はじめに
小林 慎
国立研究開発法人産業技術総合研究所細胞分子工学研究部門
哺乳類のエピジェネティクスの代表例として知られる“X染色体不活性化”をイギリスの女性研究者Merry Lion博士,およびアメリカの日系研究者大野乾博士が発見して約60年がたつ.雌は雄の2倍のX染色体不活性化を持つため,そもそも雌雄間で遺伝子の量が異なる.通常,染色体の本数は厳密に制御されており,異数性を示す個体の多くは流産すると考えられている.なぜ,雌雄間で染色体の本数が異なる状況が許されるのか.実は,雌は片方のX染色体上の遺伝子発現を抑制することで,雄と雌の間で実際に働くX染色体の本数が揃う仕組みがあり,これを“X染色体不活性化”とよぶ.
当初は,染色体の研究を行っている細胞生物学者たちが興味を持つ,専門性の高い,いわゆる“マニアック”な分野であったかもしれない.しかし近年,クローン動物作製やiPS細胞作製時に起きる細胞の初期化に深く関わり,その異常はさまざまな女性特有の疾患との関連が指摘されはじめた.研究が進むにつれて,再生医療などで注目される幹細胞研究,性差を示す疾患研究など,さまざまな分野でその重要性が認識されはじめると,興味を持つ研究者や医師の数も増えたと思われる.
今回の特集では,@モデル動物によるメカニズム解析(佐渡,平谷ら,小林,岡本の稿),A幹細胞における初期化現象(原本ら,西村らの稿),Bヒト疾患(福田,田渕の稿)の3つのテーマで,各分野の専門家に研究の紹介してもらう企画を立案した.現時点では,これまでモデル動物として用いられてきたマウスを用いた研究が主であり,まだヒト疾患の研究は未解析の点も多い.マウスと霊長類の初期発生はかなり様相が異なるという報告もあり,今後,サルをモデルにした基礎研究も注目される.
本特集が,謎に満ちた“X染色体不活性化”の理解の一助となり,医師や医学生が不活性化研究に興味を持つきっかけとなることを願っている.将来,ヒト疾患解析,再生医療も含め,これまでの基礎研究がさまざまな方向に発展することを期待したい.
小林 慎
国立研究開発法人産業技術総合研究所細胞分子工学研究部門
哺乳類のエピジェネティクスの代表例として知られる“X染色体不活性化”をイギリスの女性研究者Merry Lion博士,およびアメリカの日系研究者大野乾博士が発見して約60年がたつ.雌は雄の2倍のX染色体不活性化を持つため,そもそも雌雄間で遺伝子の量が異なる.通常,染色体の本数は厳密に制御されており,異数性を示す個体の多くは流産すると考えられている.なぜ,雌雄間で染色体の本数が異なる状況が許されるのか.実は,雌は片方のX染色体上の遺伝子発現を抑制することで,雄と雌の間で実際に働くX染色体の本数が揃う仕組みがあり,これを“X染色体不活性化”とよぶ.
当初は,染色体の研究を行っている細胞生物学者たちが興味を持つ,専門性の高い,いわゆる“マニアック”な分野であったかもしれない.しかし近年,クローン動物作製やiPS細胞作製時に起きる細胞の初期化に深く関わり,その異常はさまざまな女性特有の疾患との関連が指摘されはじめた.研究が進むにつれて,再生医療などで注目される幹細胞研究,性差を示す疾患研究など,さまざまな分野でその重要性が認識されはじめると,興味を持つ研究者や医師の数も増えたと思われる.
今回の特集では,@モデル動物によるメカニズム解析(佐渡,平谷ら,小林,岡本の稿),A幹細胞における初期化現象(原本ら,西村らの稿),Bヒト疾患(福田,田渕の稿)の3つのテーマで,各分野の専門家に研究の紹介してもらう企画を立案した.現時点では,これまでモデル動物として用いられてきたマウスを用いた研究が主であり,まだヒト疾患の研究は未解析の点も多い.マウスと霊長類の初期発生はかなり様相が異なるという報告もあり,今後,サルをモデルにした基礎研究も注目される.
本特集が,謎に満ちた“X染色体不活性化”の理解の一助となり,医師や医学生が不活性化研究に興味を持つきっかけとなることを願っている.将来,ヒト疾患解析,再生医療も含め,これまでの基礎研究がさまざまな方向に発展することを期待したい.
特集 X染色体不活化と疾患─新たな展開
はじめに 小林 慎
X染色体不活性化の分子メカニズム 佐渡 敬
不活性X染色体の三次元構造と遺伝子発現制御 平谷伊智朗・プーンパーム ラウィン
非メンデル遺伝とX染色体不活性化異常─思い込みを除いて,新たな発見へ 小林 慎
霊長類におけるX染色体遺伝子量補正 岡本郁弘
生殖細胞初期化におけるX染色体再活性化のイメージング 原本悦和・小林 慎
iPS細胞誘導におけるX染色体再活性化 西村 健・他
女性多能性幹細胞における不可逆的X染色体不活化破綻と病態モデリング 福田 篤
女性特有の神経発達障害に関するX染色体不活性化─MICPCH症候群 田渕克彦
連載
人工臓器の最前線(14)
バイオマテリアルと組織再生型人工臓器 山岡哲二
医療AI技術の現在と未来─できること・できそうなこと・できないこと(9)
公共シークエンスレポジトリを用いた大規模トランスクリプトーム解析からの知識発見 白石友一・岡田 愛
医療DX─進展するデジタル医療に関する最新動向と関連知識(3)
行動変容を伴う医療機器プログラム評価の考え方 佐久間一郎
TOPICS
解剖学 歯の硬化に必要な血管新生と象牙質形成のカップリング 橋智子
臨床検査医学 新型コロナウイルス核酸検査手引き書─日本遺伝子診療学会 新型コロナウイルス感染症検査委員会編「はじめて新型コロナウイルス検査を行う方のために」 松下一之
FORUM
グローバルヘルスの現場力(11) コロナ禍でベトナム人技能実習生が自分自身の健康を守るためには 梶 藍子
次号の特集予告
はじめに 小林 慎
X染色体不活性化の分子メカニズム 佐渡 敬
不活性X染色体の三次元構造と遺伝子発現制御 平谷伊智朗・プーンパーム ラウィン
非メンデル遺伝とX染色体不活性化異常─思い込みを除いて,新たな発見へ 小林 慎
霊長類におけるX染色体遺伝子量補正 岡本郁弘
生殖細胞初期化におけるX染色体再活性化のイメージング 原本悦和・小林 慎
iPS細胞誘導におけるX染色体再活性化 西村 健・他
女性多能性幹細胞における不可逆的X染色体不活化破綻と病態モデリング 福田 篤
女性特有の神経発達障害に関するX染色体不活性化─MICPCH症候群 田渕克彦
連載
人工臓器の最前線(14)
バイオマテリアルと組織再生型人工臓器 山岡哲二
医療AI技術の現在と未来─できること・できそうなこと・できないこと(9)
公共シークエンスレポジトリを用いた大規模トランスクリプトーム解析からの知識発見 白石友一・岡田 愛
医療DX─進展するデジタル医療に関する最新動向と関連知識(3)
行動変容を伴う医療機器プログラム評価の考え方 佐久間一郎
TOPICS
解剖学 歯の硬化に必要な血管新生と象牙質形成のカップリング 橋智子
臨床検査医学 新型コロナウイルス核酸検査手引き書─日本遺伝子診療学会 新型コロナウイルス感染症検査委員会編「はじめて新型コロナウイルス検査を行う方のために」 松下一之
FORUM
グローバルヘルスの現場力(11) コロナ禍でベトナム人技能実習生が自分自身の健康を守るためには 梶 藍子
次号の特集予告