やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 木下 茂 京都府立医科大学特任講座感覚器未来医療学
 上野盛夫 同視覚機能再生外科学
 五感を科学すると題して,感覚器研究の最前線を取り上げる特集の企画をいただいた.視覚,聴覚,触覚,嗅覚,味覚,これらは“感覚器”というキーワードでつながっており,これら感覚器の基礎科学的な知見,それらを応用したトランスレーショナル研究,そして臨床的研究の知見を集めることから未来の医療を予見することができそうである.
 感覚器は受容器として,その構造をつかさどる高度に分化した感覚細胞群,その情報を伝達する神経系細胞群,そしてその構造を支持する組織細胞群などから構成されている.高度に分化した細胞群ではミトコンドリア機能などに支えられた活発な代謝系が動いているが,これらの細胞の可塑性については不明なところが多い.しかし,さまざまな取り組みによってこれを可能にする試みがなされている.一方で,支持組織を再生医療的アプローチにより正常化させる試みはある程度成功するようになってきた.
 さて,今回の企画では,五感に関わるそれぞれの研究分野で特筆すべき研究者に集まっていただいた.総論では3つのテーマを取り上げた.そのひとつは,脳の認知と超感覚,そして可塑性である.シャルル・ボネ症候群とよばれる視覚障害者に生じる幻視のような現象を紐解く手がかりになるかもしれない.2つめは感覚器のフレイルである.現代の超高齢社会には必須の内容である.3つめは,新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染で着目されている味覚や嗅覚の障害である.他の感覚器への影響も興味深い.各論の視覚では,視覚の発生と機能構築や糖尿病網膜症に関わる分子メカニズム,さらには視覚領域における再生医療,遺伝子治療,ビッグデータの活用による先制医療などを取り上げた.聴覚では難聴に焦点を当て,その遺伝的要因,加齢性変化,人工内耳,遺伝子治療や再生研究を取り上げた.触覚では,触覚の基本メカニズムと痒みに焦点を絞ってみた.嗅覚と味覚については,その受容器の分子メカニズムなどを中心として最新研究の知見を取り上げた.
 以上のように本特集では,ヒトが健康に生活するうえできわめて大切とされている感覚器に関する基礎科学的な最新知見から未来の治療につながる,あるいはつながることを予見させる内容のエッセンスを網羅した.五感の科学を俯瞰することにより,基礎研究や未来医療,そして感覚器の補完・統合による脳の知覚認知等についてすばらしいアイデアが浮かぶことを期待する.
 はじめに(木下 茂・上野盛夫)
総論
 脳機能局在論から神経ネットワーク論へのパラダイムシフト(木下 学)
 感覚器とフレイル(稲富 勉)
 COVID-19と五感の障害(上羽瑠美)
視覚
 網膜発生の分子メカニズムとヒト網膜疾患(古川貴久)
 糖尿病網膜症研究の新展開(植村明嘉)
 眼科におけるビッグデータ・AIを活用した先制医療(柏木賢治)
 体細胞を用いた角膜再生(中村隆宏・他)
 難治性眼疾患に対するin vivo遺伝子治療の最前線(西口康二)
 iPS細胞を用いた角膜上皮の再生医療(相馬剛至・西田幸二)
聴覚
 難聴の遺伝的要因と発症メカニズム(関 優太・吉川欣亮)
 ヒト内耳オルガノイド研究の開発過程と今後の展望(中村高志・橋野恵理)
 加齢性難聴とその予防(山岨達也)
 人工内耳の進歩(山本典生)
 難聴の遺伝子治療(池田勝久・神谷和作)
触覚
 Piezoチャネル,TRPチャネルと触覚(富永真琴)
 触覚と中枢神経の関わり(石氏陽三)
 痒みの一次感覚神経サブセット(岡田峰陽)
 痒みの治療と創薬(入江浩之・椛島健治)
嗅覚
 嗅覚の分子メカニズム(神戸朱琉・東原和成)
 嗅覚の加齢変化と生命へ及ぼす影響(三輪高喜)
味覚
 味覚受容をつかさどる細胞分子機構(樽野陽幸)
 味蕾オルガノイド研究の最前線(岩槻 健)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  アンジオポエチン(Ang)-Tie2シグナル
  角膜内皮細胞の評価法
  スティーヴンス・ジョンソン症候群(SJS)
  痒みを呈する疾患・病態
  アトピー性皮膚炎
  Lgr5