はじめに―異種移植の現況
宮川周士
大阪大学大学院医学系研究科小児成育外科・臓器移植
2021年末,3例のブタ腎移植が短期間であったが脳死患者に施行され,いわゆる超急性拒絶反応が,遺伝子を改変したブタからの臓器では回避できることが証明された1).2022年にはブタ心移植も行われ,60日ではあるが生存を得ている.これらは紛れもなく異種移植研究の成果であり,躍進を物語っている.
この異種移植の研究は30年以上前に開始された.最初に取り組まれた課題は拒絶反応のメカニズム2),すなわち超急性拒絶反応の機序の解明であった.ブタ−ヒト間の補体系の反応の不一致が報告された後,Galエピトープのような種特異的な糖鎖抗原が報告され3),他の免疫反応の研究が続いた.
ブタに対する最初の遺伝子改変(genetic engineering:GE)は,membrane cofactor protein(MCP;CD46),decay accelerating factor(DAF;CD55),CD59などのヒト補体制御因子に焦点が当てられた4).そして,1994年にDAF トランスジェニック(transgenic:TG)ブタがはじめて作出され,その後,他のCRP,等のTGブタが続いた5,6).一方,マウスとは異なり,ブタのES細胞(embryonic stem cells;胚性幹細胞)は現在でもまだ確立されていない.そこで,α1,2fucosyltransferase,Endoβ−GalC,β−D−mannoside β−1,4−N−acetylglucosaminenyltransferaseIII(GnT−III)7)などの過剰発現によるGalエピトープの競合的阻害やリモデリングが検討された.そして2002年に,(胎児)線維芽細胞へのGE技術と核移植技術を組み合わせ,Galノックアウト(KO)ブタが開発された8).
現在,補体制御因子のみならず,多くのヒト免疫関連分子や複数の糖鎖抗原が,新しいGE技術に基づき,それぞれTGやKOの候補にあげられている.研究の課題は,NK細胞や単球/マクロファージ(Mo/Ma)からなる自然免疫系を含む細胞性拒絶反応の制御に移っている.
ブタ細胞に対するヒトのNK細胞の機能を抑制する方法は広く研究されている.HLACのようなHLAクラスIa分子でなく,クラスIbのHLA−G1,HLA−E5)がTGブタとして検討されてきた.さらに,ブタの細胞表面の糖鎖のパターンを変えることも合理的な戦略である.
次にMo/Maの制御では,一般にはCD476)はMo/Ma表面のITIM(immunoreceptortyrosine−based inhibition motif)を含むSIRPα(signal−regulatory protein α)に結合することが知られおり,これを利用してヒトCD47をTGすることが提唱されている.一方,この10年間でMo/Maを制御する他の分子が数多く同定されてきた.たとえばHLA−G19),HLA−E10)は,NK 細胞だけでなくMo/Maに対しても抑制機能を持つことが確認された.Mo/Maは,実はNK細胞と共通の受容体を多く持っている.また,α2,6シアル酸の過剰発現など糖鎖抗原の変化も11,12)同様にMo/Maの制御に有効である.加えて,CD31やCD177による好中球の制御方法も報告されている13).
また一方で,獲得免疫の主役であるT細胞,B細胞の制御方法も研究されている.クラスIIドミナントネガティブ(CIIDN),SLA クラスI−KO,FasL,TNFRI−Fcなどである.免疫学的研究に加え,トロンボモデュリン(TM),組織因子経路阻害薬(TFPI),内皮細胞タンパク質C受容体(EPCR),CD39,CD73などの凝固系分子,ヘムオキシゲナーゼ1(HO−1),A20などの抗アポトーシスや抗炎症遺伝子などをTGする研究も進んでいる.
日本では,2014年に「再生医療新法」によりブタ細胞(膵島)移植が認められ,2016年には「異種移植に関するガイドライン」が改訂された.つまり,すでにブタ膵島移植の臨床は一定の条件のもと開始できるようになっている.おそらく近く,遺伝子改変ブタの膵島をマイクロカプセル化した形で臨床が開始されると思われる.
一方,このブタ膵島移植の臨床試験・治験については,過去スウェーデン,中国,メキシコ,アルゼンチン,ロシア,アメリカ,ニュージーランドなどで行われ,中国では現在進行中である.
また臓器(心移植)に関しても,2022年に入って国立循環器病センターより厚生労働省に許可要請があった.近い将来,心移植や腎移植などの臓器移植も“再生医療等製品”として取り扱われると期待されている.
文献
1) Porrett P et al. Am J Transplant 2022;4:1037−53.
2) Miyagawa S et al. Transplantation 1988;46:825−30.
3) Galili U et al. Proc Natl Acad Sci USA 1991;88:7401−4.
4) Miyagawa S et al. Front Immunol 2022;13:860165.
5) Matsunami K et al. Biochem Biophys Res Commun 2006;347:692−97.
6) Ide K et al. Proc Natl Acad Sci USA 2007;104:5062−66.
7) Miyagawa S et al. J Biol Chem 2001;276:39310−9.
8) Dai Y et al. Nat Biotechnol 2002;20:251−5.
9) Esquivel EL et al. Transpl Immunol 2015;32:109−15.
10) Maeda A et al. Transpl Immunol 2013;29:76−81.
11) Sakai R et al. Surgery Today 2017;48:119−26.
12) Noguchi Y et al. Immunobiology 2019;224:605−13.
13) Maeda A et al. Frontier Immunol 2022;13:858604.
宮川周士
大阪大学大学院医学系研究科小児成育外科・臓器移植
2021年末,3例のブタ腎移植が短期間であったが脳死患者に施行され,いわゆる超急性拒絶反応が,遺伝子を改変したブタからの臓器では回避できることが証明された1).2022年にはブタ心移植も行われ,60日ではあるが生存を得ている.これらは紛れもなく異種移植研究の成果であり,躍進を物語っている.
この異種移植の研究は30年以上前に開始された.最初に取り組まれた課題は拒絶反応のメカニズム2),すなわち超急性拒絶反応の機序の解明であった.ブタ−ヒト間の補体系の反応の不一致が報告された後,Galエピトープのような種特異的な糖鎖抗原が報告され3),他の免疫反応の研究が続いた.
ブタに対する最初の遺伝子改変(genetic engineering:GE)は,membrane cofactor protein(MCP;CD46),decay accelerating factor(DAF;CD55),CD59などのヒト補体制御因子に焦点が当てられた4).そして,1994年にDAF トランスジェニック(transgenic:TG)ブタがはじめて作出され,その後,他のCRP,等のTGブタが続いた5,6).一方,マウスとは異なり,ブタのES細胞(embryonic stem cells;胚性幹細胞)は現在でもまだ確立されていない.そこで,α1,2fucosyltransferase,Endoβ−GalC,β−D−mannoside β−1,4−N−acetylglucosaminenyltransferaseIII(GnT−III)7)などの過剰発現によるGalエピトープの競合的阻害やリモデリングが検討された.そして2002年に,(胎児)線維芽細胞へのGE技術と核移植技術を組み合わせ,Galノックアウト(KO)ブタが開発された8).
現在,補体制御因子のみならず,多くのヒト免疫関連分子や複数の糖鎖抗原が,新しいGE技術に基づき,それぞれTGやKOの候補にあげられている.研究の課題は,NK細胞や単球/マクロファージ(Mo/Ma)からなる自然免疫系を含む細胞性拒絶反応の制御に移っている.
ブタ細胞に対するヒトのNK細胞の機能を抑制する方法は広く研究されている.HLACのようなHLAクラスIa分子でなく,クラスIbのHLA−G1,HLA−E5)がTGブタとして検討されてきた.さらに,ブタの細胞表面の糖鎖のパターンを変えることも合理的な戦略である.
次にMo/Maの制御では,一般にはCD476)はMo/Ma表面のITIM(immunoreceptortyrosine−based inhibition motif)を含むSIRPα(signal−regulatory protein α)に結合することが知られおり,これを利用してヒトCD47をTGすることが提唱されている.一方,この10年間でMo/Maを制御する他の分子が数多く同定されてきた.たとえばHLA−G19),HLA−E10)は,NK 細胞だけでなくMo/Maに対しても抑制機能を持つことが確認された.Mo/Maは,実はNK細胞と共通の受容体を多く持っている.また,α2,6シアル酸の過剰発現など糖鎖抗原の変化も11,12)同様にMo/Maの制御に有効である.加えて,CD31やCD177による好中球の制御方法も報告されている13).
また一方で,獲得免疫の主役であるT細胞,B細胞の制御方法も研究されている.クラスIIドミナントネガティブ(CIIDN),SLA クラスI−KO,FasL,TNFRI−Fcなどである.免疫学的研究に加え,トロンボモデュリン(TM),組織因子経路阻害薬(TFPI),内皮細胞タンパク質C受容体(EPCR),CD39,CD73などの凝固系分子,ヘムオキシゲナーゼ1(HO−1),A20などの抗アポトーシスや抗炎症遺伝子などをTGする研究も進んでいる.
日本では,2014年に「再生医療新法」によりブタ細胞(膵島)移植が認められ,2016年には「異種移植に関するガイドライン」が改訂された.つまり,すでにブタ膵島移植の臨床は一定の条件のもと開始できるようになっている.おそらく近く,遺伝子改変ブタの膵島をマイクロカプセル化した形で臨床が開始されると思われる.
一方,このブタ膵島移植の臨床試験・治験については,過去スウェーデン,中国,メキシコ,アルゼンチン,ロシア,アメリカ,ニュージーランドなどで行われ,中国では現在進行中である.
また臓器(心移植)に関しても,2022年に入って国立循環器病センターより厚生労働省に許可要請があった.近い将来,心移植や腎移植などの臓器移植も“再生医療等製品”として取り扱われると期待されている.
文献
1) Porrett P et al. Am J Transplant 2022;4:1037−53.
2) Miyagawa S et al. Transplantation 1988;46:825−30.
3) Galili U et al. Proc Natl Acad Sci USA 1991;88:7401−4.
4) Miyagawa S et al. Front Immunol 2022;13:860165.
5) Matsunami K et al. Biochem Biophys Res Commun 2006;347:692−97.
6) Ide K et al. Proc Natl Acad Sci USA 2007;104:5062−66.
7) Miyagawa S et al. J Biol Chem 2001;276:39310−9.
8) Dai Y et al. Nat Biotechnol 2002;20:251−5.
9) Esquivel EL et al. Transpl Immunol 2015;32:109−15.
10) Maeda A et al. Transpl Immunol 2013;29:76−81.
11) Sakai R et al. Surgery Today 2017;48:119−26.
12) Noguchi Y et al. Immunobiology 2019;224:605−13.
13) Maeda A et al. Frontier Immunol 2022;13:858604.
特集 異種移植の現状と展望
はじめに─異種移植の現況 宮川周士
臨床応用可能な3種異種抗原ノックアウトブタを用いたサルへの異種腎移植の長期生着 広瀬貴行・河合達郎
ドイツにおける異種移植研究の現状 黒目麻由子
アラバマ大学・Cooperグループの異種移植研究 岩瀬勇人・他
異種移植研究の現況とコロンビア大学ジョンズホプキンス大学・山田グループの取り組み 久留 裕・他
免疫隔離膜を用いたブタ膵島移植による糖尿病治療 松本慎一
異種移植臓器ドナーとしての遺伝子改変ブタの開発 渡邊將人・他
呼吸器分野における異種移植の現状─遺伝子改変ブタを用いた異種肺移植および脱細胞化気管・肺研究 土谷智史・他
異種移植を可能にする抗体関連拒絶反応の克服 大段秀樹・他
循環器領域における異種移植の展望 福嶌五月
連載
人工臓器の最前線(11)
人工腎臓 友 雅司
医療AI技術の現在と未来─できること・できそうなこと・できないこと(6)
AI問診で実現する医療現場の働き方改革 阿部吉倫
TOPICS
脳神経外科学 頭部外傷診療におけるCOVID-19の対応 末廣栄一
細胞生物学 上皮組織の修復を促進する新規生体由来ペプチドJIPの発見 小田裕香子
FORUM
グローバルヘルスの現場力(8) アジアで探る,真の看護とは何か? 虎頭恭子
日本型セルフケアへのあゆみ(17) がんのセルフケア:重粒子線治療の特徴と課題 児玉龍彦
次号の特集予告
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異種移植臓器ドナーとしての遺伝子改変ブタの開発 渡邊將人・他
呼吸器分野における異種移植の現状─遺伝子改変ブタを用いた異種肺移植および脱細胞化気管・肺研究 土谷智史・他
異種移植を可能にする抗体関連拒絶反応の克服 大段秀樹・他
循環器領域における異種移植の展望 福嶌五月
連載
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人工腎臓 友 雅司
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TOPICS
脳神経外科学 頭部外傷診療におけるCOVID-19の対応 末廣栄一
細胞生物学 上皮組織の修復を促進する新規生体由来ペプチドJIPの発見 小田裕香子
FORUM
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日本型セルフケアへのあゆみ(17) がんのセルフケア:重粒子線治療の特徴と課題 児玉龍彦
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