やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 合田圭介
 東京大学大学院理学系研究科化学専攻,カリフォルニア大学ロサンゼルス校工学部生体工学科,武漢大学工業化学研究院
 セレンディピティと科学の進歩は密接な関係にある.セレンディピティ(serendipity)とは,英国の小説家であるホレス・ウォルポールが「セレンディップの3人の王子(The Three Princes of Serendip)」という童話にちなんで生み出した造語であり,素敵な偶然の出会いや予想外の発見を意味する.科学における発見の歴史を繙くと,セレンディピティが実際に起きた事例は多々みつかる.たとえば,1895年のヴィルヘルム・レントゲンによるX線の発見,1898年のピエール・キュリー,マリ・キュリー夫妻によるラジウムの発見,1922年と1928年のアレクサンダー・フレミングによるリゾチームとペニシリンの発見,1964年のアーノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンによる宇宙背景放射の発見,1967年の白川英樹らによる導電性高分子の発見,1985年の田中耕一によるソフトレーザー脱離イオン化法の発見など数えきれない.当初は失敗だと思っていた実験結果が,実は世紀の大発見だったという事例も多い.これらのセレンディピティな発見は,その当時の研究者がまったく予期していなかったため当初は研究界から反発を受けたりしながらも,後に大きな業績として評価され,すべてノーベル賞の受賞に至っている.
 では,どうすればセレンディピティを生み出すことができるであろうか.言い換えると,どうすれば“計画的”にセレンディピティな大発見に至ることができるのであろうか.セレンディピティは本当に予期できないものなのか.“砂浜から一粒の砂金”を効率的にみつけることはできないのか.ヒントは,フランスのルイ・パスツールの言葉「Chance favors the prepared mind」にある.また,セレンディピティとは人間の能力に起因する現象であるため,人間の認知能力を超えるデータ駆動型科学,人間の身体能力・分析能力を超える実験の自動化・自律化にもヒントがある.
 本特集では,科学(特に医学,創薬分野)における“計画的セレンディピティ(planned serendipity)”をテーマとする.これは一見矛盾した表現であるが,大多数の人にはセレンディピティにみえる現象(低確率の生化学反応,希少な分子や細胞,再現が難しい効果など)を,実はよく考えると計画的に達成できるスキームを構築する能力がある,あるいは実際に実証したという事例を意味する.具体的には,医学・創薬におけるセレンディピティを計画的に創出する技術およびその技術を用いて実際にセレンディピティに至った事例や現在進行中の研究プロジェクトについて,国内の複数のオピニオンリーダーに寄稿していただいた.本特集を読むことで,読者がセレンディピティを実際に生み出すことになれば,幸甚の至りである.
特集 計画的セレンディピティが医学・創薬を革新する!
 はじめに 合田圭介
 ショウジョウバエを活用した計画的な個体レベルのセレンディピティによるがん研究の加速 佐藤悠介・園下将大
 蛋白質科学における計画的セレンディピティ 前仲勝実
 血栓症診断の計画的セレンディピティ 新田 尚・西川真子
 敗血症治療の計画的セレンディピティ 小出裕之・星野 友
 細胞診の計画的セレンディピティ 杉山裕子
 脳梗塞治療の計画的セレンディピティ 新妻邦泰
 神経変性疾患研究の計画的セレンディピティ 富田泰輔
 有機触媒探索からの計画的セレンディピティ 生長幸之助・他
 医療イノベーションの計画的セレンディピティ 中川敦寛・他

連載
バイオインフォマティクスの世界(17)
 プレシジョン・メディシンI─がんゲノム医療 凌 一葦

人工臓器の最前線(5)
 植込型補助人工心臓とは?─その現状と将来展望 安藤政彦・小野 稔

TOPICS
 免疫学 CD4+T細胞によるコレステロール調節機構を利用した免疫制御 高橋勇人
 再生医学 iPS細胞を高効率・高品質に作製するKLF4改変体の開発 林 洋平

FORUM
 グローバルヘルスの現場力(2) NTDの苦しみ:死なないけれど─現場の視点から 一盛和世・他

 次号の特集予告