに関しても多くの遺伝学的知見が得られているので,そのような最新知見についても解説をお願いした.
 トピックスでは,先生方にぜひ知っておいていただきたい話題を取り上げた.まず,進歩した治療薬によってもまだ治療抵抗性の症例は少なくないが,そのような症例にとって希望の光となるような新規治療の展望について解説をお願いした.また,筆者が特に力を入れて取り組んでいる肺腫瘍血栓性微小血管症(pulmonary tumor thrombotic microangiopathy:PTTM),そしてPHの重症例に対する最後の砦となる肺移植についても,それぞれの専門医に解説をお願いした.最後に,PHの原因疾患の多くは指定難病であり,身体障害者手帳制度の対象になる重症患者も多いため,先生方に精通しておいていただきたい医療制度について筆者自身から紹介させていただいた.
 本特集が,臨床の現場においても最新知見を得るうえでも先生方のお役に立てることを期待している.
 はじめに(波多野 将)
総論
 2021〜2022年における肺高血圧症の臨床(巽 浩一郎)
 肺高血圧症の鑑別診断(土肥由裕)
 肺高血圧症における遺伝学的知見とその臨床的意義(桃井瑞生・他)
各論
 特発性/遺伝性/薬物誘発性肺動脈性肺高血圧症の診断と治療(青木竜男)
 膠原病性肺動脈性肺高血圧症の診断と治療(白井悠一郎)
 成人先天性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症の診断と治療(赤木 達)
 その他の肺高血圧症─門脈肺高血圧症とHIV感染に伴う肺高血圧症(小山雅之)
 左心系心疾患による肺高血圧症の診断と治療(杉村宏一郎)
 慢性呼吸器疾患に伴う肺高血圧症の診断と治療─PAH特異的治療薬による治療は必要か?(倉石 博)
 慢性血栓塞栓性肺高血圧症の診断と治療(皆月 隼)
 詳細不明な多因子のメカニズムによる肺高血圧症の実態にせまる(足立史郎)
 小児における肺高血圧症の診断と治療(小垣滋豊)
トピックス
 肺動脈性肺高血圧症の病態解明と新規治療の展望(中岡良和)
 Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(PTTM)の診断と治療(新保麻衣)
 肺高血圧症に対する肺移植の現状と課題─長い肺移植待機期間と周術期管理(此枝千尋)
 肺高血圧症に関わる医療制度(波多野 将)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  肺血管抵抗(PVR),肺動脈楔入圧(PAWP),心拍出量(CO),毛細血管(capillary)
  肺高血圧症(PH)の新定義の意義と治療適応との関係性
  全エクソーム解析(WES)と全ゲノム解析(WGS)
  Out of proportion PH
  先天性心疾患に関連する肺高血圧(CHD-PH)に影響する3群の要素
  イマチニブと肺高血圧症
  体外式膜型人工肺(ECMO)
  身体障害者指定医と難病指定医
  身体障害者指定医の指定基準